第10話 新たなメンバーへ乾杯を

 ユイトとシェロは洞窟でアラネラを討伐することに成功し、無事家へ帰れそうであった。が、それは洞窟の出口からこちらへ向かって歩いてくる人物によって打ち砕かれた。そう、それは、

 ――レックスであった。

 以前、ユイトが異世界へ転移された日の夜。突如にしてユイトは洞窟へ飛ばされ、そこでレックスと相対しユイトは何も出来ずに死した。彼の剣術や速さは異常である。常人が目で終えるものでは無い。油断をすれば死のみだ。

「シェロ。あいつは四皇のレックスだ。気を抜くなよ」

 ユイトはシェロへ注意するよう伝える。するとシェロは大変驚いた表情をしていた。無理もないだろう。レックスは1000年前に地中へ沈んだ帝国、『シダスカスタルム帝国』の王なのだから。そして目の前にいるその人物は口を開いた。

「我の領地で何をしている」

 実質的な質量は伴っていないというのに、大変重たい声音でそう言った。やはり以前と相も変わらず敵意がある。今はシェロも一緒なのだ。彼女は攻撃も防御も出来ない。ユイト1人でレックスの攻撃を全ていなせる訳ではない。ここは出来れば穏便に事を勧めめたい。

「なんでお前が俺の行く先々に待ち構えてんのか知らねぇがいい加減しつけぇよ。早く帰らせてくれ」

 ユイトは本当は恐怖で萎縮しきっているが、あくまで冷静を装ってレックスへそう言う。彼が快く了承してくれる可能性は極めて低いであろう。

「ほざけ。お前の立ち入っている場所は我の領地内である。不法侵入だ。生きて返す訳には行かない」

 やはりユイトの推測通り、タダでは帰れないようであった。なぜ彼はそこまで自身の領地へこだわるというのだろうか。何か強い意志があるというのは確かである。

 そして、恐らくだが今回もまたこちらへ攻撃を仕掛けてくる。それへ対抗しなければこちらには死のみが待っている。

「シェロ、火力と速さバフれるか?」

「はい。ですが、先程もアルネラと戦っている時もバフを掛けたので、あまり効果は望めないのです」

「ああ。それでも良い。多少でも上げないと押されてしまう。頼んだ」

 ユイトはシェロへバフを掛けてもらうよう頼んだ。先程のアルネラとの戦いの時にも掛けたのでほぼ上書きになってしまうらしいが、それでもしないとこちらが劣勢になる。シェロはそれでも良いと伝えるとバフを掛けてくれた。

「何をこそこそと話しておる。そんな暇があるのなら命乞いでもしてみるのも一興だ」

 レックスが腰の日本刀の柄へ手を掛けた。ユイトもそれを合図に背中の刀へ手を掛けた。

 ――来る。

「シェロ、下がっとけよ」

「――ベルシスモ」

 刹那、レックスは目にも止まらぬ早さで地面を蹴り、こちらへ飛び掛った。それと同時にユイトも攻撃へ転じる。

「リプレス・コントラ」 

 防御こそ最大の攻撃と言うならば、攻撃こそも最大の防御である。ユイトも刀を抜き、地面を蹴り間を詰めた。両者が勢いよく跳躍し、中央で交わる。それは目にも止まらぬ速さであった。次の瞬間、各々は自信がいた場所へ再び跳躍し、距離をとる。

「手応えはあった。やれたか?」

 ユイトの振った剣には、確かに手応えがあった。が、

「――っ! あ゛ぁぁ!」

 突如、左手が強烈な熱を帯びた。今までに感じたことのない熱さ。水銀を熱し、掛けられた程の熱さ。痛さは、あるベクトルを越えると熱さへ変わる。ユイトは不意に襲ってきたその熱さの正体を確かめるため、左手へ目をやる。すると、腕の断面が綺麗に見えた。濃い赤色の血が吹き上げ、骨が剥き出しになっている。今までに見た事のない光景にユイトは絶句した。レックスと剣を交えた瞬間、時差で腕を切られたというのだろうか。やはり彼はユリシャの言う通り四凶の檮杌とうこつなどよりもはるかに強い。あんな者、比にならない。

