第2話 異世界転移しました

 そしてようやく顔を上げるとそこには、さっきまでユイトがいた日本の小さな家の中ではなく中世ヨーロッパであろうか、とても賑わっている繁華街だった。眩しく太陽が照りつけており、近くにはレンガで作られた西洋風の建築物が沢山並んでおり、人々は竜車に乗っている。遠くにはここら一帯の領主の住んでいる所だろうか。立派なお城まであった。

「は……? どういうこと?」

 一瞬の出来事で何が起こったのかわからなかったユイトは、思わずそう言葉を漏らしていた。よく見るとユイトの服も寝間着からこの世界のものであろうか、見慣れない服へ変わっていた。夢かと思ったがどうやら違うらしい。一体全体どういう事だろうか。さっきまでのことを回想するが、どこにもおかしな点は無く、いつも通りの日常であったはずだ。

 このまま何もしない訳には行かなかったので少しこの街を歩くことにする。

 しばらく歩いていると、集会所というのだろうか。故郷でいうところの役所のような場所に行き着いた。中に入ると奥で何やら作業をしているお姉さんがいた。そして入口から見て左右に机が並べられておりそこでは、まだ日が照っているというのにおっさん達が酒を酌み交わしていた。そして奥へ歩いて行きお姉さんへ声を掛ける。

「あの、すみません」

「はい、職業の選択ですか? それともクエストを受けに来られましたか?」

 職業やらクエストやら何の話かわからなかったのでお姉さんに説明を求める。この世界へ来て数分だというのに大雑把な世界である。

「職業? クエスト? ど、どういう事ですか?」

「あれ、お兄さん初めてここに来ましたか?」

 初めて来たとはどういうことだろうか。他にもユイトと同じような人がここへ来るのだろうか。一応肯定しておく。

「はい。朝起きたら突然この世界へ来てて、服も故郷のとは違ってるし。どういう事なんですかこれ?」

 ユイトは一通り疑問に思っていることも話した。すると、

「あなたの仰っている故郷はどういった場所はどこか存知ませんが、ここは『ガーレット王国東』になります。たまにお兄さんのような変わった方もいらっしゃるので説明すると、ここはギルドといって職業、『冒険者』『魔法使い』『魔獣使い』『僧侶』『盗賊』の5種類から選び各1人ずついるパーティーを作ってもらいます。そしてその5人で生活をし冒険をしたりと生計を立て平凡に暮らすのもありですし、一攫千金を狙い豪邸ですごしのもよしです」

 なるほど。ようやく理解できた。恐らくこの世界は故郷のアトラクションや夢ではなく、階段から落ちたことでというのは少し無理があるかもしれないが、恐らくそれが引き金となり異世界へ飛ばされた。概ねそういったところである。世界観もお決まりの中世ヨーロッパであり、先程歩いている時も、故郷よりもレベルの高い可愛い子がいっぱい居た。そうここはアニメのようにハーレムハーレムして、幸せな生活が送れるであろう異世界なのだ。

「あの、聞いてます?」

「はい! 職業を選べばいいんですよね」

 職業選びは重要だ。冒険者であれば後々ランクアップをして勇者にでもなれるのであろう。魔法使いも捨てがたい。カッコの良い魔法を使い女の子にもモテたい。だがここは無難に冒険者にしよう。凄まじい剣術を使い、勇者と褒め称えられたい。欲望のままに選ぶ。

「冒険者にします」

「わかりました。それでは手続きをしてまいりますので、お掛けしてお待ちください」

 そう言い残しお姉さんは奥へ帰っていった。


 

「あのお姉さんも可愛いかったなー」

 そんな独り言を呟きながら、傍の椅子へ腰をかけ待っているとお姉さんが奥から帰ってきた。ユイトは立ち上がり再び受付へ向かった。

「高柳ユイトさんですね? こちらに書かれている住所にあなたの冒険仲間がいらっしゃいます。向かってみてください」

「わかりました」

 そう言われギルドの外へ出てきたものの、

「シャシャート街1-4-2」

 とのみ書かれている紙切れだけ渡された。一体どうすればいいのだろうか。この世界のことは全く知らないので非常に困った。

「とりあえず歩いている人に聞いてみるか」

 比較的話しかけやすそうな人がいいが、どの人も忙しなくしているので近くの果物屋さんのおっさんに聞くことにする。

「あの、すみません。このシャシャート街ってどこかわかりますか?」

 おっさんは少し迷惑そうな顔をしたが答えてくれた。

「ここの通りを真っ直ぐ行って、あっこの角を右に曲がったとこだよ。にしても、何も買わずに聞いてくるとはね」

「すみません。ありがとうございました」

 お金を持ってきていないのだから仕方がない。話しかけに行く時、一瞬怪訝すぎる顔をされたため、焦ったが存外丁寧に教えてくれたので安堵した。そしておっさんに教えてもらった方へ歩みを進める。

「そういえば、さっきのギルドでクエストもあるらしいし報酬で金くらいはもらえるだろ」


 

