第11話 カルデ花畑の睡魔

 先週は色々あった。特にシェロの欲しがるクエスト報酬のネックレスを貰おうと、洞窟にアルネラを討伐しに行き、帰ろうとした時だ。予想だにもせず四皇の一角、レックスと相対した。正直勝ち目はないと見ていた。だが、その予想は外れた。それは、後から洞窟へ入ってきたラートによって戦況が一変したからだ。彼はレックスの剣術を吸収し、影分身というスキルを使い翻弄した。間違いなく彼がいなければ、再び死ぬことになっていたであろう。



「お前らおはよん♡」

 ユイトは朝から鼻歌を混じえながら、上機嫌で自室からリビングまで降りてきた。

「お主、少し寒気がしますわよ」

 アイリスがリビングの椅子へ座り、寝癖まみれの髪をとかしながらそう言った。

「しゃらっぷ! ていうか、まだユリシャは帰ってきてないの? あいつ酷いことでもされてるんじゃね」

 そう。ここ1週間程、ユリシャは帰ってきていないのだ。兄の式典だけであれば数日あらば帰ってくるであろうのに、これは少し怪しい香りがする。

「ほんとよね。かなり心配だけど、ユリシャのことだし大丈夫でしょ」

 アイリスが立派すぎるフラグを立てた。正直なところ、ユイトもそう思う。ユリシャの故郷だ。道中に何かあれば話は別になるが、何もなく辿り着けたのならば問題ないであろう。

「そうだな。それはさておき、シェロちんはどこ行ったの? 一緒に遊ぼうと思ったんだけど」

『シェロちん』とは、ここ1週間でユイトがシェロともっと仲を深めたいと思い付けたあだ名だ。響きも適当に付けた割には良く、シェロ自身も大変気に入っていた。

「ああ、シェロなら王都の方の市場に買い物しに行ってるわよ」

「なるほど。そう……」

『そうか』そう言い切ろうとしたが、

「アイリスさん! 大変なことになってるのです!」

 それは、シェロの玄関から聞こえる大きな声によって拒まれた。彼女はまだ朝、会社員が出勤する時間であるというのにとても騒がしくしていた。

「アイリスさんアイリスさん! あ、ユイト君も起きたのです」

 シェロは短い髪を振り乱しながら、ユイトらの居るリビングへ入ってきた。彼女の慌てようは異常である。ユイトの推測だが、恐らく帰ってくる途中に何か物でも落としたのであろうといったところだ。

「まあまあ、落ち着きなよ! どうしたの? そんなに慌てて」

「お、おおおおお、落ち着いて聞いてくださいなのです」

 ユイトは思わず心の中で、『お前がまず落ち着けよ』と呟いた。

「お、王都の方の掲示板で見掛けたのですが、スヴィヒ王国全土が何者かに支配されたらしいのです」

『スヴィヒ王国』とはユリシャの故郷のことであろうか。全土が支配されているとはどういう事なのか。ユイトはしばらくの間、理解するための時間を要した。そして、ユイトより先に口を開いたのは、

「――支配? どういうことなの?」

 アイリスであった。彼女は絶句に満ちた表情でシェロへそう問うた。

「僕もわからないのです。ですが、王都の人達が話している感じ、以前、領主のセシリア辺境伯様のお城へ襲撃した者ではないかという話なのです。そして、ユリシャさんですが……」

 ――襲撃した者。

 そう。何ヶ月か前の早朝。あのおっさんが教えてくれた事だ。襲撃した人物が今度はユリシャの故郷へまで襲撃。基、支配したのだ。

 そして、当然ながらシェロもユリシャの事が気掛かりであるといった表情だ。

「――ユリシャ」

 ユイトが思わず言葉に漏らした。

「俺らも向かうぞ」

「え?」

 ユイトが放った言葉にアイリスも言葉を漏らした。シェロも『驚いた』といった表情をしている。

「む、無理なのですよ! 王国は完全に支配されているのです。行ったところで駆け出しの僕達にはなにも出来ません」

 シェロの言う通りである。だが、

「だけど、仲間が危ねぇ事になってんだぞ? 見殺しに出来るわけねぇよ。こっちには半端じゃない魔法使いに、頭のおかしい冒険者、アホみたいな盗賊。それに、最強の回復担当のシェロちんまでいんだぞ。負けるわけねぇ」