「ユイト君! 腕が、腕が!」

 シェロが声を荒らげているのが聞こえる。

「今すぐ治癒魔法かけるのです! 動かないでください!」

 シェロが近づいてこようとした。

「ダメだ! 来るな!」

 ――来るな。来たら死んでしまう。

 治癒魔法を掛けている暇などない。隙を見せれば一瞬で終わる。そう、文字通り終わるのだ。

 レックスは再び剣を構えた。また来る。あの技が。今度は、ユイトはもう技を繰り出せない。シェロも守れず死を覚悟した時であった。

「なにてめぇ負けてんだよ。男だろ? 立てや」

 レックスの後から男の力強い声が聞こえてきた。今まで聞いた事のない声だ。アイリスでもユリシャでもない。レックスも驚きのあまり振り返った。

「誰だ。お前」

 レックスはその人物へ問いかけた。

「ギルドの姉ちゃんが人がいっぱい死んでるつーから見に来たらこの様だ。お前こそ誰なんだ? あぁ?」

 四皇のレックスへ対等に向き合った。その人物はそう言った。ギルドのお姉さんが彼へここで人が沢山死んでると伝えたらしい。そう言い放った男は再びレックスへ歩いて距離を詰めた。彼の髪は寝癖であろうか、ツンツンと上へ伸びており、背はユイトよりも高い。服は上半身と下半身もダラっとしたものを着ていた。

「まぁ良い。お前も含めて痛めつけてやろう。我の領地へ立ち入った罪は大きい。覚悟するが良いだろう」

 レックスはそう言い、再び日本刀を構えた。また負傷者が出てしまう。

「おいそこの男! そいつの速さと剣術は規格外だ! 気をつけろ!」

 ユイトは後から洞窟へ入ってきた男へそう言った。それと同時にレックスは再び跳躍しようとした。が、

「な、何だこれは。我の剣術が使えないだと?」

 どういう事だろうか。レックスは呆気に取られた声でそう言った。ユイトとシェロも状況が理解出来ていないため驚いた。彼の剣術が使えないとはどういった事だろうか。1度しかあの技は打てないという事だろうか。

「あ、てめぇの技だけど俺が頂いといたわ。すまねぇわ」

 そうレックスと相対している男は言った。技を頂いたというのはどういう事だろうか。

「なに? どういう事だ?」

「いやさー1回で聞いとけよぉ。俺のスキルは他者の攻撃手段やら技を奪うっちゅう事や。お前の技はもう使えない」

 なんという事だ。彼は他者の持ち前の技を自身へ吸収したというのだ。つまり、レックスの『ベルシスモ』はもう使えない。脅威は減った。と思われたがそう物事は簡単ではないらしい。

「ふっ。笑わせる。我の技があれだけだと思うな。少年よ、ここへ立ち入ったのがお前の運の尽きである。死を覚悟するが良い」

 嫌な予感というのはおおよそ当たるものだ。ユイトの予感も当たっていた。あの様な凄まじい剣術の持ち主が、一つしか技を持っていないなどおかしな話だとは思う。つまりレックスは他にも技があるのだ。

「ベンタス・カット」

 レックスは技を奪った男へそう言った瞬間、その場から姿を消した。そして、瞬きをした次の瞬間再びレックスは現れた。それは先程、彼が居た場所ではなく、技を奪った男の眼前であった。

「逃げっ」

 ユイトが逃げろと言い切る前に、レックスは振りかざした日本刀を彼へ振り下ろした。やはり、四皇のレックスという者の剣技は大層なものである。人2人などその気になれば一瞬で淘汰する事が出来る。ユイトとシェロは目を伏せた。人が真っ二つへ切られるところなど目に収めてしまえば、事ある毎に思い出してしまうであろう。が、その嫌な予想も再び覆された。

「おいおい兄ちゃんたちよぉ。勝手に死んだと思うなや。俺は生きとんど」

 その声はユイトらの隣から聞こえてきた。

「――は? なんで……?」

 当然の事ながら大変驚いた。先程までは洞窟の入口付近へ居た彼が真隣へいるのだ。しかも、しっかり生きている。どういう事だろう。彼は逃げきれない距離までレックスに間合いを詰められていたというのに一瞬にしてこちらへ移動している。シェロがテレポートさせたのかと思い、彼女へ目をやるがどうやら違うらしい。顔を横に振っている。となると、

