第7話 神は乗り越えられない試練は与えない

 ユイトら一行は巨大樹中へ足を踏み入れた。天気は曇りである為、薄暗く時刻は不明であるがおおよそ午前中であることは確かである。巨大樹の中は上へ果てしなく続いているように錯覚させるほどの螺旋階段があった。

「うわー。すげぇなこれ。どこまで続いてんだ?」

 ユイトが上を見上げながらそう言った。本当に巨大樹の中は空洞であり、その中にただただ螺旋階段が続いているだけであった。

「この最上階に薬草が生えている。道中何があるか分からない。細心の注意を払うよう」

 ユリシャが各々の顔を見つめながらそう言った。正直なところユイトはかなり不安である。アイリスやシェロがどうなのかは計り知れないが、恐らく彼女らも初めて来た地なのだから多少なりとも不安はあるはずである。

「この日のためにレベル上げしてきて良かったぜ。お前ら何かあったら俺を頼れよ!」

 そうユイトはフラグを立てた。ユイトは以前のアルミラージ討伐で一気にレベルを10まで上げて新たな技を取得している。アイリスも同様であろう。それに装備や武器も調達した。以前の様に聞きには陥らないであろうことをユイトは願う。

「少し怖い感じもしますけど、せっかく皆様に来てもらったのです。頑張るのであります」

 シェロも意気込みはバッチリのようである。相変わらず『ぐっちょぶ』といったポーズをしている。小動物のようで可愛い。

「皆、大丈夫のようだね。それでは行くとしよう」

 ユリシャの合図とともに4人は階段へ足を踏み込んだ。空気感は少し古臭く感じられ、灯りは無いため、アイリスの火属性魔法で周りを灯してもらいながら進んでいく。

「にしてもこんな所に薬草が生えてるなんて凄いわね。いっぱい撮っていきましょうね」

 アイリスが階段をのぼりながらそう言った。確かに彼女の言う通りである。よくあるRPG系のゲームでは、薬草などといった希少なものは敵ドロップなどが一般的なのだが、

「本当なのです。それほど僕の回復魔法は偉大なのです」

 そう今は旅人状態のシェロが自信満々気な声音で言った。彼女の回復魔法やバフ系魔法は四皇のレックスと相対した時や、他のモンスターとの戦いにも大変使えそうである。

「この螺旋階段、下手したら下まで落ちちまいそうだな」

 ユイトが少し立ち止まり、下を見下ろしながらそう言う。この螺旋階段は横幅は人4人分くらいは余裕で並んで通れる程の幅なのだが、何らかの拍子で転んだりしたら一巻の終わりである。ユイトはよく考えると階段のせいでこちらの世界へ飛ばされたということもあり、気づけば冷や汗を書いていた。恐らくだがこのメンバーの中の誰かが高所恐怖症であったら文字通り終わっていたであろう。幸い今のところは皆、平常である。

「ほんと上が見えないわね。どこかで休憩が取れる場所があると良いのだけれど……」

 アイリスが再び上を見上げながらそう言った。彼女の言う通り、果てしなく続いていそうなため度々休憩をとりながらでなければ疲れ果てて本末転倒になってしまうであろう。道中、休憩がとれる場所がなくとも階段へ座ってなどして休息しようと思う。



 あれからしばらく階段を登ったが、相変わらず一向に最上階へは着きそうではない。そして、今はというと休憩がとれそうな場所がなかったため、階段へ直接座っているところだ。

「なあ、これ着実に上へ進めてると思うか?」

 ユイトが座ったまま下を眺めながら3人へ言った。ユイトの勘違いかもしれないが、先程から登っても登っても全く同じような場所を足踏みしているような感覚がする。

「ああ! 本当なのです。さっきからあんまり変わっていないような気がするのです」

 シェロもユイトと同意見のようである。

「どういう事だ? 確かに上へ向かって歩いてるというはずなのに」

 ユリシャも腕を組み不思議そうな顔をしてそう言った。するとアイリスが、以前『テルム・テベルナム』で購入した魔法使いの杖を取り出し壁へ向かってなにか唱えた。すると、赤い炎がなにか文字を刻印した。目印であろうか。