 ユイトが饒舌じょうぜつにそう言い切った。正直なところ、領主や王国を支配した者に勝ち目など無いはずだ。だが、仲間が危機にさらされる。それを放っておく訳にはいかないのだ。

「おうおう。兄ちゃん朝からうっせぇよぉ。なんの話ししてんだ?」

 そこに、盗賊のラートが起きてきた。彼は寝起きの目を擦りそう言った。



 シェロが起きたてのラートへ、スヴィヒ王国が何者かによって支配されているという事を伝えた。ラートは大変、驚いた顔をしていたが、直ぐに『取り返してやる』といった意気込んだ表情へ変わった。やはり大変心強い。

「にしてもよ、なんのために支配したんだろぉな」

 ラートがアイリスの作った朝食を口にしながら、最もな事を言った。確かにそうなのである。スヴィヒ王国を支配したところで、何か大きな得があるようには思えない。そして、更に気掛かりなのは何者が支配しているのかということだ。だがそれは、

「どっちにしろ、1回足を運ばねぇとわかんないな」

 ユイトの言う通り、1度その地へ足を踏み入れなければ何もわからない。

「いつ行くのですか? 僕は正直なところ少し不安なのです。ユリシャさんとお兄さんもが向こうにいるのにも限らず王国が支配されてるのです。それに、スヴィヒ王国北にはこの地の前支配者のレックスと同じように何か強大な敵が居そうな気もするのです」

 シェロが椅子へ腰掛け、俯きながらそう言った。確かに、以前ユリシャが言っていた。この世界は四皇が以前、支配していたと。仮に、その四皇の一角、北の支配者と相対してしまえばユリシャという戦力が欠けている今は勝ち目がないであろう。ラートの戦力は確かに大きい。だが、四皇の脅威は更に大きい。それはレックスの剣術を見ればわかるのだ。

「確かにその通りだ。だが必ずしも四皇と相対するという訳でもねぇはずだ。最悪の事態が起こった時はその時だ」

「そ、そうなのですか。わかったのです。ではいつ王国に向かうのですか?」

 シェロはユイトの暴論に同意してくれた。

「俺はいつでも大丈夫だ。アイリスは?」

 皆と同じく椅子へ腰を掛けているアイリスへ問う。

「ええ。私も今日中にでも出発出来るわよ。シェロやラートが良いのなら今日の昼にでもここを出ないかしら?」

 アイリスはシェロとラートへ目を配らせ提案した。王国へ向かうのは早いに越したことはないであろう。出来ることならば今すぐにでもここを出たいところだ。

「あぁ、俺はいつでも行けんぞ」

「僕も行けるのです」

 2人は同意してくれた。やはり頼もしい2人である。

「わかったわ。それじゃあ昼になったらみんな外に出てきてちょうだいね。私は少し竜車を借りたりしてくるわね」

 アイリスはそう言い残すと、家を後にし竜車を借りに行った。シェロは窓の近くに行き、外を眺めている。

「なぁ兄ちゃん。俺も外歩いてくるわぁ」

 ラートが食べ終わった食器をキッチンへ持って行きながらそう言った。

「ああ。わかった」

 ユイトも自室へ帰ろうと思う。



 自室へ帰り、ふと思い返した。以前の巨大樹へ辿り着く前にアイリスが言っていた言葉。

 ――あなたの故郷って、日本?

 今思えばなぜ彼女はそのような事を知っていたのだろうか。あの時もう少し問い掛けていれば良かったと少し後悔したのだ。

「もうここに来て4ヶ月くらいか。早かったな」

 この4ヶ月間は色々あったが大変、充実していたと改めて思う。仲間も出来、時には喧嘩もしたり死んだりと色々あったが、今思えば全て素晴らしい思い出なのだ。

 小窓から外を眺める。やはり、この世界はとても綺麗である。街は人で賑わい、水は流れ、日は差し続け。ユイトは、そういった面では故郷とあまり変わらないと思うのである。


 


 あの後、ユイトは眠りについてしまっていた。実の所、夜あまり寝られなかったのだ。理由は、キッチンから聞こえてくるクッキーの咀嚼音が大きすぎたからである。誰かという確信はついている。シェロだ。彼女の咀嚼音は日に日に大きくなっていっているため、ユイトからすれば迷惑限りないのだ。