「まあ兄ちゃんそがに驚くことやないわ。さっきのは分身や。切られてもなんら問題ないわぁ。そや、そこの姉ちゃん。この兄ちゃんの腕治せるか?」

 ユイトの故郷でいうところの、関西弁で彼はそう言った。シェロは『はい!』と元気よく返事し、ユイトの左腕の切られた部分へ両手をかざし治癒魔法を掛け始めた。しばらく掛かるであろう。

「ちぃとやべぇな。俺、技は吸収できんやが、その技は使えんのやぁ。分身使ってあいつの目引いとるから姉ちゃんあと頼んだわ。兄ちゃん回復出来たら、手ぇ貸してくれや」

 男はそう言い残し、再びレックスの居る場所へ向かい歩き始めた。その間もユイトの腕の治療は続いている。

「おい。おめぇそんな技しか使えねぇのか? 屁でもねぇ。掛かってこいやぁ」

 彼はあえて挑発的にレックスの注意を引いた。彼の分身の技もいつか尽きる。それまでにシェロの治療が間に合えさえすれば良いのだが、

「シェロ、終わりそうか?」

「はい! あと少しなのです」

 腕は少しづつ治ってきていた。どうやら間に合いそうである。そして、挑発されたレックスは再び姿を消し、挑発した張本人の目下まで距離を詰めた。やはりその速さは常人には理解し難くあった。そしてレックスは再び剣を振るう。だが当たらない。男は再び洞窟の入口付近まで移動していた。異次元の戦いが眼前で巻き起こっている。

「なぜだ。なぜ我の技が当たらぬ?」

「それはなぁ。てめぇが弱っちぃからだ。もっと本気出せ」

 男は更にレックスを挑発する。と同時だ。

「ユイト君! 治ったのです!」

 シェロの治療が完了した。左腕は元通りになっていた。やはり彼女の治癒魔法は凄いと実感する。以前の巨大樹から今に至るまでの3ヶ月間にも大変彼女には世話になった。感謝してもしきれないであろう。

「まぁ、てめぇに本気出す間もなかったか。兄ちゃん殺ってええぞ」

 男はそう言った。それを合図にユイトは再び両手で刀を握り直した。そして、

「リプレス・コントラ」

 ユイトはそう言い、レックスの背後へ向かって跳躍した。レックスが振り返ろうとする。が、

 ――遅い。

 ユイトは刀を振った。すると、今度は目に見えて四皇、レックスへ当たった。

「――くっ! なぜだ。我が殺られる理由などどこにあったというのだ。なぜだ。なぜだなぜだ。――どうして」

 レックスは最後にそう言い残し、淡く光消えていった。洞窟の中は静けさを取り戻した。

「や、殺ったのか?」

 ユイトがそう口に漏らした。実感がないのだ。あのような異次元の強者に勝ったという。彼の剣術は後世へ残すべき程であった。恐らくこの世界の誰も彼の剣技を真似ることなど不可能に近いであろう。それ程、彼は凄かったのだ。

「兄ちゃんよぉ。やったなぁ。すげかったぞ最後のやつ、また見せてくれなぁ」

 男はユイトとシェロの立ち尽くしている場所へ歩み寄って来てそう言った。

「ああ。にしても凄いなあの分身とスキル。無敵じゃねぇかよ!」

 ユイトは男を褒めた。すると、彼は大層嬉しそうに頬を赤らめ喜んだ。

「ま、まぁな」

「ユイト君! そろそろギルドへ戻るのです。日が沈んできているのですよ」

 シェロの言う通りだ。アルネラを討伐して、レックスまでと相対したというのだ。かなり時間が経ってしまっていた。今からギルドへ戻れば月が昇りきるまでには着くだろう。



 ギルドまでの道中、ユイトら3人は楽しく会話を楽しんだ。初対面だというのに男との会話は大変楽しかった。

 そして、今はというとギルドの前まで着いた頃である。王都には街灯が灯り、相変わらず人で賑わっている。通り過ぎる人通り過ぎる人は楽しそうに会話をしているカップルであったり、子連れの夫婦であったりと様々である。

