第9話 最凶の再来

 「ユイト君凄いのです! 何ですか今の技!」

 巨大樹での出来事からおおよそ3ヶ月程経った。シェロはあの後、薬草を手に入れ無事に回復魔法やバフ系等の魔法を使えるまでになり、更には近距離であれば自分を含め4-5人程度を連れてもテレポートをできるようになっていた。ユイトもありとあらゆるクエストをこなし、今ではレベルも50程まで上がっておりかなりの技を取得し、1人でも中級のクエストをクリア出来るまでであった。アイリスも高等火属性魔法や、防御系統の魔法を取得している。そして厨二病を患っていたユリシャだが、彼女は、彼女の両親が住んでいる『スヴィヒ王国北』へ当分の間帰るらしく、不在である。ユリシャ自身も様々なクエストを受け、ありとあらゆる魔獣を操ることが出来ている

「これか? これはなー、以前使った『リプレス・インプラス』と新しく最近取得した『コントラ』を合わせた俗に言う合わせ技だな。それを更に少し威力落としたものだ。『リプレス・コントラ』とでも名付けようかな」

 そして今、ユイトとシェロは近くの洞窟へクエストのボスを討伐しに行っている最中である。場所は『ガーレット王国東』から少し歩いた北へ位置している洞窟だ。この洞窟のボスは『アラネラ』という、蜘蛛のような容姿をしたやつらしい。ユイト個人的には虫は嫌いなので正直、行きたくなかったのだが、シェロが当該クエストの報酬に回復魔法系統の回復量を上げるネックレスに目が眩んでしまい、1人では攻撃ができないという致命的な理由で連れてこられた。だが、ユイト自身もシェロの回復量が上がれば、生存確率も上がるため嫌々着いて来させられたという訳ではない。そして、先程合わせ技で倒したモブもダンゴムシのような容姿をしていて少し気持ち悪い。

「それにしても薄気味悪い洞窟なのです」

 シェロが手をぶんぶん振り、周りに飛んでいる虫を払いながらそう言った。彼女言う通り、確かにこの洞窟は薄暗く湿っていて気味が悪い。まるで前に飛ばされ、

 ――レックスと相対した洞窟のようでもある。

「さっさとボス倒して出たいんだが、ボスはどこだ?」

 ずっと歩いているのだが一向に、蜘蛛のような敵は見当たらない。

「またダンゴムシか」

 ボスどころかダンゴムシの様な敵しか湧いてこない。この洞窟はどうなっているのだろうか。ユイトは再び合わせ技を繰り出し、複数いたダンゴムシを一掃する。そして更に歩みを進めた。すると、

「おお! ユイト君! あんな所に宝箱があるのですよ!」

 奥に見えたのは、故郷のRPGゲームでもよく見るような宝箱であった。大抵ああいったものはボスなどを討伐した後に開けるのは問題なく、中にお宝が入っているのだが、ダンゴムシしか倒していないユイトとシェロが開けるのは少々嫌な予感しかしない。そう、中身はミミックとか。

