第8話 巨大樹の刺客と薬草


 巨大樹内部、螺旋階段を巨躯な男が道を塞いでいた。その男はボロボロの袴を着、武器などは何も持っていなかったが異様な覇気をまとっていた。そして男はユイトの『誰だ』という一言を合図に足へ力を入れ、地面を蹴り、――跳躍した。

「ダメだ……間に合わない」

 ユイトが絶望に満ちたその一言を口に出した時であった。

「ソリダム・ムーロム」

 アイリスがそう提唱した。すると異様な速さで殴り掛かろうとした男とユイトら一行の間に固く半透明な防護壁が出来、男の攻撃を受け流した。男は自分のペースを乱されたが、即座に先程自分がいた場所へ飛び、再び次の攻撃を仕掛けようと構えた。アイリスの使った防御壁は今度もう使えないであろう。やはり今回も駄目かと思われた。が、それはユリシャの繰り出した数多の剣の斬撃により覆された。ユイトらは、ユリシャの方へ呆気を取られた顔で目を向けた。そこには、ユリシャが召喚したであろうロングソードの形をしたモノが浮いていた。ユリシャは魔獣を使う代わりに、その他の魔法や技は使えないとのことであったが、あれは魔獣だと言うのだろうか。

 剣の斬撃をもろに喰らった男は、相も変わらず無言のまま、今度は口から血を流し立っている。計り知れない耐久度である。そして、今度こそ男はユイトら一行を潰さまいと言う勢いでこちらへ再び跳躍した。ユリシャの魔獣ではカレの攻撃は防げない。またもや死を覚悟したが、ユイトの脳裏にある言葉が浮かんだ。

『仲間なのですから』

 そう、シェロがユイトへ贈ってくれた言葉だ。その言葉が今、ユイトの脳裏を反芻はんすうする。仲間すら守れないものに存在価値などないであろう。その瞬間ユイトは背中へ差していた刀の柄へ手を掛け、抜いた。

「リプレス・インプラス」

 ユイトはそう言い、抜いた刀を飛び掛ってくる巨躯な男へ3往復させた。ユイトの剣術は男へ必中し、その男がいた場所は眩しく光り、男は消えた。

「――やった、のか?」

 ユイトらは先程まで巨躯な男がいた場所を呆気に取られた顔で見つめている。

「な、なんだったのですか今の」

 シェロが萎縮切った声音でそう言う。彼女の言う通りだ。彼はなんの為にユイトらへ襲いかかってきたのだろうか。そもそも論、なぜこんな所へ彼はいたのだろうか。

「恐らくやつは、四凶の檮杌とうこつであろう。あの尋常ではない動きの速さと、凄まじい威力の攻撃は彼で間違いない。彼の他にも残り3人同じような者もいるが案ずることは無い。なんせ、ユイト。――お前が相対した四皇の一角、レックスの方が檮杌よりも狂気に満ちて破壊的だ」

 そうユリシャは言った。なんという事だろうか。武器も持たず拳闘のみであの強さだというのに、レックスは更に強いというのだ。そんな者と相対するなどよくよく考えれば勝ち目などないはずである。

「恐ろしいぜ」

 ユイトが身震いした。

「あと少しで最上階のようだし、あいつも死んだようだから先へ進みましょ?」

 アイリスがそう提案する。彼女の魔法で張られた防護壁が無ければ、恐らく4人諸共死んでいたであろう。彼女は火属性魔法も使え、防御系魔法も使えるとなると最強なのではないだろうか。これからも危なくなったら彼女に頼ろう。

「ところでユイト、さっきの剣さばきはなんなの? 全く目で追えなかったのだけれど」

 アイリスが階段を登りながらそう問いかけてきた。

「ああ、あれか? 実はな、家の裏にいっぱいモグラみたいなモンスターがいたからあの刀で倒してたらさらにレベルが上がってだな」

 そう。ユイトはあのアルミラージ戦の時にはまだ10レベルと言ったところだったのだが、いつの間にか家の裏に沢山湧いていたモグラのようなものを数体、討伐しレベルを上げたのだ。

「……い、いつの間になのです」

 シェロが後ろからボソッとこぼした。

「凄いだろ! やっぱこの世界には『勇者になってください』ってことで飛ばされたのかもな」

 そうユイトが胸を張り言ったところ、一気に周りの空気が白けた。隣のアイリスは目を細め、虫けらを見るような目でこちらを見てくる。後ろを振り返りシェロへ助けを求めようとしたが、彼女も同じような目をしていた。

「やめろよ、その目」

 そんな他愛もないやり取りをしていると、最上階へ着いたのか、階段は途絶え目の前に巨大樹の中に入って来た時と同様の押して開ける扉があった。ユイトはそれを力を込めて開けた。

