第3話 洞窟の支配者

 「アイリス、終わっ……」

「――え?」

 思わず息を飲んだ。瞬きと同時に振り返ると、なんとそこにはさっきまでアイリスと会話をしていた場所はなく、あちらこちらに蜘蛛の巣が掛かり、夜であるためかとても暗い洞窟であった。

「な、なんだここは?」

 洞窟の中は湿った土の香りが充満している。所々コウモリがぶら下がっておりとても不気味だ。洞窟の奥の方へ目を凝らして見てみると徐々に高さや横幅が狭くなっていっており、今ユイトが立っている場所でも人2人分が横に並べるほどの幅で、高さもギリギリ真っ直ぐ立てる高さしかない。

「こうしていても仕方ねぇ。少し奥歩いてみるしかないな。ったくなんでこんな目に遭うんだよ!」

 この世界に来てからろくに良い事がない。来る前にも階段から落っこち、顔面を強打したり、これから過ごして行くであろう家には厨二病を患っている可能性が濃厚すぎる患者もいたり、そして極めつけにはこの有様だ。

「分かれ道、か」

 さっきまでいた場所からではあまり見えなかったがどうやら二手に道が分かれていたらしい。

「さあ、困ったな。どっちに行くべきか」

 人間というものは迷っ時大抵は左を選びやすくなる。ユイトもまたその心理の通り左を選んび、歩みを進める。

「にしても気が滅入る洞窟だな」 

『ドスッ』

「うおっ!」

 呟いていると、いきなり背中へ激痛が走った。

「痛ってぇ!」

 どうやらユイトが立っている真下がさらに空洞だったらしく足元が脆かったのか、崩れ落ちてしまった。そしてユイトは下へ続く新たな洞窟へ落っこちた。

「ったくほんとについてなぇな」

 膝や背中に付いた土を払い、顔を上げる。

「お、なんだあれ!」

 顔を上げ正面を見ると、数メートル先に開けた場所がありそこには、豪華な玉座があった。ユイトは、なぜこんな所に玉座があるのだろうかと、とても驚いた。ユイトは開けた空間まで歩き周りを見渡す。

「特に人骨が転がってる訳でもないし、なにかしらのトラップでもあるかと思ったけどそうでも無いみたいだな。ひとまず安心だ」

 念の為トラップや人影があるか注意を払ったがどうやらその可能性はパッと見では無さそうである。そし凄まじい存在感を誇る、玉座を確かめる。

「なんか文字が書いてあるな。くそ。読めねぇや。どこの国の文字だろ?」

 しばらく玉座に座ったり周りを回ったりしていたが何も発見はなかった。と思い、次の探索を進めようとした時だ。昔の字だろうか、とてもではないが読めないような文字が玉座の肘掛の部分に書かれている。故郷の文字とは全く違っており、読めない。

「何をしている」

 玉座に書かれていた文字を頑張って解読しようとしていると急に背後から声がした。冷たくどこかを突き刺されるような声音だ。

「誰だ!」

 ユイトは声を荒らげ振り返る。声を掛けられるまで全く気づかなかった。気配も、ましてや足音など一切しない。普通であればなにかしらの音はするはずであるが。

「誰だとは失礼だな。我はこの帝国を支配していた者、レックス・ソルツディニッシュだ」

 そう名乗ったのは髪を首元まで伸ばし、腰に日本刀を差した紫紺の瞳をした男であった。

「帝国? 王? 何を言っているんだ?」

「1000年前、地中へ沈んだ帝国。シダスカスタルム帝国。我は王である。ここへ何をしに来た」

「なにをって、気づいたらここに…」

 ユイト自身なぜここへ飛ばされたのか分からないのだ。アイリスのトイレへ連れていかれ、振り返るとこの洞窟へ来ていた。本当に不可解だ。

「不法侵入とみなす」

「なっ! 本当に自分でもわからないんだ! なんでここに飛ばされたのかも、いるのかも!」

 そんなユイトの話も聞く耳を持っていないのか、レックスと名乗った男は腰へ差してあった日本刀へ手を掛け、抜いた。

「ベルシスモ」

「っ! 待ってく…」

 待ってくれ。そう言い切る前に、彼は目にも止まらぬ早さでユイトの眼前にまで距離を詰めた。ユイトとレックスの間の距離は普通の人が最速で詰めようとしてもおおよそ、10秒程掛かるような距離だ。それを彼は一瞬で、しかも認識できない速さで詰めてきた。



