第6話 巨大樹内部の螺旋階段
昨夜は色々ありすぎた。シェロが女だという事実がユイト的には最も驚いた。そして昨晩はその疲れを飛ばすために早めにベッドへもぐり目を閉じた。今はというと早く起きすぎたので外を散策しているところだ。昨日予想していた天気は曇りであったが、そんなことはなく快晴である。日はまだ昇りきっておらずほんのり明るい。子供たちの声はまだ早朝だということもあり聞こえてこない。
「こんな俺が朝散歩とか世も末だな」
などどユイトは呟きながら王都まで歩いていく。王都もまだ賑わってはおらず、ユイトと同じように散歩をしているおじさんやおばさんがいる。
「おう坊主、早起きだな」
街の中央付近の噴水がある場所のベンチへ腰を掛け腕を組んでいると、隣へさっきまで異様なラジオ体操をしていたおじさんが座り話し掛けてきた。
「へへへ。自分でも早く起きすぎてて驚きますよ」
ユイトは微笑みながらそう言った。
「そういや坊主。知ってるか? セシリア辺境伯の住む城が昨晩何者かに襲撃されたらしい。幸い負傷者はおらなんだらしいが坊主もきーつけぇや」
セシリア辺境伯。この世界へ飛ばされた当日、ユリシャが話してくれた、ここら一帯を仕切る人物だ。そんな人物へ襲撃など瞠目結舌だ。
「おう! おっちゃんあんがとな!」
ユイトはそうおじさんへ言い、手を振りながら家へ向かって歩き始めた。せっかくあのおじさんが教えてくれたのだ、後でアイリス達へ一応報告しておこう。
家への前へ着いた途端、ユイトは歩みを止めた。なんと家の前でアイリスとユリシャ、そしてシェロまでもが変な動きをしていた。両手を耳につけ万歳のポーズをし、上半身を波のようにくねらせている。
「な、なにをしてんの?」
ユイトが若干引き気味に3人へ向けて問いかける。
「あらユイト、散歩してたの? 私達は今、朝の体操をしているのよ」
朝の体操? そういえばさっき話しかけてくれたおじさんが行っていた動きに似ている。この世界では朝、この体操をしなければならないのだろうか。身震いをし声をかけられないように忍び足で家へ入ろうとしたが、シェロが服の袖を摘んできた。
「おい。シェロ。離せよ。昨日のこと言うぞ」
「ひっ……卑怯なのです。ユイト君も体操するのですよ」
なんていうことだ。ユイトにもこれをしろと言うのだろうか。恐ろしい宗教勧誘のようだ。アイリスとユリシャへ目を向けると、すごく睨んでいた。逃げられそうにないので大人しく彼女らの隣へ並びクネクネする。
「ユイト君。ちょべりぐなのです」
なにが『ちょべりぐなのです』だろうか。シェロはウィンクをしながらグッドポーズをしている。個人的にだがこの世界へ来てこれ以上腹立ったことはない。
異様な体操が終わり家へ入ると、テーブルの上にもう朝食ができていた。
そして朝食を食べ終わり、今はというと再び王都の方へアイリス達と一緒に向かっている。時刻は正午を回った頃であった。午前中はというと特に何事もなく皆と団欒をしていた。そしてなぜまた王都の方へ向かっているのかというと、
「いい武器あるといいわね」
そう。ユイトやアイリス、シェロの武器や装備を整えるためだ。ユリシャはだが魔獣使いのため、武器や装備は必要ないらしい。彼女が自信満々に言っていた。
「ここよ」
アイリスがそう言い『テルム・テベルナム』と書かれた標識が掛かった扉を開けた。『テルム・テベルナム』は2階建ての家兼店舗だろうか、レンガで建てられた家である。扉を開けると埃っぽい香りが漂ってきた。中へ足を踏み入れ周りを見回すと冒険者用の防具や武器、魔法使い用や僧侶用のもあった。
「いらっしゃいませ!」
奥には白い髭を長く生やした大柄な男の人がおり、まさに武器商人といった感じだろうか。
「さあ、選びましょ!」
アイリスがユイトの手を引っ張り冒険者ゾーンへ向かう。装備があるコーナーへ目をやるとそこには、冒険者というより勇者という言葉が似合いそうな程立派な装備があった。
「うお、僕には似合わなさそう」
「確かに……装備じゃないけどこれはどうかしら?」
アイリスがそう言い指を差したものは、ユイトの故郷でいうところのベルトキットといった感じのものであった。ベルトキットには果物ナイフ、包帯といった主にサポート系の物が取り付けられていた。これは使い勝手が良さそうである。
「おお! これが良いこれが良い!」
ユイトが目をきらびかせながらアイリスの手を両手で覆うようにして握った。
「わ、わかったわ……それじゃあ次は剣ね。んーそうね。この刀はどうかしら?」
刀。刀にはあまり良い思い出はないがやはり刀というものは非常に男心をくすぐる形をしている。