 そして、しばらく歩きようやくシャシャート街という場所に着いた。シャシャート街は先程の繁華街とは打って変わって静かな場所であり、木目調がお洒落な木造の家が連なっている。近くには公園もあるのか子供たちの楽しそうな声も聞こえる。ユイトは、とても治安の良さそうな場所で安心した。

「えっと、1-4-2。1-4-2どこだ。おっあった」

ギルドのお姉さんへ教えてもらった家の外見は、まるで別荘のようでとても趣のある外見をしていた。ここで、これから過ごしていくのだろうか。割かし心機一転楽しめそうではある。木で作られたドアの横には呼び鈴があったので鳴らす。すると、

「はーい!」

 と、奥から可愛らしい声が聞こえてきドアが開かれた。そこに立っていたのは、金髪ショートヘアでパッチリとした目、小柄な体には見合っていない胸。俗に言うロリっ子的存在というのだろうか、気がしっかりしてそうな子がでてきた。

「ギルドのお姉さんにここへ行くようにと言われて来たんだけど、合ってるかな?」

「あ! お兄さんもしかして冒険者? 私たちの仲間だね!」

 どうやらここで合っていたらしい。

「さ、立ち話もなんだから中へどうぞ! 他の子も1人いるから仲良くね」

 と言われ通されたのは、お世辞でも綺麗だとは言えない様なキッチンとリビングが繋がった部屋であった。キッチンには食器が散らかっており、リビングには所々床が抜けている場所もあるが、それもどこか趣があり悪くはなさそうである。生活にも支障はきたさなそうである。そしてリビングには1人、綺麗な長い髪を伸ばし、変な形をした帽子を被って子猫を膝に乗せている女の子が木製の椅子に座っていた。

「適当に掛けて掛けて!」

「ああ、うん」

 ユイトが座ると、お迎えしてくれた彼女はなんの飲み物であろうか、黒く濁った飲み物を運んできてくれた。

「さあ、まずは自己紹介からね。私は魔法使いのアイリスよ。まだ駆け出しで強い魔法は使えないけどよろしくね!」

「俺はユイト。冒険者だ。あまりこの世界について詳しくない。邪魔者になるかもだけどよろしく」

 と、まずは2人自己紹介をした。残り1人、明らかに異様な気配をまとっている彼女が中々口を開かない。初対面の彼女には申し訳ないが、少し危ない人だというのは感じ取れる。

「あ、あの。そちらの子は?」

「ユリシャ! 自己紹介して!」

「ああ、ごめんなさい! 少し魔界を貪っているケルベロスと話してたの。ふっふっふっふっふ。我はユリシャ! 魔界をつかさどる者! 聞いて驚くが良い、私は世界最強の魔獣使いだ! よろしくたっ……」

「あの子頭おかしいの……?」

「この家に来てからずっとあんな感じなの」

「し、失礼な! 私は至って真剣である!」

 なんて耳のいいことだろう。あえて、聞こえないように小声で話したというのに丸聞こえであった。

「えっと、魔法使いのアイリスに魔獣使いのユリシャ。そんでもって冒険者の俺か。あと2人の僧侶と盗賊の人は?」

 流石に女2、男1のまま冒険をするのは女の子にあまり慣れていないユイトにはキツすぎる。慣れてくればそうでもないのだろうが。

「あとの2人はまだ来てないの。今の所ここにいる3人が今のところ仲間なの」

 なるほど、後々加入してくるというであろう。そんなことを考えながらユイトはアイリスが持ってきてくれた黒い飲み物を一口飲む。

「――ぐっ」

 想像していたよりも苦かった。なんの液体なのだろうか。珈琲とは程遠く、あまり感じたことのない味であった。

「さぁ、今日はもう暗くなってきたし、ヘルハウンドのお肉でも焼いて食べましょ」

 この世界はユイトの故郷にいる生き物とは全く違う生き物の肉を食べるらしい。『ヘルハウンド』の肉とは一体どのような味がするのだろう。アイリスはキッチンへ向かい、床下に閉まっていたヘルハウンドという生き物のお肉を調理し始めた。この時点で少し良い香りがする。期待大である。

「やあ。確かユイト君だよね」

 最悪だ。1番話しかけられたくない人に話しかけられてしまった。だが、これからの関係を円滑に進めるために返事をする。

「はい。そうですよ」

「この近くにあるまだ未開拓の洞窟知ってる? 今みんなが過ごしてるここ、セシリア辺境伯様の領地。そして、この街の外れに洞窟があるらしいの。その洞窟の地下に、売ったら何億ユースもするお宝があるらしいわよ。しかもねしかもね! その道中には色んな魔獣もいるらしいの! はあはぁはぁはぁとても行きたい」

 と、ユリシャは鼻息を荒らげながら語った。ユースとはこの世界での通貨だろうか。今日この世界に飛ばされたユイトには全く聞き馴染みがない。そして、洞窟と彼女は言った。やはり、冒険が待ち構えているのだろうか。故郷でも、異世界で冒険仲間と冒険をしたり、ドラゴンを討伐したりとする展開があれば楽しいだろうなと思っていたため、少し楽しみである。

