第一章 茨城の大洗でカレーを喰らう

第001食 ソロで食べようクンパッポン:バンセンストア(茨城・大洗01)

 例えば、水戸方面から大洗に自動車で移動する事にした、と仮定する。

 カーナビを参照すれば、なるほど確かに、幾つもの移動経路が提示されるかもしれないが、「大洗鹿島線」と並行して走っているようなイメージで、今現在「ようこそ通り」と呼ばれている、〈国道五十一号線〉から〈県道二号線〉へのルートこそが、昔ながらの水戸から大洗への移動方法だ、と書き手は思っている。

 というのも、鹿島線が開通する前は、この道を通っている「茨城交通」のバスこそが唯一の公共の移動手段だったからだ。

 もっとも、今では、あまり利用されなくなった、寂れた道路の感は拭えないのだが。


 平成四年、一九九二年に、「水戸市」と合併してしまったのだが、それ以前、水戸市と大洗町の間には「常澄村」という地方自治体が存在していた。

 その旧・常澄村と大洗町の境となっているのが「涸沼川」で、この自然境界に架かり、かの県道二号線が走っているのが「平戸橋」である。すなわち、平戸橋の片端が大洗町で、もう片端が現・水戸市である旧・常澄村になっている分けなのだ。


 この平戸橋の常澄側の端に一軒の店が建っており、それが「バンセンストア」である。


 バンセンストアは、住所こそ大洗町ではないものの、大洗鹿島線の大洗駅から一キロ程の場所に在り、最寄りの駅は、水戸駅でも常澄駅でもなく、大洗駅なので、大洗の料理店として扱われる場合もあるようだ。


 さて、この大洗(隣接)の店は、タイの食材を買う事ができる〈ストア〉なのだが、食材の販売のみならず、店内でタイ料理を食べる事ができる、いわゆる〈レストラン〉でもある。


 しかも、だ。

 『食べログ』が実施している『百名店』を参照すれば、「EAST(東日本)」の「アジア・エスニック」部門において、二〇二二年、二〇二三年と二年連続で選ばれている事が知れる。二〇二三年に、茨城県内で、この部門で選出されている店は、わずか十軒なのだが、店が繁華街に位置している分けではない点を鑑みると、バンセンストアが隠れた名店である事が推察され、実は、かくゆう書き手も、大洗来訪の際には何度か訪れているのだ。


 そのひっそりとした店構えは、写真を見た書き手の友人曰く、「いかにもタイの屋台」っぽく、常澄や大洗在住の地元の人間が日常的に来店するような店というよりも、『百名店』に選出されている、という情報を得て、わざわざやって来る客や、東南アジアのエスニック料理好きのグルマンが敢えて訪れる店、というのが書き手の率直な印象である。


 この大洗(隣接)のタイ料理店は、たしかに、タイ・カレー専門店ではないものの、カレー・メニューも提供していて、ざっと見てみると、例えば、「ゲンキューワン(グリーンカレー)」や、「ゲンベッガイ(鶏肉のレッドカレー)」、「パネングン(エビのレッドカレー)」、「ムーパップリクゲン(豚肉のレッドカレ炒め)」、「パネンガイ(鶏肉のレッドカレ炒め)」「パネンタレー(魚介のレッドカレ炒め)」、「ホモクタレー(魚介蒸し)」、「ブララーブリク(魚揚げ三味ソースがけ)」などがメニューに認められる(表記はメニューまま)。

 書き手は、そうした〈カレー(味)〉の料理の中から、「プーパッポンガリー(カニのカレー炒め)」を注文する事にした。


 しかし、非常に気になった点があった。

 店のメニュー上の「プーパッポンガリー」の項目には、「エビのみ」と但し書きが付いていたのだ。


 たしか、タイ語では、〈プー〉が〈カニ〉、〈ポッ〉が〈炒め〉、〈パン〉が〈カレー〉のはずで、しかも、店のメニューの料理の説明書きにも、「カニのカレー炒め」と書かれている。

 これは、いかなる事か?

 もしかしたら、以前は、バンセンストアのプーパッポンには、カニが入っていたのかもしれない。

 カレー以外のカテゴリーは未確認なのだが、カレー料理に限っていえば、メニューの中に、エビを使ったカレー料理はあっても、カニは無い。もしかしたら、料理人のアレルギーや、食材の入荷など、なんらかの事情で、バンセンストアでは食材にカニを使わないのかもしれない。

 しかし、真相は藪の中だ。


 だが、何らかの理由でカニを使わないのは確かな事実で、結果として、プーパッポンなのに、カニ無しという、名称に矛盾した事態が生じてしまっている。


 タイ語では、エビを〈クン〉と言う分けだから、具材の名を料理の名称に合わせるのならば、〈クンパッポン〉と呼ぶべきであるようにも思われる。

 しかし、どうやら、タイ料理に「クンパッポン」という名の物は無いようだ。

 だが、日本のサイトの中には、カニの代わりにエビを使った、「プーパッポン」のレシピ紹介もあったので、カニの代わりにエビを使う、という発想を抱く人は、バンセンストアの料理人以外にもいるようだ。

 しかし、カニ(プー)を使わない時点で、もはや〈プーパッポン〉ではないのではなかろうか。

 どうにも謎だ。

 しかし、エビフライをカニで作ったら、それは、もはや違う種類の揚げ物なので、この理屈で言うと、どうしても違和感を覚えざるを得ない。


 そんな事を考えているうちに、注文したプーパッポンが提供された。

 とにもかくにも、ここのプーパッポン、量が多いのだ。


 ふと周囲を見回してみると、他のお客は、友人数名や家族連ればかりで、お独り様は書き手だけであった。

 多分、この店は、ソロで来るような店ではなく、喩えてみると書き手の行動は、独りで居酒屋に行くようなものなのだろう。

 おそらくは、バンセンストアのプーパッポンは、数人でシェアする事を前提としているのだろう。道理で少しお高かかった分けだ。

 

 このカレー・エッセイの読み手の中で、バンセンストアのような、グループやファミリー向けの、〈孤独なグルメ〉を想定していないような店で食事をとる場合には、その料理が、何人前なのかも考慮に入れないと、今回の書き手のように、二人分以上の料理でお腹が膨れ上がる、という事になりかねないので、注意が必要なのではなかろうか。


〈訪問データ〉

 バンセンストア:茨城県水戸市(旧・常澄村)、最寄り大洗駅

 二〇二四年三月十九日火曜十九時

 プーパッポンガリー(一二〇〇)ライス(二〇〇):一四〇〇(現金)


〈参考資料〉

〈WEB〉

 「アジア・エスニックEAST百名店2023」、『百名店』、二〇二四年三月三十日閲覧。

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