「これで同じ場所を行き来していたら分かるはずだわ。少し歩きましょ」

 目印のようだ。ユリシャは相も変わらず不可解だといった顔をしている。アイリスが立ち上がり歩みを進める。ユイトやユリシャ、シェロもそれへ続く。

 今のところ先程、アイリスが刻印した目印は見当たらない。やはりユイトらの勘違いであったというのだろうか。と、考えていた時であった。

「な、なんで?」

 アイリスが絶望という言葉が最も似合いそうな声音でそう言った。

「どうしたんだ?」

「――ある。印がある」

 なんと先程アイリスが刻印した目印があるというのだ。アイリスを含めた4人一行は体から血の気が引いていった。

「どういう事だ? さっきまでいた場所へ再び帰ってきた。確かに私たちは上へ向かって歩みを進めていたというのに、また同じ所へ飛ばされている」

 ユリシャが眉間に皺を寄せ、そう呟いた。全くもって不可解であり、不気味である。何者かが上へ行かせまいという意思で行っている事だというのであろうか。そうユイトが考えを走らせていた時であった。突如、眼前が暗くなり闇に飲み込まれた。

「――!」

『なんだ!』と、声へ出そうとしたが声にならなかった。何が起こっているというのだろう。手で周りを探ろうとしたが、手が無い。いや、正確には手はある。意識のみが闇へ飲み込まれたと、そっちの方が正確であろう。そして、

 ――聴覚もなくなり。

 ――嗅覚も。

 ――視覚。

 ――味覚。

 ――そして触覚もなくなった。

 意識、いや、ユイトは闇へ飲み込まれた。



「ユイトがいた世界って、日本?」

「……は?」

 まただ。また、始まり、終わる。ユイトはアイリスのその言葉を聞いた途端、嘔吐してしまった。目に涙をうかべ、出すものもないのに吐き、再び吐き、吐瀉としゃした。

 あの後、アイリスは優しく介護してくれ、今はアイリスが走らす竜車でユイトは眠っている。



 ――ユイトの夢。

「おーい。ユイト、早く起きて学校行けよー?」

 父の声だ。聞き慣れた父の声。懐かしくあり、優しくもある父の声だ。

 ここはどこだ? ユイトは脳裏で反芻する。家だ。故郷の家だ。ユイトは今、自分の部屋で目覚めた。小窓から朝日が差し込み、小鳥はさえずる。今までの事は嘘だったのかと思い、ボーっとしていると父が階段を登り部屋へ入ってきた。

「父さん仕事行くからな。キッチンに朝飯作ってあるからちゃんと食えよ。んで、行けんなら学校行け」

 父はそうとだけ言い残し、家を後にした。ユイトはしばらく経ち、1階へ降りていった。キッチンには父の言う通り、朝ご飯の食パンが焼かれていた。ユイトは食パンを食し、学校へ行こうと思い鞄を用意しようとしたが、

「しんどい」

 なぜか気分が滅入り、そういった気にはなれなかった。ユイトは再び自室へ帰り、布団に入って目を閉じた。

 ――そう、意識を現実から乖離させ、闇へ落とした。

 次、目を覚ますと朝日は差し込んでおらず、窓から見える景色は星空であった。寝てしまっていたのだ。父や母はもう帰宅しているだろうか。なんと言い訳しまいか。

『コンコンコン』

「ユイト、入るぞー」

 ノックとともに再び、ユイトの部屋へ入ってきたのは父であった。彼は朝着ていたスーツから寝間着へ着替え、寝る前なのだろうか。父はユイトの座っているベッドへ腰を掛けた。