 ――すると、

「うおおおお! なんだこれ! 楽園か?」

 扉を開けた先へ一行を待っていたのは、巨大樹の葉の中に開けた場所があり、そこには草や花が生い茂り、上からは先程までは曇りだったというのに今は快晴であり、眩しい日差しが差し込んでいる楽園のような場所であった。

「うわあ! すごく綺麗なのです! こ、ここに僕の薬草があるのですね!」

 シェロが周りをヨダレを垂らしながらスキップをし、そう言った。嬉しい気持ちは大変わかるが、彼女がスキップしているところに薬草があり踏み潰してしまっては本末転倒なのでやめて欲しい。

「これはすごいな。私も上がこうなっているとは知らなかった!」

 ユリシャも初めて来たらしく、声が踊っている。この景色は無理もない、とても綺麗なのだから。

「ところで薬草はどこにあるんだ? 一見した感じ周りには家の周りに生えてる草みたいなのしか無いけど」

 周りには文字通り雑草のようなものしか生えていない。

「おお! なんかここに綺麗な花みたいなのがあるのです! 皆さん来てくださいなのです!」

 シェロはいつの間に行ったのか、ユイトらから離れた端の方へ移動しており、しゃがみこみ叫んでいる。ユイトらはシェロのいる所へ歩いて行き、同じ様にしゃがみ込んで、シェロがつついている花を見た。

「なんだこれ、花というよりかは変な色した草みたいだな」

 そう、それは花というには無理があり、虹色にキラキラと光っている草のようなものであった。

「うん。これ薬草だね。とても綺麗だ」

 ユリシャがそう言った。

「え! これがそうなのですか? めちゃつついてしまったのです」

 シェロが人差し指の先っちょをツンツンしている。やはり小動物のようで愛くるしい。

「そう不安になることはないよ。これと同じようなものが周りにも生えているはずだ。手分けして沢山集めよう」

 ユリシャがユイトらへそう言った。

「そうね、出来るだけ沢山持って帰りましょ。もうここに来るのは懲り懲りですもの」

 アイリスは賛成し、ユイトとシェロも頷いた。



 しばらくの間、ユイト達は手分けし薬草を集めていた。ユイトはかなりの量の薬草を収集することが出来、この量ならば当分の間はここへ来なくて済むであろう。

「ふー。腰がいてぇ。だいぶ集まったな」

 そう言い腰を労りながら周りを見渡すと、アイリスとシェロは一生懸命に薬草を集めているのは伺えるがユリシャの姿がない。少し心配になり、薬草を脇に挟んだままユイトは、ユリシャ捜索へ踏み切る。まずは、この開けた場所へ入ってきた扉の所だが、

「いねぇな」

 いなかった。となるとどこかへ隠れているのだろうか。ユイトは周りを歩き、薬草を探すついでにユリシャも探して摘むことにする。

 そして、更にしばらく歩いた時であった。

「うわあぁ! びっくりした……何お前サボって呑気に寝転んでんの?」

 ユリシャ捜索を諦めようとしていた時、草に埋もれ、寝転んでいた彼女を発見した。なんとユリシャは薬草探しを止めて呑気に休憩していたのだ。

「すまないすまない。ほら、そう怒らなくてもいいではないか。力を解放しねじ伏せても良いのだぞ?」

 また意味のわからないことを言ったので、ユイトはしゃがみ込み無言でユリシャの頬を引っ張って離した。

「痛い痛い痛い! やめ、やめないか! 私は帰り道竜車を走らせるために休憩しているのだよ! アイリスに帰りまで走行させるなど彼女が可哀想だとは思わぬか?」

 ユリシャは座り直し、引っ張られた頬を抑えながらそう弁明した。確かに彼女の言う通りでもある。行きし、アイリスに竜車の走行をしてもらい、帰りまでもお願いするなど可哀想ではある。

「なるほど。勢いよく引っ張って離してしまってごめんな」

 ユイトが謝罪の意を込めて頭をポンポンと撫でた。すると背後から声が聞こえた。

「はあっ! アイリスさん、ユイト君がユリシャさんへ卑猥な行為をしてるであります!」

 シェロの声だ。彼女は慌てふためいた声でアイリスへ虚偽の話をした。なんてやつなのだろう。

「ユ、ユイトそんな、人だったの?」

 アイリスがシェロの横は並び、『引くわー』と言った顔で言ってくる。

「ちげぇよ! 帰りしのことについて話してんだよ!」

 ユイトが声を荒らげ弁明する。

「まあまあ、2人とも。私は無事だ。……少し危なかったが。薬草は集められたか?」

 ユリシャは自身が少し危なかったという嘘を混じえながら、薬草を集められたかとアイリス達へ問うた。

「ええ、これだけあれば当分は大丈夫よ!」

 アイリスはそう言い、シェロと一緒に集めたであろう薬草を見せた。山になっている。こんなに集めてしまっては後の人達へ少々気が引けるが、道中色んな事があったのだ。問題ない。

