第18話:素手

「んんっ!」



 ガゴォン、という鈍い音と共に、ゴーレムが大きくのけぞる。それと共に、手に持っていた大剣に皹が入ったことを確認。



「まただ……お願いしまーす」

「君ねぇ!?」



 大剣を弥勒さんに放り投げ、敵の攻撃の回避に専念する。


 基本的に自分の方が純粋な火力が高い分稼ぐ敵意ヘイトも高いため、自分が前衛を務めその間に弥勒さんは関節部を攻撃する。自分の修練ついでの提案。


 敵の攻撃は見た目ほど鈍重というほどでもないが、それでも問題無く回避及び誘導はできる範囲で、想定通り装甲の上からでも自分のレベルならば問題なくダメージを通せたため、事前に決めた通りの戦術で戦えば楽勝で終わると思われた。


 誤算だったのは武器の方。学生用の貸し出し武器では自分のステータスで装甲巨像の装甲にぶつけた際の衝撃に全く耐えきれず、通常の攻撃なら3度耐えるのが限度、スキルでの攻撃なら1度も耐えられない。


 破損した武器は修理しないと著しく性能が落ちる。かといっていちいち戦闘中に立ち止まって修理はできない。



「ハイ終わり!置いておくよ!」

「あざます!」



 そこで即興で、破損した武器を弥勒さんに渡して修理してもらうことで戦闘を継続した。壊れるごとに誘導役を交代していたら手間がかかりすぎて効率が悪い。


 大振りの一撃を回避し、その間に近くの床に置かれた修理済の大剣を拾いに行く。弥勒さんは再び関節部を攻撃。大剣で装甲を攻撃し、武器が壊れたら再び修理。そのサイクルは概ね上手く回っており、集中的に攻撃した右腕と左腕の装甲、及び弥勒さんが重点して狙う膝関節は既にボロボロになっていた。



(……それでも面倒くさいな)



 スキルでの攻撃と共に右腕装甲と大剣が砕け散る。これで10度目の修理。これではテンポや効率が悪いし……それになんというか、気分が乗り切らない。



(少し試してみるか)



 敵の攻撃に合わせバックステップで大きく距離を取り、大剣を地面に置きながら大きくジャンプしゴーレムの上を取る。


 目標は初撃と同様、頭部直上。大剣を使っている時と同じイメージで、魔力を拳に纏う。大きく振りかぶってのテレフォンパンチ。



「重撃っ!」



 汎用物理攻撃スキルの乗った攻撃がゴーレムの脳天に突き刺さり、地面に叩きつけられると共に衝撃の伝わった右脚部関節が破壊された。



「痛ってぇ」

「うわぁえげつな」

「悪くないけどやっぱ剣使った方がいいや、修理お願いします」

「君、大概人使い荒いね?」



 どうにか転ばず着地し掌をプラプラと揺らす。ステータスのおかげで反動ダメージはほぼ無いはずだが、装甲を全力で殴るとなると痛みはある。本来なら自分の指の骨が砕けてもおかしくないから全然マシだけど。



「てか武器直すのやっぱめんどいよ、これ使いな」

「おっと」



 ぽい、と投げられたものを受け取る。これは……革手袋?



鋼鉄鰐スティールクロコダイルの革を中心にしたグローブだよ、これでも武器としては結構上等だぜ?」

「俺学生だから武器は貸し出しのものしか使えませんけど」

「黙ってりゃバレやしないよ」



 低く笑う弥勒さんに何度目かの溜息。まあ配信してるわけじゃないから確かにバレないだろうけど……。



「まあ、いいか……借ります」

「サイズはちゃんと調整しなよ、背格好同じくらいだし大丈夫だと思うけど」



 取り付けられたベルトできっちりと手首を固定し、ズレないように調整する。初めて着けた革手袋はいまいち手に馴染まないが、試しにダウンしたゴーレムの胴体を思い切り殴ってみても全然痛まない。これならやれそうだ。


 片脚を失い立ち上がれなくなったアーマーゴーレムは一気に戦闘力が落ちる。頭部・胴部を回転させての全方位への攻撃が解禁されるが、それも大した脅威にはならない。


 ぶんぶんと振るわれる両腕を、剛柔織り交ぜた連携攻撃で解体していく。弥勒さんが左肩を、俺が右肘を破壊すると同時、ゴーレムは徐々に量子となって消え去った。



「ふいーお疲れ。ちょろいもんだぜ」

「お疲れ様です」

「お、中型魔石に中型G装甲板6枚! いいねぇドロップ上振れたわ!」



 勇んで早々にドロップ品を拾いに行く弥勒さん。期待していたわけじゃないが、こう、攻略した時の喜びみたいなのを共有したい。


 まあ俺は戦闘の素人とはいえレベル差だけでゴリ押せるし、弥勒さんもこのダンジョンはレベル的に格下だし、そんなもんか。ちょっと寂しいが仕方ない。


 ドロップ品を拾って専用のカバンに放り込んでいく弥勒さんを眺めていると、ふとその近くにキラリと光る石を見つける。弥勒さんは気づいてないようだが、あの宝石は……?



「うし、回収終わったから帰るよ」

「その宝石はいいんですか?」

「ん?」

「え、これですけど」

「え?」

「え?」

「なになに怖い怖い怖い」



 なんだか話が噛み合わない。落ちたままの宝石を拾って見せてみても怪訝な顔をするばかり。どういうことだ?



「え、どういうこと? 君今宝石持ってるの?」

「はい、水色で手のひら大の。ドロップ品の横に落ちてましたけど」

「俺からは一切見えないんだけど……え、ちょっと失礼」



 そう言って弥勒さんは突如俺が宝石を持っている手を握る。はたして宝石に触れずすり抜けてしまい、俺の目には宝石が弥勒さんの手に同化しているように見えた。



「……普通に手を握れたけど」

「手の感触と宝石の感触の両方がしますね、変な感じです」

「何それ怖ぁ! 変な冗談やめてよって言いたいけど、君そういうキャラじゃないもんねぇ」



 どうやらこの宝石は弥勒さんには見えていないらしい。俺にしか見えないのか弥勒さんにだけ見えてないかわからないが……地上に戻る際にこれを持ちながら歩いていけば、受付の人に見えてたらそこで止められるからそこでわかるか。換金はできないけど回収されるならそれはそれで不気味なものを手放せるからいいし、見えないなら家にでも飾ればインテリアっぽくなるかな。


 雑談をしながら帰還門に向けて歩みを進めるが、ふと視線を感じて振り返る。



「ん? どうしたのさ」

「いや、何か、誰かに見られている気がして」

「いやほんとやめてよ……ホラーとか望んでないって」

「俺もですよ」



 見回しても、周囲には誰もいない。そもそも俺は視線を感知するようなスキルは持っていないから気のせい。そのはずだ。


 しかし、気のせいなんかじゃない。何かがある。理屈ではなく、そんななんとも言えない感覚が沸き上がってくる。


 不審な状況で倒れた母。高すぎるレベル。黒塗りのスキル。見えない石。謎の視線。


 俺には一体何が起こっているんだ?

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