「そこってやっぱり危ないんじゃ?」

「大丈夫大丈夫! 魔獣使い最強の私がいるのだ。どうってことないよ! また5人揃ったら行こうか」

 などとユリシャと話し込んでいる間に、夕飯ができたらしく美味しそうな肉が焼けた香りが鼻腔をくすぐってきた。

「おまちどう! ヘルハウンドの唐揚げよ」

 そう言ってアイリスが木製の器に乗せたお肉を持ってきた。なんてことだろう。この世界では真っ黒に焦げたものを食べるのだろうか。

「え、これ焦げてない?」

「なに言ってるの? 揚げ物が黒いだなんて普通でしょ? ねぇユリシャ」

「もちろんだ。常識と言っても過言ではない」

 この世界にまともな人はいないのだろうか。3人でテーブルを囲いアイリスが焼いてくれたお肉をいただく。木を細く削って作った、お箸のようなものがありそれでいただく。流石にこれを手で食すのには少し抵抗がある。

「うん! これは美味い! 肉の美味さが最大限引き出されていて私の闇に眠りし本能をくすぐる!」

 ユリシャが口に肉を詰めたままモゴモゴ話し、厨二病感丸出しの発言をしている。因みにだが、ユイトはもう厨二病は完治している。

「んー。隠し味にレモヌの汁を使っただけあるわね。凄く美味しい」

 どうやらアイリスは隠し味にレモヌという、いかにもレモンを匂わせるものを隠し味に使ったらしい。2人とも満面の笑みを浮かべ、『ヘルハウンドの唐揚げ』を食している。

「確かに。これは行ける!」

 ユイトも、1口いただいた。すると、口中へ肉汁が広がり、とろけるような美味しさであった。もしかするとユイトも満面の笑みを浮かべていたのかもしれない。窓から外を見ると、もう日が沈んでいた。体感とても早い。


 あの後は、無事に食べ終わり食器をキッチンの流しに片付けた。そしてどうやらこの家には2階に各々の部屋が設備されているらしく、階段を登り自分の部屋に入りベッドの上に勢いよく飛び込んだ。今日1日色々ありすぎてとても疲れた。

「なんとなくこっちの世界で食べて寝ては出来そうだけど向こうの母さんや父さんは大丈夫かなー。そもそもなんで異世界なんて飛ばされたんだ? よくある異世界モノだと、可愛い長髪ぱっちりお目目の子が『あなたを召喚したのは私です』みたいな感じで話が進んでくはずなのにこの世界は全然そんなことないな。今のところ変なやつしかいねぇよ」

 ユイトはそう呟き再び窓から空を見上げる。空には赤い月が昇っており、王都の方ではまだ賑わっている。ユリシャがセシリア辺境伯と呼んでいた人が住んでいるお城付近は1層賑わっているように感じられた。

「いろいろ考えてても仕方ねぇーや。今日は大人しく寝て、明日またアイリス達に色々教えてもらうか」

 ベッドから降り、電気を消し、またベッドへ入って目を瞑る。

 何分たったであろう、枕へ慣れていないためか中々眠れない。すると、ふと誰かがユイトの部屋の扉をノックした気がする。気のせいかと思い再び瞼を閉じる。が、どうやら気のせいではなく。

 『コンコン』

 今度は明らか聞こえた。少し怖いがベッドの上に座り直し小声で返事をする。

「はい。誰でしょう?」

「私です。アイリスです」

 ノックの正体はアイリスであった。

「おお、アイリスか。どうしたんだ?」

 少しの沈黙の後アイリスは、

「ト、トイレ」

「は……?」

 トイレとはどういうことだろうか。彼女もユイトと同じ16歳程の年齢には達してあろうのに。まさか1人ではトイレへ行けないとでも言うのだろうか。

「ト、トイレについて来て欲しいのです!」

 予想が的中してしまった。

「あ、ああ。わかった。わかったからあんまり大声を出すな」

 仕方なく扉を開け顔を出す。そこには頬を赤らめた美少女がモジモジして立っていた。

「アイリスってば俺と同じくらいの歳に見えるけど、トイレもひとりで行けないのか?」

 トイレへ向かう道中、歩きながらアイリスへ話しかける。

「違うの。最近ここらで夜な夜な町中や家の中を徘徊して回る霊や骸骨がいるって聞いてから怖くて一人じゃ行けなくなったの」

 さっきよりも1層頬を赤らめアイリスが言った。夕飯前、少し話したがしっかり者そうとユイトは勝手なイメージを抱いていた。そして、ユイトはなんという最悪なタイミングにこちらへ飛ばされてしまったのだろう。本当にタイミングが悪すぎると思いながら、アイリスをトイレまで送る。

「ここで待っててね。絶対だよ」

 トイレに体だけ入れ、顔をドアの隙間からだしアイリスはそう言った。ユイトは彼女の印象を、しっかり者から怖がりにしておいた。

「ああ。わかってるよ」

「絶対だよ!」

 何度も念を押してくるアイリスを無理やりトイレへ押し込み周りを見渡してみる。確かにこの家はThe幽霊屋敷といった感じではある。そう考えると所々に飾ってある絵画ですら不気味に見えて仕方がない。

「アイリスー、終わっ……」

「――え?」

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