「おい待て。どう考えてもこんな所に宝箱があるのはおかしいだろ。ぜってぇ開けんじゃねーぞ」

 ユイトはウキウキしていたシェロへ注意を促す。注意しなければ、彼女は100%開けている。

「なんでなのですか! こんな簡単にお宝を手に入れられそうなのですよ? 開けたいのです」

 やばい。シェロが宝箱へ1歩近づきそう言った。そんなに彼女は聞き分けが悪かったであろうか。それとも目の前の宝箱の中身に目がくらんでいるというのか。

「おいシェロさんよ。1回落ち着け! その中身は絶対ミミックだ! ぜってぇお前は丸呑みにされる。ここは大人しく引いておくんだ」

 一生懸命に説明する。が、

「やだなのです」

 じとーとした目付きでそう言い、彼女は更に1歩近づいた。残り3歩の間に止めなければ大変なことになってしまう。それだけは避けたいところである。

「本当に待つんだ。帰ったら市場で好きな物買ってやるから。今回は大人しくこっちに帰ってこい。まじ頼む」

「好きな物……詳しく聞かせてもらおうじゃないか。例えばどんなもの買ってくれるのですか」

 シェロは、ユイトの『ヤバそうなおっさん』発言に上手く引っかかった。彼女を1人にさせるのが少し心配になったが、今はそんなこと考えている暇ではない。

「お、お菓子だ! クッキーを買ってやる」

 シェロが毎晩こっそり起きて、キッチンからクッキーをつまみ食いしていることをユイトは知っている。

 あれはたまたま夜中にトイレへ行こうと1階へ降りた時であった。普段はトイレをしそのまま自室へ帰るのだが、その日は大変喉が渇いていたのでキッチンへ水を飲みに行こうとしたのだ。キッチンへ向かおうと、廊下を歩いているとキッチンの方からシャリシャリシャリシャリと音がしてくるのだ。ネズミである可能性もあったため、少々怖かったが気にせず更にキッチンへ近づくと、今度は『ハムハムハムハム』と明らかに人の声がした。ユイトは少し怖かったが、顔を覗かせてバレないようにすれば問題ないであろうと思い、顔を覗かせた。するとそこに居たのはなんと、クッキーをしゃがんで頬ばっているシェロであった。正直あれはかなり驚いた。シェロはてっきりいつもすぐ深い眠りへついていると思っていたためである。声を掛けようか迷ったが、これは弱みを握れると思ったため止めておいた。その日は大人しく自室へ帰り再び眠りへついたのだ。

 だが、また別の日、ユイトは再びトイレへ行こうと思い1階へ降りたところキッチンの方から以前に増して早く、シャリシャリシャリシャリという音が聞こえて来た。その日は覗き込まずに自室へ帰ったのでわからないが、恐らくシェロの仕業で間違いないであろう。そしてその日からユイトは、彼女の好物がクッキーであることを確信した。

「クッキーですか……悪くは無いのですが、飽きたのです。別のものを要求します」

 好物で釣ろうという作戦は通用しなかった。シェロは別のものを要求し、再び1歩近づいた。今度の1歩は大変大きかったため、残りミミックまでは2歩から1歩になってしまった。非常に不味い。予想していた言動と違っていたのでユイトはわかりやすく動揺した。

 ――やばい。

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て!」

 ユイトはシェロがミミックに食べられまいと、頭をフル回転させ言い訳を考える。

「――俺は。俺はもう、仲間を失いたくないんだ……これ以上大切な愛しい仲間を……失いたくないんだ。だからお願いだ、こっちへ帰ってくるんだ」

 まさかの女々しいお願いだ。ユイトは目に涙をうかべ、声を震わせ即興で迫真の演技をする。ユイトは『仲間を失いたくない』と言ったが一度も失ったことはない。だが事実、今大切な仲間を失いそうになっているのである。

「仕方ないのです。ユイト君を信じて、この宝箱は開けないことにします。さあ、次に進むのです」

 シェロは聞き分けてくれたようであった。危機一髪、ユイトの演技により助かった。そう安堵し、歩き始めた瞬間であった。

『カサカサカサ』

「かさかさかさ? シェロ、なんか言ったか?」

 ユイトは立ち止まり、先頭を歩くシェロ問いかける。

「え? なにも言ってないのですけど」

『なにも言っていない』とはどういう嘘だろうか。確かに聞こえたのだ。

『カサカサ』

 やはり聞こえる。が、今度はどこからかしっかりわかった。背後ろだ。いや、正確には上である。上から物音が聞こえる。一瞬にしてユイトは体から血の気が引いたような感覚がした。

「お、おい。シェロ。俺の後ろに何かい、いないか?」

 ユイトは恐怖に満ちた声音で、前を歩いているシェロの華奢な肩を掴み、そう問う。

「いきなりどうしたのですか? 後ろになんて、なにも、ももももも……いないのです」

 彼女はこちらを振り返り、前半は真顔で、後半はユイトの真上を見て慌てたようにそう言った。そして、自身の肩へ乗っているユイトの手を勢いよく払いのけ咄嗟に半端ではない速さで奥へ向かって走り出した。