 そして今はというと、剣を背中に差し、外へ出てきたところだ。外には、アイリスが借りてきてくれた竜車があった。

「あれ、お前、前と同じ竜か? 毎回毎回すまねぇな」

 今回アイリスが借りてきた竜車は、以前巨大樹へ向かう時に借りた竜車と同じであった。ユイトが竜に近寄りそう話しかけると、彼は大層嬉しそうにした。どの世界でも生き物は尊く、可愛らしいものだ。

 竜と話していると家からアイリストシェロが出てきた。

「う、うおおぉ! アイリスさん。ユイト君がおかしくなってしまったのですよ」

「ほ、ほほほ。ほんとね」

「おかしくなってねぇよ! 何が『ほ、ほほほ。ほんとね』だよ!」

 アイリスとシェロがはた迷惑な事を言ってきたのでユイトは顔を赤くし怒鳴った。

「まぁ良いよ。てか、ラートはまだなのか?」

「おう兄ちゃん達! ちょうどやったなぁ」

 ユイトがラートはまだかと聞いたと同時に、彼は帰ってきた。全くタイミングが良いものだ。

「みんな揃ったようね。それじゃあ向かいましょうか」

『おー!』



「なーアイリスー。スヴィヒ王国ってのはどんなとこなんだ? 全然知らないんだ」

 家からかなり離れた花畑の様な場所へ着いた時、ユイトがアイリスへそう問いかけた。この場所は大変甘い香りがし、見晴らしもよく、心落ち着く場所である。

「私も行ったことはないのだけど、王都の人が言うには自然豊かな場所らしいわよ。沢山木とか花とかが咲き誇って、王国の中央には大きな木があるらしいの」

 なるほど。大変興味がそそられる様な場所である。アイリスの話では、緑が多い国であるらしい。

「それにしてもこの場所に来た途端眠くなるのですよ。寝みたいのです」

「確かにそうだな。妙に甘い香りがして来て眠くな……」

「え! ちょっとユイトとシェロ!」

「おいおい。何寝てんだよ」

 この花畑に来た途端、突如にしてユイトとシェロは睡魔に襲われ、眠りについてしまった。竜車を走らせているアイリスは、1度竜車を止め、ユイトらを起こそうと声を張った。ラートもユイトらの肩を揺すっているが、いずれにしてもユイトらは深い眠りについてしまったのか目を覚まさない。

「なにこ……」

「おい! 姉ちゃんよ!」

 アイリスも声を張って起こそうとしたが、自身も強烈な睡魔に襲われ、その場で寝てしまった。ラートはアイリスも起こそうとしたが、彼にも同様。睡魔が襲ってき、意識が闇に落ちていった。



「――。うーん……」

 ユイトが目覚めたのは、あれから数時間後たった頃。ではなく、

「え……。な、なんでまた!」

 数時間前に眠っていた、家のベッドの上であった。

「まさか!」

 一瞬にして理解した。再びユイトは、眠気に襲われた後、死したのだ。死因は全くもって不明である。花畑に着いた途端、急な睡魔に襲われた。それだけであった。死する理由などどこにもないはずである。

 1階に降り、リビングへ向かう。

「あれ、アイリス達が居ねぇ」

 アイリスらはいなかった。

「となると今は、竜車に乗って出発する前ってことか……」

 玄関へ向かい扉を開けると。

「ユイト、遅いじゃない。もうみんな乗ってるからユイトも早く乗りなさい」

 やはり、アイリスらは外で竜車に乗っていた。ユイトもアイリスに最速され、竜車へ乗った。



「なぁ、少し違う道から行かねぇか?」

 家から少し離れたところであった。ユイトはこの先の展開がどうなるかしれてしまっているため、走行させているアイリスへそう提案した。

「どうして? ダメなのよ。別の道は今宵は満月だから魔獣が多くなってるの」

「違う! これから通過する花畑で俺らは死ぬんだ!」

 アイリスに提案を退けられたため、ユイトは必死に説得する。

「ダメなものはダメよ。ユイトのこと信用してないって訳じゃないけど、これから通る花畑で死ぬとは考えられないの。それに、他の道を選ぶ方が危険だわ」

 やはり、ダメであった。確かアイリスの言い分は理に適っている。この先にある花畑で簡単に命を落とす理由は見当たらない。それに、別の道の方が危険度が上がるのは道理である。



 結局、再び例の花畑が見えてきた。やはり今回も命を落とすことしか出来ないのであろうか。

「おい。なんだあれ」

 いや、前回とは違う。ユイトは遠くに何か動くものが見えた。

 ――影の正体とは。

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