「すげぇかっけぇ。良いのか?」
「ええ、もちろん! 後は私とシェロのだけど……」
そう言いアイリスはシェロとユリシャがいる僧侶ゾーンへ目をやる。彼女らは楽しそうに装備や武器を選んでいた。
「お! アイリス、この杖はどうだ?」
ユイトはいつの間にか魔法使いが使う短い杖があるコーナーへ移動していた。ユイトが指を指しているのは木製の飾り気もあまりない杖であった。
「んー。 もう少し可愛いのが良いっちゃ良いけど、使い勝手で選ぶならそれも悪くはなさそうね……よし! それに決めたわ!」
アイリスが神妙な顔つきをして悩んでいる仕草をしていたが、一瞬にして明るい顔になりユイトが選んだ杖へ決めた。そして後は装備だが、魔法使いがガッチガチの装備をつけているところなどあまり見た事がない。
「アイリス、魔法使いの装備ってどんななんだ?」
「魔法使いのは装備というよりローブね。ローブには魔力やMPを底上げする力があるの」
そう言いながらアイリスはマネキンにかけられている白色のローブを羽織ってみせた。
「どうかしら……似合う?」
顔を赤らめながらアイリスが聞いてきた。
「おう! 似合ってるぞ!」
ユイトがそう言うとアイリスはスキップしながらシェロとユリシャのいる方へ向かった。ユイトも後から向かう。
「どう? 決まった?」
「はい! 僕はこれが良いのです!」
シェロがにこにこしながら豪華な装飾がついた錫杖をアイリスへ見せた。
「決まりね!」
あの後アイリスへ買ってもらい、飲食店で昼ごはんを食べた。そして今は4人で密会をしている。内容はというと、
「シェロ君の薬草についてだけど、ユリシャは巨大樹の場所を知っているのよね?」
アイリスがユリシャへ問うた。そう、シェロが必要とする薬草についての話である。
「ああ、勿論だ。以前、とある場所へ果たさなくてはならぬ用事があってな、その場所の近くだと記憶している」
やはりユイトは改めて思うが、ユリシャは全知全能の神様だと思う。つまり彼女に案内してもらえば直ぐに薬草が見つかるわけだ。
「どうするのだ? 私は直ぐにでも行けるが」
ユリシャが腕を組み自信満々だといった顔をしている。
「私も直ぐにでも行けるわよ?」
そう言いアイリスは、ユイトとシェロへ目をやる。ユイトはもちろんいつでも行けるに決まっている。ユイトは『行けるで』という意味を込めて頷いた。
「僕も皆様に合わせるのです! いつでもちょべりぐなのです」
シェロは『ちょべりぐ』という言葉にハマっているのだろうか。少し可愛く思う。
「それじゃあ決まりだな。今夜出発すれば翌日の昼頃には着くであろう」
皆の総意で夜にこの家を出発し、巨大樹がある場所へ向かう。それまでユイトは自室で眠ることにした。
目を覚まし窓から外を見ると、ちょうど日が沈みかけており、夕日が綺麗に差していた。階段を降り、リビングへ向かうとアイリスとシェロが果物であろうか、鮮やかな色をした食べ物を風呂敷へ入れているところだった。
「ユイト君起きたのですね。おはようなのです!」
シェロが明るく微笑みながらそう言ってきた。アイリスもユイトへ気づき「おはよう」と言った。そしてアイリスは食料を包み終わり玄関へ向かった。
「ユイト君! 僕らも行くのです」
シェロへ手を引かれ、ユイトも玄関へ向かった。するとアイリスはユリシャと話しており、竜車がどうこう言っている。
「それじゃあ行きましょうか!」
どうやらユリシャが竜車を呼んできてくれたらしく、それへ乗り巨大樹まで向かうらしい。そしてアイリスが今日買った刀とベルトキットをユイトへ渡してくれた。外へ出ると、黒い鱗が美しく輝く竜がいた。その後ろには、故郷で言うところのキャンピングカーの屋根がないバージョンが竜に取り付けられていた。どうやら、1人は竜車を運転し残りの3人は後ろでくつろげるシステムらしい。これは争いになりそうだとユイトは思ったが存外そういった予想は当たらず、アイリスが率先して竜車を運転してくれるらしい。後でお疲れ様の一言ぐらい掛けてあげようと思った。
「それじゃあみんな乗ったわね?」
「はい!」
アイリスの問いかけにシェロが元気よく答えた。
「それじゃあ、出発します!」
アイリスはそう言い、竜をムチで叩いた。巨大樹までの道のりはユリシャへ聞いたらしく心配いらなさそうだ。ユリシャによると道中、敵が所々縄張りを張っているらしいが心配ないらしい。
「いやーにしても昼まで掛かるって相当遠いんだなそこ。大量に薬草採っていこうぜ」
ユイトがシェロの肩へ腕を組みそう言った。