「おいおいおい! 嘘だろ!」

 ユイトは遠くまで走り、小さくなりゆくシェロへ叫ぶ。そして、もう手遅れだと気づき、ぎこちない動きで上を見る。

「う、嘘だろ……やばいやばいやばい! これはシャレにならない!」

 ユイトはそれを見た瞬間気絶しそうになったが、踏ん張った。そこにいたものは、足の量は尋常ではなく、胴体や頭も規格外のデカさの蜘蛛であった。いや、これは蜘蛛と呼べるのか怪しい程大きい。ユイトは一瞬驚きのあまり、腰を抜かしたが死にたくはないため、産まれたての子鹿のように脚を震わせながら立ち、シェロが逃げていった方へ自身も逃げた。



 ――ユリシャの里帰り。

 ユイトらが蜘蛛に追われている日と同様の早朝。ユリシャはいつもより数時間早く起床した。ベッドから起き上がり、カーテンを開け朝日を浴びる。

「うん。素晴らしい朝であるな」

 そして、階段を降り1階のキッチンへ向かう。ユイトやアイリス、シェロはまだ自室で眠っている。キッチンへ着くと、カプラスの粉を木製のコップへ入れ、アイリスが作った火を付ける名前はよくわからない物でお湯を沸かしコップへ注ぐ。渋い香りがキッチン兼、リビングへ充満する。ユリシャはカプラスに『サッチャロ』というような甘い調味料を入れるのはあまり好かない。コーヒーで言うところのブラックを好むのである。自分で淹れたカプラスをリビングのテーブル持って行く。椅子へ腰かけ、窓から外の景色を眺めながら優雅に1口喉へ流す。

「素晴らしいでございます。とても美味だ」

 朝一で飲むカプラスは絶品なのである。そして、今日のユリシャの予定だが、残り小一時間もしないうちにはこの家を出発し、父と母が暮らし、ユリシャの故郷でもある『スヴィヒ王国北』へ向かう。そして、故郷へ帰り何をするのかというと、今日は兄のラスの結婚式があるためそちらへ参加する。兄は冒険者から勇者へ成り上がり、1人で過去、この世界を混沌へおとしいれた四罪の共工きょうこう驩兜かんとう三苗さんびょう、そしてこんの4者を討伐した最強と名高い勇者である。そして、『スヴィヒ王国北』まではある程度の距離がある上に、徒歩で向かうためかなり早く家を出発しなければ間に合わない。ユリシャはカプラスを飲み干し、コップをキッチンへ持っていき水で洗う。

「少し荷物を整えて出発しようか」

 そう言い、再び階段を登り自室へ帰る。ユリシャはベッドの下へある少し大きめのリュックを取り出し、タンスの中から服や下着を出してリュックの中へ入れる。それと、机の上へ置いてある昨日の夜読んだ本も入れる。

 荷物を用意し、靴を履き外へ出る。日は先程よりも少し上の位置へ移動しており、正面の家の煙突からはもう煙がのぼっていた。ユリシャと同じく早めに起床しているようだ。

「ムウムウ、出ておいで」

 そう呟き、ムウムウを呼び出す。ムウムウはユリシャの言葉を合図に固定位置の肩へ淡い光を纏いながら現れた。

「おはよ。今日は故郷へ帰ろうと思う。1人は少し心細いのだ。話し相手になってくれ」

 彼女はそう言いながらムウムウを撫でる。ムウムウは『ニャア』と返事した。それを合図にもう一度リュックを背負い直し、歩き始めた。

 『ガーレット王国東』からさらに歩いた所にある、以前ユイトらと協力しアルミラージを討伐した思い出のある『メユリスの森』へ着いた。森は以前よりも静かになり、冷たい風がユリシャの頬をなぞって行った。

「やはりまだ冷えるな。夕方までには向こうへ着きたいが、どうであろうな」

 夕方になるとこの世界はとても冷えるのだ。それは、あまり厚着ではないユリシャからすれば少し致命的であるため、少し急ぎたいところではある。

 森を抜け、更にしばらく歩くと大きな川があった。今はそこまで勢いは強くないが、雨などが降るとこの川は氾濫し向こう岸へ行けなくなる。

「懐かしいなムウムウ。昔よく、この川で遊んだものだよ」

 ユリシャはムウムウへそう話しながら、川を横断するための橋を渡った。時刻は太陽の位置から推測するに、正午頃であろう。『スヴィヒ王国北』までは残り1時間半程で着くであろう。