「ほらユリシャ! 自己紹介して!」

「は? なんで……」

「あれ、どうしたのユイト? 顔色が悪いわよ」

 体から血の気が引いていく。どういうことだろうか、さっきまで薄暗い洞窟でレックスと名乗った男と会っていたというのに、また見覚えのある光景である。3人で木製のテーブルを挟み自己紹介をし合っている。テーブルの上にはアイリスが持ってきてくれたであろう黒色の液体もあった。

「もしかして、こ、殺されたのか? 確か不法侵入だなんやら言われ、そいつに刀を抜かれて……」

 そう、どうやらユイトは死んだらしい。レックスへ不法侵入と見なされ、刀の柄へ手を掛けられ、首を切られた。

「君はなにをボソボソ言っているのだ! 我はユリシャ! 魔界をつかさどる者! 聞いて驚くが良い、私は世界最強の魔獣使いだ! よろしく頼むぞ」

 2度目の自己紹介だ。ユイトも2度目の自己紹介をしておく。変な感覚に陥る。今までに体験したことのない。

「俺の名前はユイトだ。こちらの世界についてあまり詳しくはない。よろしく」

「ああ! 是非仲良く頼むぞ」

 ユリシャがニコニコと笑いながらそう言い、黒い液体を1口飲んだ。

「それにしてもどうして……」

「まったく、さっきからどうしたのだ。君はボソボソと。我に聞くが良い! 全知全能にして最強の魔獣使いだからな!」

 ユリシャが無い胸を、強く握ったこぶしでぽんと叩く。

「茶化さないで聞いてくれるか?」

「ああ、勿論だとも」

 ユリシャが目を細め、一気に空気が重くなったような感覚がした。そしてユイトは重い口を開く。

「僕は前にも1度お前らと自己紹介をして夕飯も食べたんだこの家で。そして寝る前、用を足そうとして1階に降りた。そしていつの間にか薄暗い洞窟に飛ばされ、レックスという男と会っていた」

 そう聞いた途端キッチンにいたアイリスとテーブルを挟んで向かい合って話していたユリシャが顔色を変えた。アイリスはキッチンからこちらに向かってきてテーブルに手をついて目を大きくしている。

「それで急に不法侵入なんて言いだして、刀を抜かれて……首元を切られた」

「――っ!」

 一通り話し終わった途端アイリスが小さな、声にならない悲鳴をあげた。相当驚いたのだろう。無理もない、今の話では死人が目の前にいるのとさして変わらぬ状況なのだ。

「ユイト、それは確かか?」

 ユリシャが本当の事かと確かめてくる。

「嘘なんてつかねぇ」

「そうか。レックスはだが、随分昔にここらの国を仕切っていたとされる者だ。だがその地はもう地中に沈んでしまっていて今はもう無く、新たな国、そうガーレット王国が出来ている。それに彼はもう生きているはずはない」

 だがそれが事実だとすればさっきまでユイトと話し、刀を抜き飛び掛かって来たやつは何者だというのだろう。あれは確かに生きている人間と何も変わらなかった。あの剣術と凄まじい速さ以外は。

「だって! ならさっきまで僕と喋ってたやつは誰なんだよ!」

 口調を荒らげ、そうユリシャへ問いかける。

「そう荒らげるな。それが事実だとすれば彼は当然の事ながら、くたばってなどいないということだ。そして君はそいつに殺された。つまり、死に戻りをしてきたということになるだろう。この世界には各々スキルというものを持っている。私のスキルは魔獣との意思疎通、アイリスは大地の力を吸収し魔力へする力。君のスキルは概ね死に戻りといったところだろう。そしてそのレックスと名乗ったものだが、彼と同じような者で、数千年前に北の国、西の国そして南の国をそれぞれ仕切っていた四皇と呼ばれるものたちがいた。彼らについてもあまり良い評判は聞いたことがない。レックスが生きているとなるとそいつらもまだ、どこかで生きている可能性も無きにしも非ずだ」