 ギルドの扉を開け、中へ入るとやはり左右には酒を酌み交わしているおっさんがいた。ユイトは人というものはやはり数多の形があり、とても綺麗であると思うのである。

「おい、シェロさんよ。あれはもしかしてアイリスさんじゃねぇか?」

 ユイトがアイリスらしき人物を指差しそう言った。

「はいなのです。あれは間違いなくアイリスなのですよ。一瞬おっさんかと思いました」

 どうやらアイリスであったらしい。彼女はテーブルへ1人で酒を飲んでいた。シェロの言う通り一瞬、おっさんに見間違えた。

「おい兄ちゃん、あの可愛い姉ちゃん同じチームか?」

「ああ、そうだ。魔法使いのアイリスだ」

 そう言うと男はアイリスの座っている席の隣へ腰を掛けに行き、話しかけた。典型的なナンパというものだ。アイリスも気の毒に。というか、なぜ彼女はこんなところで飲んでいるのだろうか。後で聞くことにしよう。

「ユイト君。首には掛けるやつ貰いに行くのです」

 シェロがユイトの服の裾を引っ張りながらそう言った。小さくて可愛い。シェロの言う通り、ギルドのお姉さんに声を掛けて、アルネラを討伐してきたことを伝える。すると、奥からとても豪華なネックレスを持ってきてシェロへ渡した。彼女は飛び跳ねて喜び、ネックレスを首に掛けた。

「どうです? どうです? 似合うのですか?」

「ああ。似合ってるぞ」

 シェロが問うてきたので、ユイトはそう答えて頭を撫でた。やはり小動物のようだ。ずっと守りたいこの笑顔。

 そして、ユイトはアイリス達の話しているテーブルへ向かった。アイリスは『謎の男にナンパされている。助けろ』といった目でこちらを見ている。が、あえて無視をしてシェロと、アイリス達と向かい合いの先へ腰を下ろした。

「ね、ねぇ。アルネラは無事討伐できたのよね?」

「ああ! アルネラどころか四皇のレックスまで倒してきたところだ」

 ユイトが、アイリスが聞いたら目が飛び出でるほど驚きそうな事をカミングアウトした。

「え゛ぇー!」

 予想通りアイリスは大声で叫び、机に手を付き立ち上がった。酒を飲み、酔っているせいか顔が少々赤い。

「うっせぇよ! 座れ!」

「だ、だだだだだって! あの『剣神』のレックスよ? どうやって倒したと言うのよ」

 どうやらレックスは『剣神』というらしい。

「それがよ、そこの人が死にそうだったのを助けてくれたんだ。んで、ちょこちょこってしたらレックス、死んだ」

 ユイトはアイリスの隣へちょこんと座っている背の高い男を指差しながら言った。

「ちょこちょこじゃないわよ! あんた達とんでもないわね……明日の朝、家の前にすごい人だかりが出来てそうだわ」

 アイリスは酒が入ると少々騒がしくなる。困ったものである。そういえばまだ、ユイトとシェロは助けてくれた男の名前を聞いていない。

「そう言えば、まだ名前聞いてなかったよな。自分はユイトで、こっちのちっこくて可愛いのがシェロだ。そんでもって横にいる騒がしい女がアイリスだ。よろしく頼む」

 ユイトの紹介に、シェロは嬉しそうな顔をしていたが、アイリスはこちらを睨んできた。

「ああ、すまねぇなぁ。俺はラートだ。兄ちゃんらのパーティーに入るよう言われた盗賊担当でもある。よろしく頼むぜ!」

 なんと、ラートと名乗った男はユイトらのチームの盗賊であった。となると、これで冒険者のユイト。魔法使いのアイリスに、魔獣使いのユリシャと僧侶のシェロ。そして、盗賊のラートの計5人が揃ったことになる。ラートの戦力も大変大きく、分身の技や相手のスキルを吸収出来るスキルもこれからとても使うことが多くなりそうなスキルだ。

 今日一日はとても色んなことがあった。朝起きると、枕元に大量の虫はいたし、ユリシャはいないし、アルネラを倒して帰ろうと思ったが四皇のレックスと相対して左腕を切られた。だが、収穫もあった。それは盗賊のラートが仲間になったこともあるし、クエストの報酬のネックレスもである。ネックレスを付けていると、シェロ曰く、体の底から力が湧いてくる感覚がするらしく、実質的に回復量や治癒魔法の速度も上がっているらしい。これはかなりの収穫であった。 残りのユリシャであるが、ユイトはとても気になっている。が、今日はそんな事は忘れて、メンバーが増えたお祝いに酒を酌み交わすのであった。

 ――新たなメンバーへ乾杯。

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