「お前また学校サボってんな? 仕方ないヤツめー!」

 父は若干放心状態のユイトの頭をゴシゴシ撫で、そう言った。

「真面目な話だ。よく聞け」

 すると途端に父は真剣な声音で言った。

「お前が学校へ行こうが行かまいがそれはお前の自由だ。母さんは勿論ちゃんと行って欲しいと思ってるだろう。だがそれはお前が決めることだ。高校卒業した後も勿論お前が全部決めなければならない。それにあたって、これだけは覚えておいてくれ」

 父はそうユイトへ言い、少しの間の後、

「神様は人が幸せそうな顔してるのが嫌いだ。だがそれだけと言えばそれだけだ。それ以上のなにものでもない。――神は乗り越えられない試練なんて寄越さない。お前なら大丈夫だ。絶対」

 父はそう言い残し、ユイトの背中を軽く叩き部屋を後にした。背中を叩かれた時ユイトの中で何かが吹っ切れた。



「ユイト君、起きるのです。着いたのですよ! 巨大樹に!」

 シェロの高く柔らかい声が聞こえた。また戻ってきたらしい。

「おう。着いたか。やってやる」

「ユイト君何か言いましたか?」

 ユイトが呟いたことに、シェロは言及してきた。巨大樹の方を見るとアイリスとユリシャが手招きをして待っている。

「待たせちったな。行くかシェロ」

 ユイトは竜車を飛び降り、シェロとアイリス達の方へ向かった。

「ここから入れるらしいわよ!」

 アイリスが目をキラキラさせながらそう言った。2度目の巨大樹だ。中へ足を踏み入れると相も変わらず古臭い香りが漂っていた。

「それでは登ろうか。くれぐれも道中記を着けるように頼むぞ」

 ユリシャの警告の後、一行は再び螺旋階段を登り始めた。

 何か、何かあるはずだ。ユイトは階段を登りながらそう考えた。

「ねぇ、なんかずっと同じ所行き来してない?」

 アイリスが歩みを止め、下を覗き込んだ。ここからだ。ここから始まる。アイリスは杖を取り出し壁へ刻印という名の目印を作る。そして、再び歩みを進める。

「早く、早く何か」

 ユイトはそう呟く。すると、一瞬であったが視界が眩んだ気がした。そう、一瞬であったが何らかの前兆がある。ユイトは一瞬の出来事であったがそれに気づき、周りを見回す、下、上、左右、そして再び下を見、上を見上げた時だった。少し上に何か人影のようなものが見えた気がした。いや、確かにユイトは見えた。見つかったことに気づいたのか、その人影は引っ込んだ。

「え、ある」

 アイリスが印を見つけてしまった。

 ――来る。

 そう思ったが、

「あれ? 来ないのか?」

 視界は良好であり、手もある。闇へ飲み込まれなかったようだ。なぜであろうか。先程の人影が事の発端であるということなのか。

「どういう事だ?」

 ユリシャが悩ましい顔をした。ここから先はまだ知らない。また死ぬのか、再び最上階へ向かうのか。

「さっきまでいた場所を行き来している。難解だ。もう一度上へ向かってみよう」

 ユリシャが腕を組みそう言った。皆同意したようで、ユリシャの後へ続いた。


「あれ? そういえば、今度はかなり歩いたけど印は見つからなかったわね。進めたのかしら」

 確かに先程とは違って、かなり歩いたがアイリスの刻印は見つからなかった。つまり先へ勧めたのだろうか。

「そのようだね。一時は少し焦ったがどうにかなったようだ。今日はかなり歩いた。ここらで睡眠をとろう」

 ユリシャがそう提案する。ユイトは同意である。

「ユリシャさんに賛成なのです! 今日はもう疲れたのでここで寝たいのです」

 シェロも同じであるようだ。だが、ここで寝ると言ってもここは下手をすれば最下層へ落下しかねない場所だ。悠長に寝転んでなどいられない。

「寝転ぶのはさすがに不味そうじゃない? 座って寝ようよ」

 ユイトが3人へ提案した。どうやら同意してくれたらしく、彼女らは荷物を起き壁を背にして目を瞑った。ユイトもまた同じようにした。



 翌日、彼女らより早く目覚めたユイトは昨日のことを回想する。あの上にいた人影の正体はなんなのだろうか。ユイトらより先にこの巨大樹へ入った冒険者であろうか。そんなことを考えているとアイリスが目覚めた。