 そう淡々とユイトの目を見つめながらユリシャは語った。彼女の話によるとユイトはあの洞窟へ飛ばされかつてこの辺り一帯を支配していた四皇のレックスと相対して何も出来ずに死んできただけということだ。そんな嘘みたいな話があるだろうか。死に戻りなんて今まで当たり前だが、体験も考えて見た事もなかった。

「死に戻りなんてスキルを持ってる人なんて、他にいたかしら?」

 しばらく沈黙を守っていたアイリスがそうユリシャへ疑問を投げかけた。ユイトも少し気になる。

「いや、恐らくユイトが初めてだろう。そして少年、もう1つ話があるのだが。君は死に戻りをしてきた。つまり今夜もまたその洞窟へ飛ばされレックスと相対する可能性がある」

「そ、そんな。どうすればいいんだよそんなの。また死んでこいということか?」

「いや、恐らくなにか洞窟飛ばされる引き金を君は引いたはずだ。今夜は私たち2人と一緒にいるが良い」

「そうね。3人固まっていた方が安全ね」

 2人が言う通りだ。今夜はできるだけ単独で行動をすることは控えた方が良さそうだ。

「さあ、夕飯でも食べましょうか! 今日はヘルハウンドのお肉でも食べましょうか」

 アイリスが手を叩きユイトとユリシャを交互に見る。この世界に来て2度目のヘルハウンドの肉だ。いや実質、3人揃い何かを食すというのはこれが初めてである。再び妙な感覚が襲ってくる。

 

「出来たわよー!」

 あれからしばらく経ち、アイリスがお皿の上に乗った肉を運んできてくれた。やはり相も変わらず、肉は丸焦げである。

「おお! これはとびきり美味そうだな。いただくとしよう」

 これを美味そうだと思えるだなんてユリシャはどうかしているのだろうか。それともユイトが慣れていないだけなのだろうか。どっちにしろ、せっかくアイリスが作ってくれた夕飯だ。最低限美味しそうに食べよう。

「う、上手いなこれ……」

「なんかとんでもないもの食べさせられたような顔してない? 私の気のせい?」

 アイリスがユイトの顔を覗き込み問うてくる。

「……」

「図星だな。君の故郷では異様なことかもしれないが私たちからすれば普通のことだ。さあ、もっと食え! 食え食え!」

 ユリシャが無理やり口へ黒焦げの肉を詰めきた。異世界転移、初日のユイトへなんてことをするのだろう。やはり恐ろしい。

「わ、わかったわかった! わかったから待ってくれ!」

 ユリシャは思ってたよりも力が強くこちらが仰け反る形になっしまった。一瞬ユリシャの中身はおっさんでは無いかとすら思ってしまった程だ。

「ちょっと、2人とも行儀が悪いわよ。ちゃんと生き物に感謝して食べるの。わかった?」

 2人を見兼ねたアイリスが諭す。

『はーい』

 ユイトとユリシャは2人揃って返事をした。

 

「ふーお腹いっぱいだ。君も堪能したようで嬉しいよー! どうだい? 記念すべき、3人が知り合った日だ酒でも酌み交わさないか」

 しばらく経ち、各々食事をし終わった頃だ。ユリシャが提案してきた。

「それすごく良い案ねユリシャ。待ってて、上等なの卸してくるわ!」

 そう言い残し、アイリスは再びキッチンへ戻っていった。全くなんということだろう。ユイトはまだ20歳ではないというのに。彼女らもユイトの推測では同い年くらいであるはずである。

「この国では未成年でもお酒を飲んでもいいことになってるの? 僕の故郷では20歳にならないと酒とか煙草はダメなんだけど……」

「いや、そういった細かいことは決まっていない。強いていうならばここら一帯を仕切っている領主に対してなにか無礼を起こしては為らぬということぐらいだ。まあ今日はそんなことは気にせず飲もうではないか」

 と、ユリシャが話し終わったところで、アイリスがキッチンの方から戻ってきた。手には大きな酒瓶を持っている。酒瓶をテーブルの上に置きアイリスは再びキッチンへ向かい木製のコップを取ってきてそれにお酒を注ぐ。ほんのり赤い。ワインだろうか。酒を知らないユイトでもとても味わい深い香りだとわかった。

