ドロー! 私は婚約破棄を宣言!

ハムカツ

第1話「ブルーアイの悪役令嬢」


(お最悪ですわ~! 記憶が戻った時点で詰みセーブですわ!)



 そう、詳細は説明しなくとも通じると思うが。目の前に婚約者、その隣に乙女ゲー主人公。ついでになんかパーティという時点で、ちょっと顔と体が良い感じでオッホッホッホっ! なんて高笑いが似合うタイプの悪役令嬢の末路なんて決まっている。



(駄目ですわ、記憶の時点で反逆罪に問われますわ!)



 この悪役令嬢、仁義を破り完全に国家を乗っ取るつもりで策を講じている。具体的には法律の範囲でギリギリアウト寸前のレベルで税金を自分の家に収束させ。なんか自分の派閥を肥やしている。


 というかガチガチの中世ファンタジー風異世界で、科学技術による進歩発展が国境の教義に反している辺り。どうしようもない。


 人は神を真似、人を作ってはならぬという教えに正面から反し大量のホムンクルスを生成し労働力や軍事力を蓄積している辺りアウトオブアウト。


 乙女ゲーヒロインで無くとも、それなりに偉いオッサン司祭にゲヘヘヘヘ、これをばらされたくなければその体を…… ってやられてもおかしくはない。というかやられたから暗☆殺した記憶がある時点でもう駄目ですおしまいだゾ?



「アルク・ヤーク・ルイージュ…… 私は、君との婚約を破棄させてもらう!」



 そりゃ、破棄されるわ。破棄した上でこの王子完全に腰から剣を引き抜いて切り伏せる気満々ですわ! いや、そうされても仕方がないレベルのことをやっていますが前世の記憶がない時のやらかしはノーカンという訳には行かないんだなぁ。これが!



「それでは――」



 だが、まだ終わらんよ。だいたい私なんて、顔と、体と、家柄と、教育くらいしか良いところが無い悪役令嬢なのだ。


 悪い処なんて、性格と都合とあきらめくらいしかない。



「決闘開始ですわ!」


「な、なんですって!?」



 王子様の横に立つ、乙女の聖女の表情が崩れる。この世界は中世ファンタジー風異世界。そこに悪役令嬢として現代人が転生したら何がえられるか?


 そう、チートスキルである!



「決闘、だと!? アルク・ヤーク・ルイージュ、令嬢が代理人も無しに――!?」


「代理人なんて必要ないでございますわ!」



 悪役令嬢である私が、左手を振るった瞬間。なんかこう…… 半月上のでっかいプレートの上にカードを並べられるアレが虚空から現れる!



「そ、それは伝説の!」


「そう、決闘円盤!」



 あ、たぶん。乙女の聖女の方も転生者だ。



「決闘円盤! なんなのだ、それは!?」


「王子様! あの女を切り伏せなければ――」


「遅いですわ、先行は頂きですわ!」



 そう王子は決闘の意志を見せた。決闘者が揃えばやることは一つ!



「まずは私のターン、ドロー!」



 ニヤリ、と私は笑う。運命は最悪。負ければこのまま死ぬしかない状況だがそれでも転生神は兎も角、決闘神は私をまだ見捨ててはいない!



「手札から悪役令嬢をドロー! そのままフィールドにセット」


「決闘者が、自分自身をフィールドにセットしたですって!?」



 どうやら、乙女の聖女もそれなりの決闘者であるらしい。いや割と決闘者というものは自分自身をフィールドにセットするくらい普通にやる。少なくとも私が前世で見ていたアニメだと1シーズンに1回くらいはやっていた。



「ど、どういうことですか!? 王子!」


「こ、今宵はアルク様との婚約発表パーティでは無かったのですか!?」



 モブ貴族が騒ぎ出すが、話題が一周遅れている。今この舞踏会は悪役令嬢と王子様によるコロッセオなのだ。決闘者以外の存在は何もできない。



「そのような、まやかしの術で!」



 王子が剣を振るう。特に訓練を受けていない令嬢であれば避ける事も出来ず。当たれば確実に死ぬ文字通り必殺の一撃。だが所詮は通常攻撃バニラ――



「手札から速攻罠カード発動。モブの取り巻き!」


「か、体が、勝手に!」



 王子の剣をその辺の貴族のオッサンが受け止める。というか王子を含む貴人がいる舞踏会に剣を持ち込めている時点で。このオッサン貴族、モブと呼ぶには無茶苦茶強いのではないだろうか? ハゲでデブでヒゲではあるが。



「なっ!? 王国に忠義を尽くした騎士である貴方が何故!?」


「ふ、ふひひひひ! アルク様を、お、おまもり! お守りィ!」



 なんか、アレだ。私はただ決闘をしているだけなのになんかテクスチャが酷い。なんか洗脳みたいな効果が発動している。



「じゃ、邪悪です! 邪悪ではないですか!?」


「うるさいのですわ! 己のデッキに詰めるカードは自由なのですわ!」


「お、おのれぇ! 魔女め、正体を現したな!」



 どうしよう、ガチで否定は出来ない。



「おぉっほっほっほ! ええ、そう罵るのならそれで結構!」



 覚悟を決める。決闘が始まったら決闘者がやることは一つだけ。相手のライフポイントが0になるまでカードを引き続ける以外にやるべきことはない!