「あらユイト、早いわね。もう体調は大丈夫なの?」

 眠い目をこすりながら彼女はそう問うた。巨大樹へはいる前嘔吐してしまったことを心配してくれているのだろう。

「ああ。気分は上々であります隊長! ですが少し腹が空いてるであります!」

 ユイトが冗談を混じえた口調でそう言った。

「元気そうね、良かったわ! ユリシャ達が起きる前に朝ごはん先に作っておきましょ」

 アイリスはそう言うと、家を出発する時に詰めていた風呂敷の中の食料を取りだした。中には食パンに似たような丸い食べ物、そしてフルーツといった健康重視者が食べていそうなものだった。いや、本当は健康を重視していないない者でも食べるようなものであった。フルーツはとても色鮮やかなものが多く、食欲をそそられ、パンのようなものはやはり小麦であろうか、とても良い香りがした。

「ユリシャとシェロを起こしてちょうだい」

 ユイトが隣に目をやると、彼女たちはまだヨダレを垂らしながら眠っていた。シェロ幸せそうな顔をしていたので、鼻に指を突っ込んで引っ張る。すると『フガフガ』言うので滑稽である。

「殺す気ですか!」

 しまった。引っ張りすぎて怒らせてしまった。

「すまないすまない。朝飯だ。隣のやつも起こしてくれないか?」

 ユイトがそう伝えるとシェロは、まさかのユイトと同じようにユリシャの両鼻へ指を突っ込み引っ張り起こした。彼女はお笑いがよくわかる。

「2人とも朝ご飯よ、はいどうぞ」

 アイリスからユリシャとシェロへ、パンとフルーツが渡された。ユイトも同様に彼女から渡された。

「いただきマンモス」

 ユイトは1口パンを齧った。

「うっま! めっちゃ美味しいじゃんこれ」

 1口齧ると、中に甘い液体が入っており、それとパンの味がマッチし、美味である。アイリスやユリシャ、シェロまでも『美味かー!』といった顔をしていた。


 

 パンとフルーツを食べ終わり片付けをした。

「それじゃあ次へ進みましょうか」

 アイリスが荷物を背負いそう言った。いつまでも巨大樹の中にいる訳には行かない。帰り道のことも考えると、今日中には最上階へ向かいたいところだ。下を覗き込むと、かなりの高さまで来ており、最下層の地面は見えなくなっていた。

 歩き始めると、シェロはよく分からない鼻歌を歌い始めた。

「なんだ? その歌」

 ユイトは問うた。

「はい。これは母が僕に教えてくれた歌なのです! 悲しくなったり寂しかったりしたら歌いなさいと言われてます。が、今は寂しくも悲しくもないのに歌っているのです」

 シェロどういう考えをしているのだろうか。改めて思うが彼女は頭が少し悪いのかもしれない。

 そして、そこから更にしばらく歩いた時であった。ユイト達が歩いている段より少し上に、人の気配がし、転ばないよう俯いていた顔をあげる。するとその人物と目が合った。その人物はボロボロになった袴を着ており、とてもがたいの良い男であった。この巨大樹まで武器を使わず来たのか、剣も弓も銃も何も持っていなかった。

「誰だ」

 ユイトがその立ち塞がった男へ声を掛けた。するとその男は何も言わず、空手で言う構えのポーズをとった。嫌な予感はしていた。

「――! 避け」

『避けろ』そう言おうとしたが、間に合わない。彼は刹那、ユイトが指示をしようとした瞬間地面を勢いよく蹴りこちらへ跳躍してきた。

「ダメだ……間に合わない」

 ユイトはそうこぼしたのであった。

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