第19話:謝礼

「帰還したので貸し出し品の返却と情報の登録に来ました」

「かしこまりました、こちらに返却物を置き、こちらにステータスカードの提出をお願いします」

「はい」



 ダンジョンから帰還し、そのまま学生用の受付へ進む。弥勒さんとは軽く手を振って別れて、如何にも関係が薄いように見せかけた。


 ボロボロになった武器や余った消耗品を置くと、受付の人がぎょっとしたように目を丸くする。



「これは……随分壊しましたね?」

「順調だったのでボスに挑んだんですが、武器の強度が耐えられなくて……すいません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。装甲巨像相手ですもんね」



 ステータスカードの更新など手続きも終わったのでさっさとその場を離れる。ショップで買い物しても学生の間は使えないし、ソロで来ているので打ち上げもしないのでもうここには用は無い。


 後々のためにウインドウショッピングするのもいいけど……。



(まあ、今度でいいか……ん?)

「あ、いた! えーと健崎惠太くんですね、ちょっとだけでいいんだけど時間あるかな?」



 ロッカーに預けていた私物を引き出したところで、職員の方に声をかけられた。この人は見覚えがある、確かさっきダンジョンで双葉さんの救出作業に来た人だ。


 ……これは、もしかしてバレた?



「……どうかしましたか?」

「双葉さんの救出したでしょう? さっき親御さんが到着して色々話してたんだけど、君にお礼がしたいってさ」



 そっちか、よかった……。弥勒さんとの繋がりがバレたのかと思って心臓が縮み上がってしまった。時間を確認すると16時半より少し前。まあ少しならいいか。



「わかりました、行きます」

「ありがとう、こっちね!」






「健崎さんをお連れしました、入ってもよろしいですか?」

『どうぞー』



 職員さんと共に医務室に入れてもらう。


 清潔な4つのベッドは奥側の1つしか埋まっておらず、そこに人が集まっている。


 医師さんと職員さんが2人、さっきの娘とその両親と思われる方お2人、ここに俺と職員さんが入るとスペースとしてはちょっと手狭だ。そしてベッドで身体を起こしており、包帯を巻かれているこの娘が双子のもう一人か。


 入った俺に父親と思しき人が駆け寄ってくる。



「君が娘を助けてくれたのか!」

「え、あ、はい……」

「ありがとう、本当にありがとう……!」

「あなた、自己紹介もせずに……舞衣と愛衣の母です。この度は本当に、ありがとうございます」



 両親の方に深々と頭を下げられる。さっきダンジョン内で愛衣さんに頭を下げられた時もそうだけど、こんなに真剣に感謝されたことって無いから戸惑ってしまう。



「頭を上げてください。本当にただの偶然でしたから」

「それでもだ、感謝してもしきれないよ……世界で唯二つの宝物なんだから」

「本当に……ありがとうございます」

「わ、わかりました」



 こう言われてしまうと何も言い返せない。世界で唯二の宝物……親から見た子供っていうのはそれほどに大切ってことか。こういうのを見ると、助けられて本当に良かったな。



「あの……私からも。双葉 舞衣です。愛衣と私を、助けてくれてありがとうございます」

「私も改めて、ありがとう!」



 ベッドの上とその横の双子の娘もしっかりと頭を下げてくる。そこかしこに巻かれたが包帯が痛々しい。特に舞衣さんの方は血が滲んでいる部分もある。本当にギリギリだったんだな……。



「健崎くん、これを受け取ってくれないか」

「え? これは……」



 双葉さんのお父さんから封筒を渡される。中に何か、紙のようなものが入っている……感触を見るに結構入ってるような気がするけど……。


 もしかして、と思いながら恐る恐る取り出してみると、そこにはずらりと一万円札が並んだ。



「20万円入ってる。今は財布にこれしか無くてね……これだけでも受け取ってくれないか」

「え、そんな大金、受け取れませんよ。謝礼を目的にしてたわけでもないですし……」

「娘を救ってくれた金額としては少なすぎるくらいだよ。こちらとしたってただお礼するだけというのも」

「まあ、そこまで言うなら……」



 母の入院費の助けにもなるしと受け取ろうとして、その手が止まる。



「? 健崎くん?」



 なぜだか、本当にこれを受け取っていいのかという声がする……気がする。


 人の命を救ったにしては少なすぎるかもしれない金額。たったの紙ペラ20枚。ただそれだけのものが、まるで鉛のように重たく感じる。なぜだ?


 時間が遅くなったかのような感覚の中で、自分の脳内で一つ一つ疑問を紐解いていく。なぜただ受け取るだけのものにこんな気持ちになっているのかをゆっくりと。



「や、やっぱり、大丈夫です。これは受け取りません」

「え?」

「いやほんとに、お金目当てじゃないですから。そのお金は娘さんのために使ってあげてください。すいません、失礼します」

「ちょ、ちょっと!」




 脳内で下した結論を下に、手に持った封筒を強引に突き返し、呼び止める声を、名を呼ぶ声を、なるべく聞こえないように走る。


 お金目当てじゃない。確かにそうだった、今回は。じゃあ次は? その次は?


 人を助ければお金がもらえる。そんな即物的な考えに到ってしまうことが、あまりにも怖くて仕方なかったのだ。

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