「こちらのバトルフェイズ! ここで私は悪役令嬢を墓地に送る!」


「ちょっと! インチキでもいいからなんかカードのスキルを使いなさいよ!」



 そう、私のフィールドには特にカードは伏せていないし。手札からも発動していない。だがしかし……



「あら、悪役令嬢のテキストをごらんなさい――」


「ま、まさか!?」



 乙女の聖女が目を見開く!



「そう、悪役令嬢は1ターン終了時に墓地に送られるのですわ!」



 悪役令嬢が破滅するのは早ければ早いほど良い。ネット小説サイトにも無茶苦茶そう書いてある。むっちゃ書いてある。馬鹿みたいに書いてある。だが決闘者の運命力はその程度のお約束を捻じ曲げる!



「ですが、ここで私は手札から転生者の魂を発動しますわ!」


「や、やっぱり貴女も転生者だったのね!?」



 転生者の魂、その効果は――



「墓地に送られた悪役令嬢に転生者の魂をチューニング!」


「こ、これは――!?」


「そう、転生者の魂の効果で悪役令嬢は攻撃力を2倍にして復活する!」



 甲高い音と、魔が抜けた電子音と共に。私の攻撃力が倍になる!



「攻撃力が、2倍!? だからどうしたというのだ!?」


「さぁ、来なさい王子様! 悪役令嬢コンボの恐ろしさを教えて差し上げますわ!」


「魔女め、戯言を!」

 


 王子の剣が舞い、悪役令嬢の心臓を穿ち貫く。



「ま、魔女であっても。心臓を面ぬけば……」


「だ、駄目です。王子様!」


「そ、う…… ですわっ!」



 げふりと、悪役令嬢の喉から血が零れる。苦しい多分肺も傷ついている。普通に考えれば致命傷。だが私の決闘者としてのライフポイントは―― あ、王子。通常攻撃バニラだけど普通に決闘者のライフポイントより攻撃力が高い。


 即死、悪役令嬢は再び墓地に送られる。



「――転生者の魂の効果を発動!」


「な、なんですって!?」



 王子を突き飛ばし、己の胸から強引に剣を引き抜く。馬鹿みたいな血が流れるが。それでも悪役令嬢はまだフィールドに立っている。そして当然――



「こ、攻撃力が。2倍!?」



 乙女の聖女が驚愕の声を上げる。



「そう、これが悪役令嬢と転生者の魂のコンボですわ!」



 そう、ルールが許す限り。敵のデッキによる妨害で阻害されない限り。そして決闘者の意志が折れない限り――



「私のターン! 王子を対象に、通常攻撃!」



 この体は、お嬢様としては結構動ける。鋭い平手打ちが王子を襲うが――



「その、程度で!」



 その一撃は、王子の片手に止められる。そう4倍になった程度で悪役令嬢の攻撃力では王子様を倒せない。



「沈め、魔女!」



 強引なキスのような頭突きヘッドバッドで私はダンスホールの床に叩き付けられる。



「ま、まだですわ! 転生者の魂の効果を発動!」


「こ、攻撃力が―― 8倍!」


「そう、これが…… 悪役令嬢転×転生者の魂の無限コンボ!」



 意思が続く限り、相手のデッキから妨害されない限り。無限に立ち上がり攻撃力が倍加する極悪コンボ!



「そのような…… 邪法で、我が聖剣を防げると思うな!」


「防ごうとはこれっぽっちも思ってないのですわ!」



 そう、これは決闘者の誇りをかけた戦い。何度ライフポイントを0にされても。王子様を貫く攻撃力を得られるまで立ち上がり続ければ―― 勝利は私のものだ。



「ならば、貴様が死ぬまで殺し尽くすまでだ!」


「ははははは! 良い顔ですわ王子様! これまで見た中で一番素敵な笑顔ですわ!」


「なんで、なんか乙女ゲー転生でチートできるんじゃなかったの!?」



 乙女の聖女の悲鳴をバックグラウンドに、二人の決闘は続く――



(あ、駄目だこれ)



 しかし俺は、ここでちょっと致命的な事実に気が付いてしまった。



(この王子、攻撃力那由他ですわっ!?)



 那由他。それは10の60乗。悪役令嬢の素の攻撃力は1。倍々ゲームを何度繰り返せばそこに辿り着くのか。気が遠くなる、しかし無限ではない。



「でしたら、届くまでデッキを回し続けるだけですわ!」



 ああ、アホみたいに楽しい。カードゲームなんてそんなものだ。馬鹿みたいなコンボを馬鹿みたいに回しているときが一番楽しい。


 だから悪役令嬢である私は、王子の攻撃を受けて墓地に送られ。復活し拳を振るい続けるのだった。











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