スーパーレジスタンス
「……ふぅ…………ふぅ………………」
「大丈夫?」
「まぁ……なんとか…………」
「速配なら、絶対に回り切れないわよ。」
「すいません。道が慣れないもので。」
舗装もされていない、コンクリートでは無い土・砂・小石の道を歩く。まるで山道を歩いてるような感覚だった。
「もう。草の地域でこんなに苦労してたら、他所の地域は無理じゃない???」
「慣れれば、なんとか……」
「あっそ。」
「それにしても、届け先はまだなんですか?」
「あとは……森を抜けるだけね。」
「森!」
「アレよ、アレ。」
「うへぇ〜」
キャコが指を指す先には、森があった。しかし大里からすれば、密林や樹海のようだった。道は薄暗い木漏れ日を浴びつつ、木々の間に消えていっていた。
「ヤバそう……」
「まぁ、道なりに行けば大した事は無いわ。逆に長居をすればするほど、危険な場所ね。」
「ひー!」
「さっ、走った走った!」
「無理です〜」
キャコは大里の背中を押して、グイグイと森の中へと進んでいった。鬱蒼としげる草花や木々は、元の世界では見たことのない物ばかりだった。
「綺麗な花〜」
「無闇に触らないように!」
「はっ、はい!」
「毒とか有る種類も生えてるんだから。」
「気をつけます。」
「元のいた世界とは、違うんだからね!」
「肝に銘じます……」
キャコの言う通り、全くもって異なる世界。安全どころか身の保証、命の確証すら怪しい。刹那刹那で死ぬ可能性が高いのは、元の世界とは段違いだ。
「そろそろ、森の真ん中ね。」
「じゃあ半分くらい進んだんですね。」
「抜けたらすぐだし、走った走った。」
「ひえ〜」
「異世界人は体力が無いのね。」
「キャコさんが、有り余り過ぎなんです〜」
「なんですって!」
「ひぃー……」
大里は追い立てられながら、ズンズンと進んでいった。しばらくすると、別れ道にぶつかった。案内の看板は、無かった。無かったというよりも、無くなっていると言った方が正しかった。
「看板、無くなってる……」
「いつもは、有るんですか?」
「えぇ。危ないわね。」
「…………」
大里は看板が有ったであろう場所を、しゃがみ込んで観察した。
「???……どうかしたの??????」
「いや、地面に刺さっていた穴が綺麗なので。無くなったのは最近かもしれないですね。」
「フーン……」
「それにしても、倒れたのなら近くに有りそうだし……誰かが抜いて隠したのかも……」
「……………………」
「うーん……」
「とにかく、先を急ぎましょ。看板については、あとでギルドに報告すればいいし。」
「……そうですね。」
二人は届け先へと通じる道に足を伸ばした瞬間、何かが上から落ちてきた。そして道を塞ぐように、二人の目の前に現れた。
「なんだコイツ!」
「大きい虫!!!」
「離れて!毒を持ってるから!!」
「ひいぃ〜……」
キャコが大里を庇いつつ後退りするが、後ろから大きな音がした。見ると別の虫が、道を塞いでた。残った道の上には、羽で飛ぶ虫が待ち構えていた。大里からすると、サソリ・ムカデ・蜂の様な見た目だった。しかし、元の世界で見た事のある姿とはだいぶ異なっていた。
「オウオウオウオウッ!」
「「なに???」」
異様な雄叫びに、二人は辺りを見回す。よく見ると目の前の巨大サソリ的な虫の上に、誰かが立っていた。髪のない頭部と、顔をまたぐ様に刻まれた刺青が特徴的な男だった。
「アンタ!なんなのよ!!!」
「名乗るほどの者じゃねぇ……ただの毒魔物の調教師さ。」
「じゃあ、さっさと連れて行きなさいよ!」
「したいのは、やまやまなんだが……こいつらも強情でな?特別な毒入りのエサが必要なんだよ。」
「それが、私たちには関係ないでしょ!」
「いやいやいやいや。超高級な代物でな、そう簡単には出せないのよ?だから……」
「だから???」
「有り金、全部、置いていけ。」
調教師を名乗る男の言葉に、キャコは怒る。
「はぁ!なによ、ただの脅迫じゃない!!!」
「チッチッチッチッ、人聞きが悪いな〜正当な取引さ。」
「どこがよ!」
「置いていかないのなら……このままか……金品以外が消えるだけだな〜」
言葉巧みに話しているが、簡単に言えば
「どうしましょう……」
「お金なんて、微々たる額しかない。手紙を渡すなんて、もってのほか。」
「じゃあ……」
「アタシが隙を作るから、アンタはその間に逃げて。それで、ギルドから人を呼んできて。」
「無理ですって!」
コソコソと相談する二人に、調教師が声をかける。
「どうしたどうしたどうしたどうした?金の揉め事か??それとも、生け贄の相談か???」
「うっさいわね、黙ってなさい!」
「オウオウオウオウ、怖いね〜」
「チッ……」
キャコは自身の爪に意識を集中させる。調教師か、調教師を乗せる魔物に攻撃できれば、隙が生まれる。そんな事を考えつつ、作戦の算段を伝えようと大里を見る。怯えているのかと思いきや、なにやら眺めていた。それは、自身の発動できるスキルの表であった。
「スキル……ゲームでいえばステータスか…………」
「ちょっと、何してんのよ?」
「いや、使えるスキルが何か無いかと……」
「戦う気!?」
「いえ。」
「じゃあ、なんで???」
「
「??????」
「とりあえず、ここは…………………………」
「…………………………」
「………………………………って、感じで?」
「上手くいけば、良いけど。」
