しょっぱい朝ごはん
わたしがすべてを暴露したあと。
ブリギッテは公爵令嬢に危害を加えていたとして、捕まった。
なんでもブリギッテはずっと昔、伯爵家の娘だったらしい。しかし家が没落し、親友だったわたしのお母さまが困窮した彼女に同情して侍女として雇い始めたそうだ。
そうしてお母さまがこの公爵家に嫁いだあとも、ずっとお母さまの侍女として働き続け、そうしているうちに苦労も知らないまますべてを手に入れるお母さまへ、憎しみが募った。
元々お父さまとお母さまが結婚する前から、彼女はお父さまのことが好きだったらしい。
それでわたしに困らせられていると話すことでお父さまやイザークの関心を買い、ゆくゆくは後妻におさまりたいと考えていたそうだ。
お父さま似のイザークはともかく、お母さまによく似ているわたしが憎くてたまらず、絶対に幸せにしたくないと思ったらしい。
顔が似ているというだけで酷すぎるしそもそもお母さまは悪くないだろ! 逆恨みだ! という気持ちが九割を占めつつも、それを聞いたわたしはなんだか、とても悲しい気持ちになった。
そして、翌朝。
朝食を食べるために食堂に向かったわたしは、部屋に入った途端、お父さまに深々と頭を下げられた。
「……クローディア。お前には、本当にすまないことをした」
そんなことを言うお父さまは、一日でずいぶんげっそりと窶れてしまっている。
人って一晩でここまで人相が変わるものなのだなあ……と、わたしはなんだか感心してしまった。元々お父さまは、精神的に打たれ弱い人なのだろう。とてもわたしの親とは思えない。
「私達は長年、ブリギッテの言うことを信じてきてしまっていた……。お前が、母を守れなかった私を憎み、自分と違い母との思い出があるイザークを嫌っていると。ブリギッテ以外の人間を心底嫌っているのだと」
ブリギッテ、邪悪すぎる。あらためてちょっとひく。
しかしだからといってブリギッテに子育てを丸投げし、娘と向き合わなかったお父さまもやっぱり同罪だ。心の中で裁判官の持つ木槌をダンダン打ち鳴らし、むむむ、と心の中でもやもやとしていると。
「……クローディア」
兄のイザークが、眉をぎゅっとひそめて私に話しかけた。
ものすごく嫌そうな、今にも泣き出しそうな顔だ。そんな顔で唇を噛み締めながら、小さな声で呟く。
「お前を……ずっと嫌っていて。ごめん」
それを聞いたわたしは、思わずぽかんとして――俯いた。
……本当は、自分もショックだろうに。
イザークがブリギッテのことを慕っていたことも、母を失うきっかけになったわたしを憎んでいることも、わたしはずっと知っていた。
「……いいえ、お兄さま。わたしの方こそ」
首を振る。前世の記憶を取り戻す前からずっと、わたしはこの兄にだけは完全な復讐心は持てないでいた。記憶を取り戻した大人のこころを持つ今は、なおさらだ。
だって彼はまだ十歳。
母を亡くしたのは、今のわたしと同じ四歳の時。
ずっとずっと、きっと今でも。お母さまに会いたくて、仕方がないはずなのだ。
「――……わたしのせいでお母さまを死なせてしまって、ごめんなさい」
掠れた声でそう言うと。
イザークが目を見開き、お父さまが悲鳴のような声を上げた。
「クローディア!」
ハッとして口を押さえる私の肩を、お父さまが震える手で掴む。
「ばかなっ……お前は、今までずっとそう思って……」
愕然とするお父さまに、困惑をする。
だってこれは、ずっと言われていたことだった。
「お嬢様が生まれたから、奥様は」「旦那様もイザーク様もおかわいそうに」「命をかけて産んだのが、あんな子なんて」
ブリギッテに閉じ込められた部屋の中。使用人がそう噂するのを、わたしは暗い部屋の中でずっと聞いていたのだ。
小説の中のクローディアも、だからあんな風に闇落ちしてしまったのだ。生まれてこなければよかったと、ずっとそう思いながら。
しかしこんな哀れみを誘うような発言は、さすがに失言だったかもしれない。
そう気づき、なんとかしてこの場の空気を変えられないかと、口を開きかけたとき。
「!」
ぎゅうう、と、お父さまがわたしを抱きしめた。
初めて感じる温かさに戸惑って、わたしが固まっていると。耳元でお父さまが「クローディア」と名前を呼びながら嗚咽した。
「なんて小さな……私は、私はこんなに小さいお前に……」
震えながらお父さまが、何度も「すまない」と繰り返した。
「お前を愛してるからこそ、どう接してよいかわからなかった……すまなかった」
頬を何か熱いものが濡らす。それに釣られて、わたしもぼとぼとと涙をこぼす。自分でもちょろいと思う。
それを見たお兄さまもとうとう泣き出し、わたし達三人はそのまま抱き合っておいおい泣いた。
今日のフライエンフェルス公爵家の朝食は、すっかり冷めていて、ちょっとしょっぱい。それでも今まで食べた中で一番美味しい、心に残る食卓だった。
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