完配に乾杯

 大里とキャコがポストオフィスに着く頃には、すっかり日は暮れていた。家路に急ぐ者や晩酌を楽しむ者まで、様々な様子の存在とすれ違いながら、歩いていた。建物の入り口には、ポストマスターが立っていた。

「お疲れ様です。」

「マスター、遅くなっちゃった〜」

「いえいえ、大丈夫ですよ。話は既に聞いてますから。」

「そうなの!」

「はい。ギルドの方から連絡が有ったので。無事で何より……」

「コイツのお陰だけどね。」

キャコは大里を指さした。まさか褒められるとは思ってなかったので、ぎこちない笑いを浮かべるしかなかった。

「それも聞いてます。」

「そっ。」

「ギルドマスターが、言ってました。『戦いに興味が有るなら、いつでも来い!』って。」

「あの人が!?珍しいわね〜」

「それだけ高く、スキルを評価してたのでしょう。」

「マスターは、なんて言ったの?」

「当然、お断りしましたよ。勝手にですが。」

「そうよね。」

マスターはキャコの後ろに立つ大里に、問いかけた。

「やはり、戦闘が中心のギルドの方が良かったですか?」

「いえ!戦いは向いてないのが、さっきの事件でますます分かったので。」

「そうですか!」

「むしろ、代わりに断って貰えて助かりました。また斬られるかもしれないと思うと、恐ろしくて……」

「その時は、スキルで剣どころか腕も折りましょう。」

「ひえ〜、物騒!!!」

「カッカッカッ!」

ポストマスターは、声高に笑った。その様子を見て、キャコは驚く。

「マスターって、笑うんだ……」

「私も生き物ですから、笑いますよ。」

「似合わな〜」

「これは、手厳しい。」

「とにかく、今日は疲れたわ。」

「そうでしょう。詳しいことは、明日にでも話しましょう。」

「お願いするわ。」

「夕飯を食べたら、各自、休んでください。」

キャコは振り返ると、後ろの大里に声をかける。

「さ、行くわよ!」

「ひぇ〜待って下さいよー!」

「急いで急いで!!!」

「はい〜」

階段を駆け上がるキャコに、大里はノロノロと付いて行った。ポストマスターは玄関で、手を振って二人を見送った。


食堂には朝とは違うメニューが多く置かれていたが、変わらずキャコと同じ物を大里は食べた。沢山の者たちが食事を取っていたが、朝とは違い余裕が有るのか、大里に話しかけてくる者も居た。

「オメェが新入りか!よろしくな!」・「ねぇねぇ、異世界人ってホント?」・「ギルドマスターに、一泡吹かせた上に認められたんだって???」・「これ、美味しいよ。」

「あ、あの……ええと…………」

大里の所へかわるがわる、絶えず訪れてはみな言葉を残すので、たじろいでしまった。キャコは眺めるだけで、特には手を差し伸べない。一通り盛り上がりが収まると、ようやく大里に声をかけた。

「大丈夫?」

「まぁ、なんとか……」

「朝は、どうしても忙しいからね。逆に夕方や夜は、暇になるし。」

「そういう仕事ですからね。」

「夜に配達する場合も有るから、今度、試してみる?」

「そうですね。慣れたら……」

「いつになるかしら?」

「それまで、ご指導よろしくお願いします!」

「えぇ、嫌よ。」

「そんな〜」

「ウソウソ、しょうがないわね。」

「ホッ……」

安心する大里に、キャコは水の入った器を差し出した。異世界のしきたりか何かだと思い大里が戸惑っていると、キャコは説明した。

「ほら、アンタも持つ。」

「はぁ……」

「で、よいしょと。」

「???」

キャコは自身の持つ器と、大里に持たせた器を軽くぶつけた。コンと鈍い音を立てて、器の中身の水が揺れた。大里が何の儀式かとキョトンとしていると、キャコは説明し始めた。

「これ、アンタの世界の儀式でしょ?」

「えっ、まぁ……」

「良いことが有ったりしたら、飲み物の入った器をぶつけるって。たしか……」

「乾杯、ですか?」

「そうそう!それそれ!!!」

「なんか、この世界独自の作法か何かだと思っちゃって。」

「違うわよ。アンタより前に来た転移者の勇者がやってたらしくて、流行ってんのよ。」

「へぇ〜」

「まぁ、アタシは他の奴とはしないけど。」

「えっ!僕だけ特別扱い……!」

キャコは大里を、軽く小突いた。

「違うわよ。アンタの世界の祝いの動きなんだから、やっただけよ!」

「で、ですよね〜」

「全く……」

「ハハッ……」

「スキル使ってる時だけは、カッコいいのに……」

「えっ?」

「なんでもない!」

「そうですか。」

「とにかく、食べたら寝る!そして起きたらマスターの所に、報告に行くわよ!」

「はい〜」

「ったく……」

「また、起こしてくれます???」

「甘えない。」

「すいません!」

キャコと大里は食事を終えると、食堂の前で別れた。それぞれ自室に入ると、すぐに寝てしまった。労働だけでなく、死や恐怖から与えられた疲労も有ったのだろう。


 大里が起きると、夜が明けたばかりだった。長い時間を寝ていたはずなのに、あまり疲れが取れていないように感じた。それどころか、ほとんど寝ていない様な感覚だった。

「寝たはずなんだけどな〜」

建物どころか、外から何も音が聞こえない。本当に静かな時間だけが流れていた。

「もう一回、寝るか……」

食事の準備の気配も無いので、二度寝をする事にした。どのくらい経ったのだろうか、気がつくと足音やら匂いが外から入って来ていた。その状況を楽しみつつ、大里は目を閉じていた。が、すぐに聴き慣れた声がかけられた。

