第8話 変わらない手

 かつてシアラミーレの郊外でも、少女だったオンダは師匠とともに、突然襲撃してきた傭兵たちと刃を合わせたことがある。

 そのときは師匠の部下の武人たちもいた。みんなで、あるひとつの馬車を守っていたのだ。

 火のついた火薬が詰まった紙が投げられ、武人たちはやっぱり混乱していた。

 白い服に、白い袋を頭に被った人々が、ゆらゆらと近寄ってくる。


「リンランヲ寄越セ」


 守る馬車の中からせきが聞こえる。おどおどと小窓から顔をのぞかせる、リンラン王子。ピエロ人形のガブリエルくんを大事そうに抱えている。

 三叉みつまたやりを振り回しながら、オンダは悪態をついた。


「師匠、こいつらなんでしつこくあたしたちを襲うわけ? つーかこいつら、殿下の屋敷の前に『かかし』を置いていやがらせした奴?」

「おそらくそうだろう。雇ったのは幻霊族げんれいぞくの過激派どもだ。あの白い奴らからも幻霊のカケラの気配を感じる」

「悪趣味なやつら」

「連中は脅しによりリンラン殿下を引きいれようとしているのだ。殿下の持つ力を邪悪な思想に利用するために」

「そ。なら殿下はいっそ奴らにやっちゃわない?」

「こら! 冗談でもそんなことを言うな!」


 オンダは舌打ちした。


「怒るなよ。あんたがそのクズ野郎どもと反目する一派なのはわかってるって」

「ゴホ。ここで私を見捨ててくれてもいいよ」


 リンランはしずんだ声でそう言った。

 ガブリエルくんがリンランの胸に顔をこすりつける。


「やだよリンラン。そんなこと言わないで」


 リンランは一層強く人形を抱きしめた。


「殿下もそう言ってるけど」

「バカ言うな。殿下もこのアホの戯言ざれごとを間に受けないでください」

「いいんだ。私にはもう何もないから。ガブリエルくんをよろしく頼む」

「やだよぉ」


 オンダはムカムカしてくる。


「なんでこんな奴守んなきゃいけないの? 無能のくせに」

「やめろ。逆におまえはなにを守れる? おまえこそなにも守れていないだろう。自分こそ何もできぬくせに偉ぶるな」


 ムカムカが頂点に達した。

 現れるの兵をかたっぱしからぎ払い、敵の中に斬り込んでやった。

 師匠があわてたように呼びかける。


「これ、オンダ」

「師匠のわからずや。あたしだってけんかならできるのに。……ケンカしかないのに」


 生まれ育ったのは、かの有名な水の精霊、オンディーヌを輩出した水霊族すいれいぞくの大貴族の家。

 けれどオンダに発現したのは水精族すいせいぞくの体質で、霊族のような特殊な能力はなかった。


『無能』

『一族の恥』


 そんな言葉を周囲から浴びせられ続け、見下されてきた。居場所なんてなかった。

 ただ、生身のケンカなら水霊族すいれいぞくの誰にも負けなかった。ケンカならいつも一番になれる。だから戦場だけが自分の真の居場所だ。


 オンダが槍を突き刺す横で、味方たちが次々に倒れていった。飛んできた赤黒い岩の塊に穿うがたれている。

 前方から、不気味な仮面の男がのしのし歩いてきていた。背中には大槍おおやりを担いでいる。その先端は、熱をまとう、尖った赤黒い石。

 仮面の男は手を掲げる。手のひらから、熱気を帯びた赤黒い岩の塊が飛び出た。

 味方の兵士たちは次々赤黒い玉を撃ちこまれ、倒れていく。

 オンダは仮面の男と向き合った。高揚してくる。


「あんた、何族?」

「俺はティボー。きさまがそれ以上知る必要はない」

「強そうな奴。いいね」


 ぞくぞくしてくる。

 自分の強さを証明してやろう。





「う」


 アジーレ平原で、ギメアの兵の一人が急にひざをついた。オンダが見れば、赤黒い岩の塊が腹部に叩き込まれている。撃たれた部分の服は溶け、湯気がたち、皮膚がただれていた。


「さてはティボーが撃ったな」


 リンランから聞いたことがある。

 自在に生み出す高熱の岩の弾を、弾丸のように撃ってくる霊族。フィジカル系と特性系を合わせた能力、燼霊族じんれいぞくの力。

 あれを食らえば水精族すいせいぞくのオンダの身体は蒸発してしまう。

 正直、相性が悪い。

 周囲を見わたすが、戦いと爆発の音で混沌としている。奴の姿が見えない。

 どこだ?

