第6話:交渉
「規則により、未成年者の魔石換金は禁じられています。例外となる規則はございません」
約10分。無い頭を絞り尽くして受付担当へと聞いてみたが、帰ってきたのはその一点張りだった。
「……そうですか。長々とすいませんでした」
「いえ、お力になれず申し訳ありません。またのご利用をお待ちしております」
「あ、それはそれとして装備の貸し出し申請を……」
「ああ、その場合はあちらのテーブルの備え付けの書類で……」
一応どうにか学生ライセンスの探索者が金を稼ぐ手段が無いか聞いてみたが、梨の礫だった。仕方ない。これで潔く諦められる。
(そうなると、日曜は午前中からダンジョンに潜って昼を挟んで夕方前に退散、土日は杉の子食堂は空いてないから他のバイトを早めに探して夕方~夜にシフト入れよう……とりあえず近所のコンビニで……)
諦めも付いたので、とりあえずダンジョンに潜ることにする。厳しいが、夏休みの企業説明会までに行ける範囲でなるべく高ランクのダンジョンを踏破しておきたい。
学生用の装備と消耗品の貸し出し手続きを済ませ、その足で新宿ダンジョンへ向かう。このロビーの奥に入口があるから、進むとともに俺と同じように武器を背や腰に提げている人も見るようになってきた。
「すいません、入場手続きをお願いします」
「ライセンスの提出をお願いします」
受付の人に真新しいライセンスを渡す。今になってちょっと緊張してきたな……。
「初探索ですね! 応援しています!」
「ありがとうございます」
笑顔で見送られて1F用転送陣へ向かう。
新宿ダンジョンは日本どころか地球上に72個しか無い非致死性ダンジョン……ようするにダンジョンの中で死亡してもダンジョンの外に吐き出されるだけで、こちらでは怪我1つないという特異な形式のダンジョンだ。
非致死性ということから趣味の一環としてカジュアルにダンジョンに潜る探索者には人気が高く、ドロップが比較的渋いため金を稼ぐためにダンジョンに潜る層にはあまり人気が無い。そして高ランクの探索者やノビシーカーにとっては自身の力を誇示するためのコンテンツとして人気……というわけだ。詳しくはないが田舎だと近くに無いからここに潜るために上京するなんて層もいるらしい。
新人の探索者は死の危険が無いここに挑むことが可能な限り推奨されている。同程度のGランクダンジョンに挑んでもいいんだけど、せっかく行けるんだから活用しないとな。
「うお」
転送陣に入ると、まるで刻み込まれるかのように脳内に文字が浮かぶ。これがダンジョンからの『システムメッセージ』か……ネットで調べて存在は知っていたが、自身で経験するとまた不思議な感覚だ。
「『1階』、『侵入』」
ーーーー承認。ようこそ、『支配の塔』へ
脳内に浮かんだキーワードを唱える。視界が光に包まれた次の瞬間には、賑わいのある新宿支部から暗い洞窟の中へと移動していた。
「……よし、追いかけて」
「はい」
(……VRダンジョンとは全然違うな)
後から入ってくるかもしれない探索者に邪魔になってしまうため、すぐに場所を移す。ガイダンスで習ったマナーで、10n+1の階は比較的交通量が多くすぐ近くにセーフエリアと帰還陣が置いてある設計だから特に重要だ。
先客がいないことを確認し、セーフエリア内で軽く身体を動かす。一般的には初めてダンジョンに潜った時は、急に濃い魔力にあてられて息苦しさや嘔吐感、身体のダルさなどを感じることが多いため、その場合は身体が慣れるまでセーフエリアで休むことが推奨されているが……。
(身体が軽い……かなり調子がいいぞ)
言われていたような症状は起きず、むしろ疲労を忘れたかのように体調は万全そのものだった。
いや、それどころじゃない。
(……ちょっと試してみるか?)
大剣を立てかけてセーフエリアの端まで移動し、軽く屈伸する。そして。
「いっ、せー、の、せっぇ!?」
立ち幅跳び。自己記録は高2の春の身体測定、2m48cm。しかし、そこまで力を入れずに跳んだはずの己の身体は、10m近く離れた対面の壁に吸い付くかのように大きく飛び出した。
「あっぶねぇ!?」
反射的に壁面に両手両足を付くことで顔面にぶつかることは避け、二の舞を避けるためにかなり手加減して離すことでなんとか地面を転がる。……反射的とはいえ、こんなことを咄嗟に出来るほどの反応速度は無かったはず。
(やっぱおかしいぞ、なんだよこれ)
魔力が体に馴染めば普段通り動けるようになるし、魔力の濃くなる高階層へ進んで戦闘を続ければ体内の魔力が徐々に馴染み人間とは思えない動きが出来るが……。
(実体験したわけじゃないけど、その高階層に潜って魔力が体に馴染んだ状態ってこんな感じなんじゃないか? なんで潜ったばかりの俺がこんな状態に?)
不思議だが……まあデメリットになってるわけでは無いか。身体能力が上がっているんだから、慣れれば他の新人探索者に比べてアドバンテージになるんだし。利用できるものは利用していかないと。
しばらくは、身体の動かし方に慣れるためにダンジョンに潜ることになるか。結果論ではあるけど、非致死性ダンジョンに先に潜っておいてよかった。ダンジョンデビューしました! 体の動かし方に慣れなくて壁にぶつかって大怪我しました! じゃあ流石に笑えない。
「じゃあ行きますか」
独り言ちて大剣を手に取り、セーフエリアを後にする。まずは練習あるのみだ。
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