終演と終着
「ハハハ、よくもまぁ大口を叩いたね」
俺に注がれていた視線は、すぐに声のする方へと向けられた。
それはガラスの向こう。
魔王が居る工場の足場のひとつ。
そこにシルクハットをかぶった人影が見える。
「へイリー兄さん!」
ローラレイの呼び掛けに、俺は手に持っている縄の先を見たが、先を椅子にくくられていて肝心のヘイリーの姿はない。
「お前いつの間に!」
「ハハハ、縄脱けなんてお手のものさ」
そういえば彼の得意とする魔術は、手品の様な要素を含んでいたのを思い出した。
マントに隠れて姿を消したり、何もないところから銃を取り出したり。
「私もフミアキ君に賛成さ……こんな悲しい生き物はここで息の根を止めなければならない」
演劇のように声を張り上げ、おもむろにシルクハットを脱ぐと、その中に手を突っ込んだ。
「何をする気だ!」
彼の雰囲気に何かを感じ取ったのか、慌ててホーランドがガラスを割ろうとするが、剣が弾かれてしまう。
「防弾ガラスだよ、もっともそこのぽめらにあんのお嬢さんぐらいの力だったら割れそうだけどね」
白羽の矢を立てられたことでホーランドに睨まれても、プリンは動こうとはしない。
「私は、フミアキに賛成。あいつが魔王を殺すつもりなら止めないわ」
ガラスを挟んだ向こう側に、どうやって移動したのかも分からないが。
誰も追ってこないのを確認したヘイリーは、帽子の中からゆっくりと何かを引っ張り出した。
「なんだあれは」
アドルフが
だが俺にははっきりと分かった。
銃がある時点で、火薬も存在している。
ああいった大きなものを破壊するにはもってこいのアイテムを俺は知っていた。
「ダイナマイトか!」
「ご名答、フミアキ君はなんでも知っているね……本当に君はこちら側じゃないのか疑いたくなるよ」
驚いた様子をみせたへイリーだったが、どこからともなく取り出したマッチを、帽子のヘリで
「待てよ! お前はどうなるんだ!」
ダイナマイトがどういったものなのかを知っているのは俺だけだ。
あんな短い導火線で、彼が逃げきれるものだろうか?
「魔王は、国の大切な資源だ……それを独断で破壊したとなると、誰かが責任を取らなきゃならない」
ヘイリーはそう口にしながらも、導火線に火を近づけて行く。
「だがそれなら俺も……」
俺が言いかけた時には既に導火線に火をつけて、人差し指を口の前に立てた。
「俺が責任を取る。魔物に教えて貰ったこの知識も、一緒に葬らなければ……それが新しい火種になってしまう」
くしくもそれは、銃やダイナマイトが生活でなく戦争に使われる事を予見している発言だった。
俺がガンダルフ王にスクロールシューターを見せた時に
あの時どんな気持ちでそれを聞いていたのだろう。
彼が悪魔に魂を売ってまで手に入れた技術を、間接的にとはいえ、父親にまで否定されていた事になる。
使わなければいい、広めなければいい。
誰でもそう思うが「知ってしまった」以上、何かの弾みでつい使ってしまうもの。
俺がもうスクロールシューターを手放せないように。
それを分かっているから、彼は自分ごと闇に葬るつもりなんだろう。
導火線が短くなってゆく。
へイリーは、ひとつ向こうの足場に飛び移ると、もう魔王の真上に来ていた。
「ヘイリー兄さん!」
ローラレイの呼び掛けに一瞬立ち止まる。
そして口上を叫んだ。
「私はゾディアック・フォート! 人類の幕開けに盛大な花火を打ち上げて見せましょう!」
ひとつ大きくお辞儀をすると、そのまま魔王へと落下してゆく。
「あっ」
と誰かが言ったかもしれない。
しかしその瞬間轟音が響き渡る。
同時に堅牢に見えた防弾ガラスにヒビが入り、部屋全体が揺れた。
工場内では足場と共に、天井が崩れ始めたのが見える。
「ここも危ないぞ!!」
ホーランドの一声に、一斉にガラスを背にして来た道へと引き返せば。
最後の一人がその部屋を出た瞬間部屋ごと天井が崩れ落ちてゆく。
「大丈夫か金ピカ」
最後の一人というのはやはりレッキス。
アドルフが手を伸ばすと捕まってようやく立ち上がる。
手を貸したアドルフはそのまま、砂ぼこりと硝煙の匂いのする大きな部屋を見詰めながら溢した。
「もう俺たちが悩む必要はないってか。あいつが全部持って逝きやがった」
その苦々しくも讃えるような言葉に、誰も言葉を返さなかった。
ある人はホッとしたのかもしれないし。
ある人は絶望しているのかもしれない。
だが確かに彼はその全てを背負って消えたのだった。
こうして「完全なる人類の勝利」を納めた俺たちは。
誰一人話すこと無く地上まで戻っていった。
きっと一足先にフロントル魔法学園の生徒達は、日常に向けての帰路を辿っているはずだ。
彼女達にとって失ったものは大きい。
しかしあの勇敢で慈愛に満ちた背中を目に焼き付けた彼女達は、これからどう生きて行くのだろう。
鉄壁要塞のパーティーも2人しか残っていないが、仲間の亡骸と共に拠点へ戻るのだろうか。
パーティーは解散が決まっている。
ウィンガルの人望に人が集まってできたパーティーだったから仕方がないのだろうが。
そして俺たちは王都を目指している。
残念ながらへイリーが居なくなったために、城への直通回廊を見つけ出すことは出来なかった。
キマイラと戦った辺りから地上に出てきた俺たちは、久し振りに感じた眩しい太陽に目が眩んだ。
その目を細めると、遠く向こうに城が見える。
山肌に沿うように作られた白壁の尖塔が、俺達の帰りを待っている。
いや。
俺達のではない。
歩きだしたアドルフ、ローラレイ、プリン。
そして戸惑うアンゴラ。
「ちょっ、行かないの?」
その場に立ったまま動かない俺にぶら下がったまま、顔を上げて聞いてくる。
「ああ、俺はここまでだ」
その決意に満ちた言葉に、先を行く3人も振り返る。
「俺はここまでだ!」
強く言葉を発する。
そうしないと、震えた声になってしまいそうだったから────。
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