「たまに休憩挟みながらじゃないとアイリスさんもトラちゃんもくたばっちゃうのです」
シェロがそう言った。確かに彼女の言う通りアイリスには休憩をとってもらわなければ干からびてしまう。だが、トラちゃんというのは誰のことだろう。
「おいシェロ。トラちゃんって誰のことだ?」
ユイトが単純に疑問に思ったことをシェロへ問いただす。
「あれ、言ってませんでしたっけ。この竜のことは僕がトラちゃんと名付けたのですよ」
シェロが自信満々に腰に手を当てそう言った。この竜もつくづく可哀想だなと思う。
「少し思うのだが、お主たち仲がとても良いのー。フォッフォッフォッフォッ。」
ユリシャが何とも形容し難い笑い方をしそう言った。ユイトとシェロは一瞬焦ったが、
「ま、まぁな! やっぱり男同士だと話も合うし」
と、ユイトが上手く切り返した為シェロが女だという事実はバレずにすんだ。そもそもなぜシェロは女だということを隠しているのだろうか。また聞く機会があれば聞いておこう。
しばらくアイリスがトラちゃんを走らせ今は、王都からかなり離れた何もない草が生えまくっている更地である。時刻はもう日が沈んでいるということもあり、家を出発してからおおよそ1時間強程たった頃であろう。後ろに座っていたユリシャとシェロは横になって眠ってしまっており、今起きているのは相も変わらずトラちゃんを走らせているアイリスと、優雅に星空を眺めているユイトのみだ。
「なーアイリスー。そろそろ休憩しなくても良いのか? トラちゃんも疲れてそうだし」
ユイトがアイリスへ提案をした。
「ええそうね……確かにそろそろ休ませた方が良さそうね。あそこにある木の下で休憩するわ」
アイリスはそう言い、すぐ向こうにある木の元までトラちゃんを走らせた。木の下まで着くと、トラちゃんと木を紐で結び、アイリスは地面へジャンプした。
「ユイト、少し話さない? カプラスでも飲みながら」
アイリスが優しく微笑みながらそう言った。
「ああ、そうだな」
ユイトもニコッと笑いながら同意した。トラちゃんを座らせている反対側へ行き、木の下で腰を下ろす。アイリスは魔法でお湯を沸かしカプラスを作ってくれた。
「ねえ、ユイトはもしかして別の世界から来た人?」
いきなりぶっ込んだ話をしてきた。
「ああ。2日前くらいにこの世界に飛ばされた」
「ユイトがいた世界ってもしかして、日本?」
それを聞いた瞬間ユイトは目が飛び出るんじゃないかという程目を見開いて驚いた。なぜアイリスが日本の事を知っているのだろうか。
「そうだけど、なんで知っ……」
――なんで知っているのか。そう問おうとしたが、
「いつか教えてあげるよ! 今日は一段と冷えるね。そのおかげかは知らないけど空も澄んでよく星が見えるね」
アイリスがカプラスを飲み干しそう言った。
「そうだね。とても綺麗だ」
ユイトもそう言い、カプラスを飲み干し立ち上がった。そろそろトラちゃんを走らせなければ予定していた時刻へ間に合わなくなる。
「そろそろ出発しましょうか」
アイリスも同意見だったらしい。カプラスの入っていた木製の入れ物を風呂敷の中へ包み直し、再びトラちゃんを走らせる。
気づけばユイトは眠ってしまっていた。翌日目を覚ますと天気は曇っており、ユリシャとシェロはもう既に起きていた。アイリスは相変わらずトラちゃんを走らせていた。
「ユイト、起きたのです」
シェロが微笑みながらそう言った。
「おう、おはよ。んでここどこ?」
寝てしまったせいでどれくらい進んだか分からない為ユリシャへ聞く。
「もうすぐ巨大樹へ着くぞ。向こうに見えるのがその巨大樹だ。でかいだろう!」
そして進行方向の先に目をやると、てっぺんの葉の部分が空へ届きそうな程大きい木が見えた。あれが巨大樹というのだろうか。ユイトが想像していた倍大きい。巨大樹基
「着いたわよー! ここが巨大樹ね!」
ユイトがそんなことを考えているとアイリスが着いたことを知らせる。
「すごく大きくて立派なのです! で、どこに薬草があるのでしょうか……」
シェロの言う通りだ。周りを見渡しても薬草らしき草は見当たらない。
「当たり前だ。下に薬草はないぞ。着いてくるのだ」
下
「確かこの辺に……あったあった」
ユリシャが立ち止まり巨大樹を撫でている。すると、撫でていた部分が大きい扉のようになり、開かれた。
「おお! ユリシャさん凄いのです!」
シェロが子供のように飛び跳ねてそう言った。
「まあな」
ユリシャは満更でもない様子である。そして、開かれた扉をくぐり中へ入ると……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます