第12話:町田

 JR町田駅近辺のファミリーレストラン。家族連れや学生で賑わう中、店の奥の二人掛けのテーブルで一人端末を弄る男がいた。



「……」



 年は20代後半といったところ。この時間に一人でファミレスというには少々似つかわしくない風貌。


 店に入って約10分、昼のピーク時に注文も取らずに端末を弄るだけということもあって、周囲の客から目立ち始めたちょうどその頃。



「あ、こっちです!」

「あ、はい、弥勒さんですか?」

「はい弥勒です。ごめんなさいね混んでるとこで」

「いえ、この時間ですから仕方ないですよ」



 学生のような見た目の人が同じテーブルに案内される。ああなんだ、連れを待っていただけか。


 疑問が晴れた一部の客は二人掛けテーブルから意識を外す。どんな会話がされていようと、もはやそれは雑音。それが意味のある音声として耳に届くことは無い。



「奢るから好きなもの頼んでいいよ」

「本当にいいんですか?」

「いいんだよ、すぐに収入もあるしね」

「ああ……じゃあ、これとこれと……あとこれで」

「流石学生、食うねぇ」



 弥勒と惠太の二人は潜る前の打ち合わせを兼ねて食事に来ていた。初めは自分で食べる分は自分で出すつもりの惠太だったが、弥勒に押し切られる形で奢られることとなった。



「じゃあ打ち合わせしよっか」

「こんな人がいっぱいいるところで大丈夫でしょうか?」

「これだけ騒がしいところでわざわざ俺らの会話盗み聞きしてるやつなんざいないよ、そのために奥側の席を取ったんだし。まあどうしてもっていうなら、これ越しでもいいけどね」



 ひらひらと自らの端末を揺らす弥勒にそんなもんかと惠太は心の中で頷く。なるほど確かに混んでいるファミレスだと、周囲の声は聞こえていても会話の内容を気にしたことは無かった。



「でも、一応こっちでお願いします」

「心配性だね、了解」



 苦笑する弥勒。彼の中で惠太の評価は上がっていた。



(万が一にでもバレたくない、つまり悪いことだとはきちんと自覚している。でもやらなきゃいけない、と無意識か意識しているかは知らないが勝手に追い詰められている。この手のやつが一番ハメやすいってな)



 獲物を前にした舌なめずり。運ばれてきたサラダを取り分ける惠太を見ながら、弥勒の目はまるで蛇のように細められた。









 町田ダンジョン。都内のDランクダンジョンとしては唯一首都圏から外れているものの神奈川県の主要都市にほど近く、人気としては劣ることは無い。


 致死性ダンジョンではあるものの探索要件を満たした優秀な学生探索者が腕試しに訪れることで有名で、また学生でなくとも比較的若い探索者が多い。そういう場所である都合、見た目はただの学生である惠太がさほど目立つことは無かった。


 貸し出し申請で大剣と消耗品を受け取る惠太。その近くには弥勒の姿は無い。受付でレベルを見た職員にギョッとされるなどもあったが、問題無くダンジョンへと侵入することができた。


 そこから約15分、細目の男……つまり弥勒が受付へ侵入申請を出す。ステータスカードの経歴に問題は無く、これも侵入することが出来た。



「はい合流と」

「結構この辺は……えーと、柔軟な規則してるんですよね」

「ガバガバって言っちゃってもいいんだけどね? まあ中途合流しちゃいけませんなんて規則作るとめんどくさいし、作ってこれこれこういう場合のみOKですよなんて一々注釈付けるのももっとめんどくさいからなんだろーね」



 打ち合わせで惠太に弥勒の告げたプランは至ってシンプル。別々にダンジョンに侵入し、事前に提示された地図によって指定された場所で合流すること。


 ダンジョン内では不意の罠や奇襲、また凶悪な敵にぶつかったなどでピンチに陥ることはままある。そういう場合の救援に関しても規則があっては人命第一もクソも無い。



「それでも、特定の目的での合流の禁止とかは出来そうなものですけど」

「ダンジョン内を常に警備員が巡回するってのは物理的に無理だしね。怪しいやつは入口で弾いてあとは良識に任せるしかないのさ」

「出来ないことは仕方がない、ということですか」

「そういうものだよ。それを悪用したりする人がいるのも、ある程度は仕方ないってことなのかもね……まあ俺たちもそうだからあんまりこういうの言及するのはどうかって話ではあるんだけど」



 当然ながらダンジョンの中には監視カメラが仕掛けてあるなんてことは無いため、日本の全てのダンジョンを24時間監視することはとても不可能。そのため日本の探索者協会によるダンジョンでの治安維持は概ねダンジョン外で行われている。


 ダンジョン探索に関する規則を破る他にも、ダンジョン内外含む犯罪及びそれに類する行為が発覚した探索者は探索者ライセンスにその情報が記録され、多くの場合侵入することがそもそも出来ない。そうすることでダンジョン内でも一定の秩序を守っている。


 それでもその全てを防ぐことはできず、特に深夜帯ではダンジョン内での治安の悪化は社会問題として取り沙汰されているが……。



「まあ、ここで駄弁っていても仕方ない、そろそろ行こうか」

「はい、よろしくお願いします」



 そう言うと惠太はダンジョンの奥へと足を進める。弥勒はその約10m後ろを付かず離れず、スキルを発動しながら追う形。


 惠太は出てきたエネミーを順繰りに倒し、ドロップした魔石は放置して先へ進む。そして弥勒は【隠密コヴァート】によって気配を消し、素知らぬ顔で魔石を拾う。


 弥勒の提示したいたって単純なプラン。学生探索者が拾えない魔石を拾って自分の金にする通称「乞食の探索者」、それを「応用」したものだった。

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