第21話:不穏

「おはよ」

「ああ瑞希、おはよう……くぁ……」

「最近いつも眠そうね」

「夢見が悪いんだよな……内容あんま覚えてないけど」



 いつもの通学路で学校に向かう途中、瑞希に声をかけられた。


 瑞希とは……なんというか、腐れ縁だ。中1の時に応援してるチームが同じだったから意気投合して、そこから仲良くなってよく遊ぶようになった。


 中学生の頃はよく通学路で会ってたけど、瑞希がノビシーカーを始めてからは時間が合わなくなった。どうも夜は動画の編集とかをやってるから宿題を朝にやってるらしい。教室でいくらでも会えるとはいえ、通学路で会うのはちょっと懐かしくて新鮮だ。



「恵理ちゃんのお弁当も作ってるんでしょう? 朝も早いし大変そうね」

「本当にな……ふぁ、すまん」

「いいのよ、探索の調子はどう? 何かわかった?」



 瑞希は同い年だが、中学からクラブに入ってたこともあって探索者としては大の先輩だ。本格的に訓練用ダンジョンに潜り始める前には色々教えてもらったりした……というか、どっちかというと瑞希が色々教えてくれたのを参考に高校卒業後の進路を決めたみたいな感じだ。


 瑞希はノビシーカーとしても結構成功してるようで、卒業後は所謂企業勢?と言われる道に進むことがもう決まっているらしい。恥ずかしいから見ないでと言われてるから配信を見たこと無いしアカウントも知らないが。まあもう進路決まってるなら守秘義務とかもあるだろうし、その方がいいよな。


 卒業後のノビシーカーがどれだけ忙しいか知らないけど、そのうち一緒に探索したいものだ。


 話が逸れたが、そういう事情もあって瑞希と彰吾には自分の探索者としての事情、ようするに謎のレベルのことを明かしている。瑞希はずるいとボヤいていたが、俺もなりたくてなったわけじゃないんだけどな……。



「さっぱりだな。町田ダンジョンを攻略してきたんだが、謎が増えるばかりだ」

「町田っていうとC級じゃん、すご……あーでも180レベルならそれくらい楽勝だったり?」

「実際そうだから、いまいち攻略した感が無いんだよな」

「高レベルも一長一短かぁ……」



 今のところ、自分はステータスでゴリ押す形での攻略しかしていない。学生で潜れる範囲のダンジョンでは自分のレベルだと技術が必要になる敵がいないからだ。


 特にレベル120辺りを越えるときちんとした技術が整っていないとレベルが上でも苦戦するとこの前読んだ本に書いてあったので、今の俺のレベルに見合ったダンジョンに潜るつもりならどこかのタイミングでちゃんと戦闘技術を磨かないといけないんだよな。雑魚狩りしかしない予定なら別にいらないんだろうけど……。



「それじゃあさ、今週の土曜に一緒にシミュレーター行かない?」

「え、休日は配信あるんじゃないのか?」

「毎日配信義務付けてるわけじゃないし、大丈夫だよ! 先輩として色々教えてあげるとしますかなぁー」

「それならありがたいよ、彰吾にも声かけとく」

「……そうだね!」



そういうことになった、これはかなりありがたい。本格的な訓練をするならクラブに入ったりトレーニング施設で行うのが一般的だが、自分には金が無くて通えないので本を買って独学で勉強している。だが講師役がいるといないとでは知識や経験の入り方が違う。


 瑞希は活動期間が長いのもあって講師としては適しているし、心強い。さっきも言った通り前にも色々教えてもらったしな。次の土曜日が楽しみだ。














「は?……なんだよアイツ」












 妹に弁当を届けた後自分の教室に戻って授業を受け、授業が終わったらすぐに帰宅し着替えとシャワー。杉の子食堂に向かって20時半までバイトして、まかないを食べたらもう一度帰宅。宿題して、また明日も早いので就寝。


 母さんが入院したから少し経って定まった平日のローテーション。でも今日は1つだけ違うところがある。


 電車の中で、目的地が近づくにつれて大きくなる心臓の音を聞きながら何度も脳内で流れをシミュレーション。



(えーと、この出口から降りて右……ここの、上から2段目の左から3列目……)



 いつもの帰り道の乗り継ぎ駅。定期券で一旦降りて、コインロッカーの前に立つ。シミュレーション通りなるべくごく自然な流れで事前に教えられた暗証番号を入力して料金を支払う。


 カチャ、という小さな解錠音。慌てず急がず見回さず、あくまで自然に中のポーチを取り出しそのままスクールバッグへとしまう。


 誰かに見られているんじゃないか、もしかしたら当たりをつけられてるんじゃないか。そんな不安感を無表情で押し殺してその場を立ち去る。



「ふぅー……」



 いつもより1本だけ遅い各駅停車に乗車して、ようやく緊張が解けて大きな溜息を1つ。


 ダンジョンに潜り代理換金をするはずだった日曜日。本来ならその日に受け渡す予定が、病室での会話で動揺した自分が帰宅してしまったので別ルートで受け渡しすることになってしまったのだ。


 早々バレるもんじゃないから安心しなよとは言われたが、もしかしたらバレるかもと思うとつい緊張してしまった。


 帰宅して自室に戻り、ポーチの中身を確認する。



(あった)



 封筒に入っていた現金は11万6千円。それが封筒に入っていた金額だった。本来なら命のやり取りをして手に入れるその金額は、はたして高いのか安いのか。


 同封されていた紙は23万1065円と書かれた買い取り証明書と、端数処理が面倒だから切り上げたと弥勒さんが書いたメッセージ。地味にありがたい。


 ズラリと並んだ1万円札。まだ高校生の俺が持つには相応しくない大金に目がくらくらしてしまう。だが、これは絶対に自分のためには使っちゃいけないと自分を改めて戒める。



(このお金は母さんの入院費にしか使わない)



 サイドテーブルの棚の奥に封筒をしまい込み、その上に本を乗せる。引き出しの中に直接じゃ不安だし、何か別の保管場所を考えないとだな。


 ふと時計を見るとそろそろ余裕の無い時間になっていた。早くシャワーを浴びて杉の子食堂へ行かないと。










あとがき

コインロッカーに現金や有価証券、その他貴重品を預けることは各社の使用約款によって禁止されています

絶対にやめましょう

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