「そうか。なら下へ向かうか」

 また例の螺旋階段を降りなければならない。だが、今度は敵もユイトらへ危害を加える者はいないであろう事を願う。



 あの後、無事に最下層まで降りることが出来、今は竜車へ採ってきた薬草と荷物を積んでいるところだ。

「だいぶ日が沈んできたなー。にしても思ってたより長かったな。行ってすぐ帰って来れると思ってたからな」

 ユイトがそう呟く。確かに、そもそもの話し巨大樹の中が空洞になっており螺旋階段で上まで登らなければ、薬草がないなど知らなかったのだ。だが、無事薬草は採れた。ところで、シェロはこの薬草をどうやって取り入れるのだろう。

「さあ、君達よ。竜車へ荷物は詰められたか? 早く乗るのだ」

「ああ、トラちゃんの運転頼んだぞユリシャ」

 ユリシャは竜車を走行させるため前へ乗っている。どうやら約束はしっかりと守るらしい。良い奴だ。

 ユイトとアイリス、シェロは急いで後ろへ乗った。それと同時に竜車は走り出し、家へ向かう。改めて思うがこの世界の夕焼けはとても美しいと思う。ユイトが故郷で見た最後の夕焼けはあまりそういった感慨は無かったのだが、こちらの世界の夕焼けはとびっきり綺麗だ。

 アイリスは人一倍、薬草集めを頑張っていたためかしばらく竜車へ揺られていると眠ってしまった。寝顔は長く伸びたまつ毛がとても映えている。シェロはと言うと、どこか遠くを眺めていた。彼女も横顔がとても綺麗であった。

「――割かし、この世界も悪くないかもな」



 家へ着き、ユリシャは竜車を王都の方へある竜車を貸し出している所へ返しに行った。もう日は完全に沈んでおり、今宵はとても綺麗な赤い満月が昇っていた。

 ユイトとアイリス、そしてシェロは家へ入りリビングの椅子へ腰を下ろしている。

「なあ、ところでシェロさんよ。この薬草ってどうやって取り入れるの? このまま食べたりするとか?」

 ユイトはテーブルの上へ置かれている薬草の山をつつきながら、シェロへ問いかけた。アイリスも大変気になっているらしく、目を輝かせながらシェロを見つめている。

「そ、そんなこのまま齧ったらとても苦いのです! アイリスさんへこれでなにか作って欲しいのですよ。本当はこのまま齧りつけと言われてもいけないことは無いのですが、せっかくなら美味しく食べたいのです」

 ユイトの食べるという発想は合っていたが、まさか料理してもらい食すというのは想定外であった。こんな虹色に輝いているものを食べるのは少し気が引けるが、シェロはそうでも無いらしい。

「ええ、良いわよ! ちょうどみんなお腹すいてる頃でしょうし、夜ご飯作るついでにシェロちゃんのも作ってあげるわね!」

 アイリスは快く了解し、キッチンへ薬草を持っていき料理を開始した。薬草で作り上げた料理というものは少し興味がある。

「なあシェロ、ちょいとその空気吸ってくる。夕飯出来たら呼んでくれないか?」

「はい! 了解したのです」

 シェロは『ぐっちょぶ』のポーズをして了解してくれた。

 外へ出ると、向かい合っている家や、その隣の家、各々の家の煙突から煙がのぼっていた。人が生活している。

「さみーな。この世界にも四季とかあんのかな」

 ユイトが故郷にいた時は夏であったが、こちらの世界では冬であるためか少し冷えた。そして、空を眺めていると、

「やあ少年! こんなとこで黄昏て何をしてるのだい?」

 ユリシャが王都から戻ってきた。そういえば彼女の肩へ乗っかっていた『ムウムウ』はどこへ行ったのだろうか。

「いや、ちーと外の空気をな。ところで『ムウムウ』はどこ行ったんだ? 見当たらないが」

 ユイトは疑問に思ったことを問う。

「ああ、『ムウムウ』なら私の中で眠っているよ。巨大樹で檮杌と相対した時に『ムウムウ』と交代で出した魔獣がいたからね」

 あのロングソードの形をしたものであろう。まさかあれは魔獣であるというのだ。それには内心、少し驚いた。

「おおそうなのか。てか、他にも魔獣出せるのか? あの魔獣、くっそかっこよかったぜ」

「勿論だとも! 私の力を舐めてもらっては困るよ。我が完全に力を解放した暁にはこの世界は滅びるであろう! フッフッフッフッフ……」

 竜車を走らせていたためか、彼女は頭がおかしくなってしまったらしい。とても可哀想である。だが、どこか少し心強くもある。

「ユイト君! 夜ご飯出来たのですよ! ユリシャさんもおかえりなさいなのです」

 ユリシャと話し込んでいると、玄関のドアを開けシェロが2人を呼んだ。

『はーい!』

 元気よく返事をし、中へ入った。

 シャシャート街1-4-2からは今夜も楽しそうな声が外へ漏れるのであった。

 

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