大里とキャコの会話の長さに痺れを切らし、調教師は選択を迫る。
「選べ選べ選べ選べ。どうするんだぁ???」
「僕ら、お金は出しません!」
「そうかそうかそうかそうか〜」
「生贄も、出しません。」
「ほうほうほうほう???」
「なので。」
「じゃあじゃあじゃあじゃあ。死ね。」
「え!早!!!!」
調教師が右手を二人に突き出すと、三体の魔物は動き出した。餌として食らおうと、大口を開けて突っ込んでくる。キャコは身構える中、大里はスキルを選択した。
《レジスタンス:ポイズンレジスタンス》
その瞬間、大里の体が光ったかと思うと、地面に魔法陣が浮かび上がってきた。大里を中心とした巨大な魔法陣は、魔物の足元にも到達していた。しかし、何も起こらない。光るだけで、それ以外には何も変化しない。
「なんだなんだなんだなんだ?何も起こらねぇな!」
「本当に大丈夫なの!」
「たっ、たぶん……」
調教師と魔物たちは、そのまま突っ込んでいく。キャコと大里は身動きが取れず、とどまるしかなかった。みるみる近づく敵に、キャコは爪を出し迎え撃つ準備をする。どんどんと、魔物たちは近づいてきた。が、あともう少しという所で突然、止まった。そして奇声を上げつつ、のたうち回りひっくり返った。調教師は放り出され、地面に転がった。魔物たちはピクピクと体の一部を痙攣させ、そのまま動かなくなった。
「なんだなんだなんだなんだ!!!何が起きたんだ!!!!!!」
「間に合った……」
「お前お前お前お前!何をした!!!」
「教えて欲しいんですか?」
「教えろ教えろ教えろ教えろ!!!!!!」
「なら……有り金、全部、置いてください〜」
大里は調教師を煽り返した。その言葉が怒りに火をつけ、調教師はナイフを取り出し走り出す。
「殺す殺す殺す殺す!!!!!!お前をー!」
「ひいぇー!」
大里は体を縮こませ、その場にしゃがんでしまった。ダッダッダッダッと地面を蹴る音が、徐々に近くなる。しかし、早い段階で音は消えた。大里はゆっくりと見ると、調教師は宙に浮いていた。いや、吹き飛ばされていた。キャコが爪で切りつけて、弾き飛ばしていたのだ。
「人間相手なら、簡単ね。」
「キャコさん〜」
「全く……なんで挑発するのよ?」
「すいません〜」
二人が並んで話していると、遠くで倒れる調教師が見えた。服にはキャコによる斬撃が、しっかりと刻まれていた。ゆっくりと、大里は近づいていく。調教師は、少しずつ後ろに下がる。
「やめろやめろやめろやめろ……助けてくれ〜」
「ふむ……まぁ、良いでしょう。」
「………………ホッ……………………」
「止血しないとね〜」
そう言って大里は、調教師にスキルを発動した。
《スーパーレジスタンス:ブリーディング》
魔法陣が傷口に、浮かび上がった。そして光ると、出血が止まった。
「はははは、止まった……血が…………」
「じゃ、そういう事で。」
「えっえっえっえっ!?!?!?」
大里たちは調教師を置いて、そのまま進んでいった。止血しただけで、それ以外には何もしなかった。調教師は追いかけようとするも、傷口が酷く痛んで動けなかった。
――――――――――――――――
「アイツ、あのままで良いの?」
「まぁ、動けないから大丈夫でしょう!」
「というか、アンタ結局なにしたの???」
「うーんと、まず魔物たちの毒耐性に耐性を付与したんです。」
「耐性に耐性?」
「えぇ。だから魔物は自分の毒を制御出来なくなり、自滅しました。調教師の方は、出血耐性を強く付与したので出血は止まります。けど、血が全く出ないから傷口は塞がらない上に、他は何も付与して無いので痛みは続くって感じです!」
「なるほど〜意外とえげつないわね。」
「ハハッ。向こうから仕掛けて来てますし。それに……」
「それに?」
「それに人は、殺したく無いので。」
「甘いわね!そんなんじゃ、生き残れないわよ?」
「手紙を届けるのが、僕らの仕事です。命を奪うのは、管轄外ですし。」
「へぇー、今日から仕事とのド新人が先輩に語るわね……」
「そっ、そんなつもりじゃ〜」
「まっ、アンタの言う通りね。」
「ホッ……」
「あ、もうすぐ配達先よ!」
「急げ急げ〜」
「あ、コラ!待ちなさーい!!!」
「はぇ〜、よく来なさったぁ〜」
「コレが、お手紙になります。」
「うにゃ〜、ありがとねぇ〜」
「失礼しますー!」
丸太小屋の老人に手紙を渡し、大里はその場を後にした。少し離れた所で眺めていたキャコが、声をかける。
「まぁ、接客は大丈夫そうね。」
「良かった〜」
「渡してる間に、ギルドに連絡しておいたわ。」
「いつの間に!」
「あとは任せて、今日森を迂回して帰りましょ。」
「もう、戦闘は御免です〜」
二人は並んで、道を歩いて行った、
――――――――――――――
「ほう、これが通報の有った悪党か……」
「ギルギルギルギル、ギルドマスター!」
「チッ……ウルセェな。」
「たたたた、助けてくれ!」
「だれが、
「!?!?!?!?」
「バレてんだよ……まぁ、殺すと情報が手に入らんからな。」
「待て待て待て待て!オレは知らん、何も……」
「そうか!なら、知るまで聞くだけだ。」
ギルドマスターは咥えていた煙草を、調教師の禿頭に押し当てた。ジュユウ、と肉の焼ける音が周囲に響き渡った。
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