 ふと、泣きながらへたりこんでいる幼い子どもが目に入った。武器なのか、かまを握りしめている。

 混乱したギメアの兵が、恐怖のうちにでたらめに剣をふるい、子どもに近づいてきていた。

 子どもは泣いたまま動かない。

 オンダは後先考えなかった。馬の背の上に立ち、子どものほうへ跳躍ちょうやくする。

 子どもをかばい、混乱した兵の一太刀を背中に受けた。

 ひざをついた。背中がジュワジュワ溶けていく感覚がする。口と鼻からも血が噴き出る。

 子どもと混乱していた兵は、わあっと悲鳴をあげて逃げていった。


「ふふふふ。はははは」


 憎たらしい笑い声。

 顔をあげると、片手に大槍を持った仮面の男が、目の前に立っていた。先端は熱気を帯びた、赤黒い尖った石。


「ティボー……」

「きさまをよく覚えているぞ。あのときの続きをしよう」


 仮面の男、ティボーは、槍を持っていないほうの手をオンダにかざした。手のひらからぬるりと赤黒く丸い岩の塊が出て、オンダめがけて風のように飛んでくる。


「くっ」


 避けたものの、塊が二の腕にかすり、槍を落としそうになる。かすったところの皮膚はめくれ、湯気が立った。

 筋肉や神経が溶けている感覚。

 かなりまずい。

 赤黒い大槍が無情に振りおろされる。槍の先の刃は、熱気を帯びた赤黒い石が研がれたもの。

 オンダは自らの槍でそれを受けとめた。ニヤッと笑う。


「む?」

「はは。いいね。強いやつと戦うのは。ぞくぞくする。でもさあ」


 渾身こんしんの力でやりを跳ね返した。

 ティボーは力に押され後退る。


「戦士なら堂々と戦え。卑怯な手を使いやがって」


 ティボーがけわしい目でオンダをにらみつける。


「俺の槍を止めただと。なぜだ」

「決まってる。あたしがあんたより強いからだ。いや、強くなったんだ。昔のまんま変わってないあんたと違ってな」


 ティボーはうなった。


「俺より強い者はこの世に存在しない。いるのなら俺が殺す」


 オンダとティボーが互いに槍をかまえる。

 じゅわりと、オンダの傷ついた背中や腕から蒸気が湯気が立った。

 クラクラする。貧血だ。

 保つだろうか。全力が出せなければ相性の悪さはカバーできない。

 せめて水に浸かれれば。

 ティボーが一歩前に出ようとする。オンダも身をかたくした。

 一触即発。

 突然、そこらから馬のひずめや金属をたたく音が響き渡った。ビシャビシャと水がばら撒かれる音も。

 オンダもティボーも音のほうを見た。


「今度はなんだよ」


 ギメアの城門のほうから、馬に引かれた荷台が次々やってきていた。

 荷台の上には、水の入った大量のつぼと人が乗っている。戦う人々に水を浴びせかけていた。

 人々は驚き、戦うのをやめる。 


「う、しみる」


 傷を負った者は、水をかけられると顔を歪めて痛がった。


「みんな落ち着いて! 仲良くしてよ!」


 荷台の上から見覚えのある人形が呼びかけていた。小さな壺の水を周りにばら撒いている。


「あいつ」


 ガブリエルくんだった。彼が放った水が、ティボーの仮面の顔にかかる。


「うっ……!」


 ティボーはとっさに顔をおさえる。痛そうにしていた。


「クソ人形、何してる?」

「早く乗って! リンランの考えなの」

「でも」


 ガブリエルくんはオンダにも水をかけた。傷口にしみる。

 かすかに独特なにおいを含んだ水。薬草でもいれてあるのか。


「騎士様がいなきゃ誰がリンランを守るの?」


 守る。主君を。

 その言葉はぶちまけられた水のように、煮えたぎるオンダの心を冷静にさせた。

 ティボーが槍をふりかざす。


「おのれ!」

「ひっ」


 ガブリエルくんが恐れて、思いきり水をティボーにかけた。ティボーは顔を背け、まろぶ。


「騎士様、早く乗ってってば」


 ためらいをふりきりながら、オンダはガブリエルくんの荷台に飛び乗った。


「みんな門に入って!」


 荷台が城門に引き返していく。

 クラクラして、オンダは倒れた。


「騎士様? 大丈夫?」

「……殿下、変わってないな。昔使った手じゃないか」


 気が抜けて、とても眠たい。


「ねえちょっと。死なれたら困るよ。僕どうしたらいいの?」


 ガブリエルくんは泣き出した。

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