 ――ユイトとシェロ

 ユイトは、人より少し大きいサイズの蜘蛛の様なものと目が合ってしまい、一瞬腰を抜かしたが、流石に死にたくはないので脚をガクガク震わせながら、先に逃げたシェロの後へ続いて走った。

『カサカサカサカサカサ』

 それへ更に続くようにして、例の蜘蛛もスピードを上げ着いてくる。このクエストは、虫嫌いなユイトを完全にやりにきている。

「やばいやばいやばい! なんであいつ先逃げんだよ! 速さ向上とか、防御力増大やらのバフくらい掛けてからにしろよ逃げるなら!」

 ユイトは焦りと恐怖から、口調を荒らげながら文句を言う。その間も背後の頭上からは、『カサカサ』という何かが動き回る気持ちの悪い音が聞こえてくる。あんなに大きい蜘蛛に捕まれば、一瞬にして食べられてしまうであろう。

「シ、シェロ!」

 一生懸命走って逃げると、なんと行き止まりだということにユイトは気がついてしまった。そして、奥にはうずくまって震えているシェロもいた。ユイトは死を覚悟した。ユイトもシェロと同じ様に行き止まりまで追い込まれてしまった。恐らく、このままでは何も勝ち目がないであろう。ユイトは振り返り、シェロへ、

「おい! シェロ! 火力と速さ上げれるか?」

「え、はい! 任せてくださいなのです!」

 そうユイトは言うとシェロは顔を上げて立ち上がり、バフ系を使うための呪文を提唱した。

 すると、ユイトの体の底から力が湧き上がってくるような感覚がした。と、同時にユイトは背中にさしていた剣の柄へ手をかけ、

「リプレス・コントラ」

 そう唱え、一瞬にして頭上へ引っ付いているアラネラへ飛び掛った。が、

「ダメだ! 間に合わねぇ」

 1歩遅い。アラネラの尻から出した蜘蛛の糸により捕らえられそうになる。それを危機一髪で体をよじり交わし、地面へ着地した。

「やばい。あの糸に絡められたら死ぬ気がする」

 死の香りがぷんぷんしてくる。ユイトは頭をフル回転させ討伐方法を絞り出す。正面から切りに行くのはダメだ。かと言って背面から切り刻める術は無い。いや、

「シェロ」

 シェロへコソコソと作戦を伝える。

「わかったのです! 任せてくださいなのですよ!」

 シェロは理解してくれたようである。ユイトは再び、剣をアラネラへ構え直し、再び飛び掛る。が、再び尻から糸が出され、ユイトを捕らえようとする。

「そんなのはもう読めてるぜ。とった」

「テレポーテーションっ!」

 シェロはユイトへ手をかざし、そう唱えた。途端に、アラネラの正面から切りかかろうとしていたユイトはアラネラの背後へテレポートされ、再び斬撃を繰り出す。

「キィィィっ!」

 アラネラは最後の雄叫びをあげ、ひかり、消えていった。

「や、やったか?」

 ユイトが地面へ着地し、汗を拭いそう言った。

「どうやらそのようなのです……」

「ああー。疲れた。シェロ、ありがとな! 助かった」

 ユイトはシェロの頭をポンポンと撫で、そう言った。彼女は嬉しそうに顔を赤らめ飛び跳ねた。

「さあ、帰ろっか」

 ユイトは再び、洞窟の外へ向かって歩き始めた。無事帰れそうである。

 しばらく歩き、洞窟の出口が見えてきた頃であった。向こうから何か歩いてくるのが見えた。恐らく、ユイトらと同じくアラネラを討伐しに来た人であろう。『もう倒した』と伝えよう。と、思ったが、徐々にその人物へ近づく事にそれは、アラネラ討伐へしに来たような人物では無いことは気づいた。ユイトは足を止めた。シェロもユイトが立ち止まったため、同じく足を止めた。

 ――そう、向こうから歩いてくる人物は。

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