「さ、飲みましょ飲みましょ」

 アイリスも椅子へ腰を下ろす。

「ああ、記念すべき出会いの日に乾杯!」

 ユリシャの乾杯の音頭と同時に3人でコップを交わす。ユイトにとっては生まれてきて初めてのお酒だ。少しの罪悪感を堪え、酒を1口飲んだ。

「いただきます。って、にっが!」

 想像していた5倍も苦く、ユイトは目をうるわせる。酒、いやワインはこうも苦いのだろうか。これを味わいながら飲んでいた父は、とても凄いと思ったのである。

「なんだユイト少年。君にはまだこの味は分からぬか。うひょお! これは美味い! アイリス、お主も良い酒を選んだな」

「えへへ、そうでしょ! 今日は飲むわよー!」

 彼女らはユイトがレックスと相対してきたことを忘れているのだろうか。少し心配になる。が、そこでユリシャが再び口を開く。

「レックスの話だが。少年。君は本当にそいつに殺されたのだな?」

「ああ。本当だ」

「そいつがいた場所についてなにか覚えていることはないか?」

 ユリシャが最早ほんのり赤みを帯びてきた頬に、頬杖をつきながら問いかけてくる。

「薄暗い洞窟だ。恐らく地下1階まで続いているはずだ。地上の洞窟を少し歩いた辺りで地面が崩れて地下へ叩きつけられた。地下には開けた空間があってそこに玉座のようなものもあったような気がする」

 ユイトが見てきたことを正直に話す。

「なるほど。恐らくまだ未探索の洞窟なのであろう。そして私の推測だが地下1階までではなくもっと深くまで続いているであろう。そして地下1階に玉座か……一度見てみないとわからぬな」

 ユリシャが推測する。

「そうね、一度私達も行ってみないとね。だけど四皇の一角ともなると3人だけじゃ少し心細いわね」

 アイリスの言う通りだ。レックスは四皇の一角なのだ。あの速さと剣術を見れば一目瞭然である。

「確かにそうだな。残りの2人を待ち探索へ望む方が利口だ。しばらくはメンバーが揃うのを待とう」

「ちなみに残りの2人は僧侶と盗賊だったよな。ギルドのお姉さんが言ってたのだが、この世界には僕らのようなチームが他にもいるのか?」

「ああ。冒険者、魔法使い、魔獣使い、僧侶そして盗賊の計5人で結成されるチームは他にもいる。彼らは仲間だとは思わない方が良い。全員とまでは行かないが性が悪い奴らが多い」

 なるほど。知識人のようなユリシャがいうことだ。仲良くするのは辞めておくことにしよう。

「あー! 酔った酔った! もうベロンベロンよー。ねえユイトー!」

 ユリシャと大事な話をしているというのに酒に酔ったおっさんのようになったアイリスがユイトの肩に手をかけ話しかけてくる。

「お、おお。お前案外酔いやすいのな」

「なーにをー! ユイトももう顔が真っ赤だよー?」

 なんてことだろう。ユイトも酔っているというのだろうがこれからはお酒を飲むのを控えようと思う。

「ユリシ……え? 寝てる?」

 ユリシャに明日からどうしようかと聞こうと思い彼女に目をやると、テーブルに頭を預け目を瞑っているではないか。

「あらー、ユリシャも眠っちゃったみたいね」

「こいつ嘘だろ。今眠るのはだめだろ」

 ついさっきまでユイトを守る気でいっぱいだというような顔をしていたくせに。お酒が入った途端これだ。今度からお酒を飲もうとしていたら取り上げようと思う。そしてアイリスへ目を向けると彼女はかなり泥酔しきっていた。ユリシャのようになるのも時間の問題であろう。

「おい。お前まで寝るんじゃねーぞ」

「あったりまえよー! 今夜は大船に乗った気になって私に身を任せなさい」

 泥酔しきった人に言われてもなんの説得力もない。まるで草の小舟に乗っかったような気がした。


 数時間後。結局アイリスもテーブルの上で眠ってしまった。時間は体感深夜2〜3時といったとこだろうか。ユイトはその後故郷の両親について考えたり、少しリビングの窓から外を眺めたりしていた。そして再び椅子へ座ると彼女らと同じく睡魔が襲ってき眠くなってきた。

「やばいなー。このまま寝ちまっていいのか?」

 そう自問するがつかの間。ユイトもテーブルへ頭を預け瞳を閉じてしまった。

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