第13話:蹂躙

 Dランクダンジョンに認定されるには、前提条件は迷宮内魔力値推奨レベル51以上81未満。補足条件として10階層以上、エネミー危険度最大31以上、罠危険度平均6以上があげられ、補助条件1つを満たすたびにランクに+が一つ付与される。


 町田ダンジョンは迷宮内魔力値64、9階層、エネミー危険度最大27、罠危険度4。Dランクダンジョンの中ではどれも平均的と言える数値だが、それ故簡単とされる要素も無い。



「重撃ッ!」

『……!』



 そんなダンジョンを、大剣を振り回しながらまさに蹂躙とも言えるペースで進む探索者が一人。言わずもがな、惠太であった。


 町田ダンジョンは群れを為して襲ってくる小型のエネミーが少なく、広々とした石造りの通路もあって手数に劣る大剣や怪力スキルを軸とした探索者が戦いやすい環境にある。


 それに加えそもそもレベル181のステータスはDランクダンジョンでは過剰もいいところであり、スキル込みの攻撃を耐える敵は存在しない。まるで無人の野を行くかの如く、エネミーを蹴散らして進んでいった。


 そして、その後を着いていく弥勒は笑いを噛み殺すのに必死だった。



(ダンジョンの誤作動による表記バグの可能性も多少疑ってたが……こりゃ本物だ、っと)



弥勒

 正面30m先に連矢 13:52

Kta

 はい 13:53



 【罠感知】に引っかかった罠を惠太に報告し、落ちている魔石を拾う。ランダムで構造が変化することから地図は1階と5階しか役に立たない、それにも関わらずダンジョン侵入から約40分で既に第3層を踏破しようとしている現状は、異常な早さと言える。


 もちろん惠太の強さがその要因の大半ではあるが、弥勒の罠感知はこの難易度のダンジョンなら失敗することはほとんど無く、それもまたスムーズに探索が進んでいる一因でもあった。


 周囲を観察し発見した連矢の発射口に大剣を突き刺すと、爆散と共に普通の壁へと変化する。これで4度目、罠も敵も意に介さず順調も順調で足を進めていた。







 その足が止まったのは6層。



(なんだ……?)



 星門から足を踏み入れた恵太は、ピリピリとした不可思議な感覚を覚え立ち止まった。


 周りを見渡すが、特に異常は見られない。しかし気のせいか、三叉に別れる正面の道から何かを感じている。



「うおっとお!?」

「っと、すいません」



 訝しげに立ち尽くす惠太に、同じく門から出てきた弥勒がぶつかる。武器を持つダンジョンの中では思いがけないトラブルに発展する場合があるため、特に門の前からはすぐに離れるというのはガイダンスで必ず教えられることであった。



「扉の前で止まるのやめなね、邪魔だから。なんかあったの?」

「えぇと、なんか変な感覚が……正面の道なんですけど……」

「んー? ……」



 惠太の言葉に弥勒が扉から離れて黙りこくる。返答はすぐに帰ってきた。



「今スキルを起動したり止めたりしたんだけど、【戦闘感知】に引っかかったね」

「てことは……」

「習得してたっぽいね。割と勝手に習得するスキルだしそんな珍しいことじゃないよ」

「これがそうなんですか」

「適正ありそうだしスカウト向いてるんじゃない?」

「そんな気はしませんけど……ん?」



 その名のごとく同フロアかつ一定範囲内の戦闘している状況を感知するスキル。一定以内の距離で自分以外が行っている戦闘があると自動的に習熟度が上がることからあまり取得には苦労しないことが多い。


 しかしこの手の感知系スキルは適性がもろに出ることが特に多く、人によっては1年かけても取得できないということもざらにある。


 それも加味すると惠太のスキル取得は平均と比べてかなり早い。弥勒は惠太にスカウト系、つまり感知系や隠密系のスキルに適正があるんだろうと当たりを付けた。それはごく普通の思考回路。


 しかし惠太はその発言に小さい引っかかりを覚えた。何かを見落としているような……。



「まあいいや、さっさと行こうよ。打ち合わせで言った通り、他の人の戦闘とは別方面……ああ、左の道には警報の罠だね。なら右行こうか」

「あ……」



 しかしその微かな違和感は進むことを促す弥勒に打ち消される……そして。



 Biiiii-!Biiiii-!Biiiii-!



「おっと?」

「これは!?」



 しまってあった端末から警告音が響き、2人はその画面を見やる。この音は、全ての探索者がガイダンスで聴かされることになるもの。



「緊急救援信号!?」

「……」



 同じダンジョンに潜っている探索者、及び担当ダンジョンの探索者協会職員に発せられる、不測の事態に陥ったときに使う信号。これはつまり、この町田ダンジョンで今まさに危機に陥っている探索者がいるということ。


 ダンジョンは魔力適正値レベルを用いた厳格な管理により、身の程さえ弁えて慎重に行動するという但し書きさえ守れば安全でかつ刺激的な娯楽としても広く普及した。しかしあくまでもダンジョンは危険が至る所に潜んでいることには変わりない。


 力の過信。油断。事故。ダンジョンで死に至る要因は事欠かない。



「信号は同じフロアです、助けに行きましょう」

「あー……いや待った」

「見捨てるんですか!?」



 勇んで駆け出そうとする惠太を弥勒は引き止める。



「いや、ちょっとね……ああこれだ。見てこれ」

「こんな時に何を……これは、ノビシーカー?」

「そして、この信号の発信元だよ」



 弥勒が差し出した端末の画面には息の荒い女子の声と後ろ姿、大きく揺れるダンジョンの風景……町田ダンジョンと同じ白煉瓦の壁面が映し出されている。その横のコメント欄は高速でコメントが流れており、そのほとんどは悲鳴や焦りの声だ。



「これがどうかしたんですか?」

「動画で顔が残ると、学生の間だけの君はまだしも僕は今後動きにくいんだよ……色々あってね」

「なら俺だけでも……」

「まあそれでもいいんだけどさ」



 おもむろに弥勒は左の道へと歩きだし、床の一部を踏みつける。



「こっちの方が俺としては都合が良いんだよね」



 ダンジョン内に、「警報」が鳴り響いた。

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