「起きなさいよー!」

「うい……」

「なに、その返事……」

「起きてます起きてますから。」

「なら早く行くわよ!」

「……………………」

「どうしたの?」

「いや、起こしに来てくれたんだと思って。」

「べっ、別に起こすくらいするわよ!」

「昨日……」

「もう良いから、早く起きなさい!食堂に行くわよ!!」

「ひぇ〜」

キャコに毛布を引き剥がされた大里は渋々、起きることにした。昨日と変わらず、キャコと同じ物を選んで食べた。

「自由に食べなさいよ。」

「そうは言っても、まだ何がなにやら……」

「とりあえず全部を食べたら?」

「そんなに食べたら、苦しくなっちゃいますよ。」

「それもそうね。……あ、顔に付いてるわよ。」

「へ?」

キャコは大里の顔を拭く。

「全く。世話が焼けるわね〜」

「流石に、それくらいは自分で出来ますから。」

「そ?じゃあ、今日は一人で配達してもらおうかな〜」

「それは、まだ手伝いお願いします!」

「たく、しょうがないわね。」

「ヘヘヘ……」

食事を終えると約束通り、二人はポストマスターの所へと向かった。

「マスター、キャコと大里ですー!」

「どうぞ、入ってください。」

「「失礼しますー」」

二人が部屋に入ると、ポストマスターは座っていた。

「思ったよりも、早かったですね。」

「まぁね。コイツが思ったより早起きしたから。」

「そうでしたか。」

「で、昨日の事なんだけど……」

「それに関しては、もう大丈夫です。」

「えっ!?」

「ギルドの方から、より詳細な報告が有りましたので。それに我々の管轄から、かなり外れてしまう事態なので。」

「まぁ、魔物連れの悪党だもんね。」

「えぇ、なので。」

大里とキャコは、一安心した。また何か巻き込まれでもしたら、面倒だったからだ。

「とりあえず、昨日と同じ様に配達の練習をして下さい。」

「分かりましたー!」

「少ししたら、本格的に始動となります。」

「別の地域に行くんですね!」

「そうです!、頑張って下さい!!!」

ポストマスターの言葉に、キャコは驚いた。

「え!なんで!!!」

「何がですか?」

「どうして、私も行くのよ!?」

「言いませんでしたっけ?」

「聞いてない!!!」

キャコは机に身を乗り出し、ポストマスターに顔を近づける。

「コイツの教育係は頼まれたけど、別の地域に行くのは知らない!というか、別の地域は専門の担当者と仕事するって話じゃ!」

「えーとですね……確かにそれぞれの地域ごとの担当者と、一緒に仕事はしてもらいます。ただ、教育係というのは仕事全般のことなので、一緒に各地を回ってもらうという事です……はい…………」

「つまり大里に仕事を教えながら、各地を転々とする訳!?」

「はい、そうなります。お二人と現地担当者の三人で、配達する事になりますね〜」

「……………………」

あまりの事に、キャコは黙りこんでしまった。大里は申し訳なさそうに、口を挟む。

「なんか……すいません…………」

「別にアンタは何も悪くないでしょ。」

「いや、でも〜」

「何よ?」

「一緒に行くのが嫌なら、ここでキチンと学んで独り立ちしますし……」

「別に嫌とは言ってないけど!」

「えっ!」

キャコの意外な言葉に、大里は驚いた。

「一緒に行く事を聞いてなかったから驚いただけで、二人で仕事するのは別に良いわよ……」

「そうですか!」

「草の国で働いてるのも、

「じゃあ、一緒に来てくれんですね!」

「……ったく、しょうがないわね〜」

「ヤッター!」

「なに、そんなに私と一緒に居たいわけ?」

「はいっ!!!」

「なっ…………」

「朝は起こして貰えるし、食べ物も教えてくれるし、面倒は見てくれるし!」

「そっ、それ位は自分でしなさぁーい!!!」

「はひ〜」

キャコのもっともな指摘に、大里は腑抜けた返事しか出来なかった。そんな二人の様子を、ポストマスターは笑って見ていた。

「とにかく、話に齟齬が有りましたが、お二人で仕事をして貰えるなら安心です。大里さん、キャコさん、よろしくお願いしますね。」

「頑張ります!」

「フン、まぁ、しょうがないわね。」

「では、今日からしばらく練習をお願いします。私の方でも、やらなければならない事もあるので。準備が整い次第、ローゾを股にかける7番目の配達員として活躍していただきますので。」

「分かりました!」

「では、よろしくお願いします。」

ポストマスターは手を差し出したので、大里はガッチリと握手した。


 二人はポストマスターの部屋を出ると、郵便が置かれている場所へと向かった。その道中、喋りながら歩いていた。

「いやー、キャコさんと一緒に回れて良かったです〜」

「アンタ、本当に何も知らないからね。」

「えぇ、勉強させていただきます!」

「さっさと単独配達してくれれば、アンタの世話をしなくて済むし。」

「ど、努力します……」

「まっ、知識よりも先に大事な事が有るけどね〜」

「なんですか?」

「配達の速度ね。遅すぎて、私には退屈なのよ。」

「頑張ります!」

「私の腕が鈍る前に、慣れてもらうわよ。」

「はい!」

「じゃ、さっさと行くわよ!」

「ひー、待ってください〜」

キャコは廊下を駆けていく。遅れて大里も、続いていく。


二人の郵便配達は、始まったばかりである。

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