工場と決断

 ヘイリー・イスタンボルト。

 王都デッケーナに住むこの国の第四王子。

 ローラレイの実の兄にして、魔道研究の第一人者。


 その男が縄で縛られ、俺たちを先導させられている。


「本当に知っているんですか?」

 プリンは懐疑的な様子で、ヘイリーではなく俺に訪ねてくる。


「俺の予想だが、城の地下から魔王の居る場所は繋がっているんじゃないかと思ってる」

「じゃぁ魔王退治したらすぐに家に帰れますね!」

 余程疲れているのか、ローラレイは直帰できるのが嬉しいらしいが、問題はそこじゃない。


「文献かなにかでその隠し通路を見つけたんだろう。そうでなければ、一人でこの魔物の巣窟の最深部まで来れるわけがない」

「そこに話の分かるバアルが居たってことか」

 アドルフが俺の推測を補足する。


 それを裏付ける証人はだんまりを決め込んで、俺たちの先を歩き続けている。


「ヘイリーよぉ、お前まだ妹の事恨んでんのか?」


 アドルフが核心を突く言葉を放つ。

 ホント空気読まないよなぁ。


「なっ、そんなのっ! お前に関係ないだろう」

「ほら、焦ってるじゃん。そういうことはタイミング見て聞かないと」


 アドルフは俺の言葉にフンっと鼻を鳴らす。

「今聞かなくていつ聞くんだよ。魔王のところに着いたら着いたで、また別の問題があるわけだろ? 解決してじゃぁ帰りましょうってなった時に、関係性も分からない奴をローラと一緒に地上に戻すのか?」


「まぁお前の言うことも尤もだとは思うんだが……」

 俺はチラリとローラレイに視線を移す。

 金色の髪がいつものようにさらりとこぼれるが、その黄緑色の瞳は何処か虚ろな気がする。

 その表情に、俺もアドルフもこの先の言葉に詰まった。


「はぁ……」

 その間を埋めたのは、ヘイリーのため息。


「俺は悪魔に魂を売ってまで母を治そうとしていた……その努力が水の泡になったことは今でも腹立たしい」


 その言葉は恨みを吐くには多少憂いを含みすぎていた。

 だからこそ、その言葉の続きに彼の本心があると確信させるものがあった。


「俺のように他人任せにせず、自分の力で母を治した妹に当たるのはお門違いだってのも分かってるよ」


 安易な道を選んだ弱さ。

 目的を達成できなかった不甲斐無さ。

 それが彼を苛立たせているのは、彼自身も理解しているようだ。


 もちろん理解していても、何かのせいにしないと心が落ち着かないのだろう。

 しかし、そういった気持ちは時間が経てば風化するものだと皆知っている。


「まぁ罪悪感を抱えながら生きてもいいし、それを償って解放されてもいい。生きてりゃなんとでもなるだろ」

 確信は突いてるが、軽く流しすぎるアドルフの言葉で、ヘイリーとの会話は終わってしまった。


 願わくば、彼にも救いの機会があればと思う。



 俺たちがさっきまで戦っていた大きな円形の建物。

 入ってきたのとは真反対へぐるりと回ると、そこにはまた白い廊下が続いていた。

 左右はガラス張りになっていて機材等が置いてある部屋になっている。

 しかし、それを使用している形跡はなく、物置や住居のような乱雑な扱われ方をされているようだ。


 そんな場所を少し歩くと廊下の入り口と同じように、大きな扉が待ち構えていた。


「ここに魔王が居る」


 それだけを答えたヘイリーは、先んじて中に入って行く。



 その風景に誰もが言葉を飲み込んだ。


 部屋は思ったよりも小さく、目の前に沢山のモニターのようなものが並んでいる。

 その先がガラス張りになっていて、ひとつのある大きな部屋を見渡せる管制室のようになっていた。


 そのガラスの先は、沢山の足場が組まれており、忙しそうに働く魔物の姿がある。


「まるで工場だ」

 俺の呟きに、ヘイリーが頷く。


「あの中心にある大きな肉塊が、魔王と呼ばれている」


 それはもはや生き物とは呼べない。

 緑色の大きな岩のようにも見える。


「あれが魔王」

 誰と無く口にする。


「半永久的な食事と兵力の供給源、アレが無ければ魔王軍もこんな地下深くで増えたりは出来ないよ」

 ヘイリーの口数が多くなったが、その口調はどこか苦々しげに聞こえる。


「それを生かすも殺すも、俺たち次第だということか」

 アドルフが生唾を飲む。


「殺すべきだと思う」

 こういうとき話の主人公は最後に発言するのがセオリーではあるが。

 真っ先に俺は手を上げる。


「魔王が居なくなれば、戦いも終わる。だったら皆で協力して人間が住みやすい世界を作ればいいじゃないか」


 俺の国は飢えに苦しむ人間は殆ど居なかった。

 だから、甘いと言われるかもしれない。

 だとしても、魔王にすがって生きることが正解だとも思えない。


「共通の敵が居なくなれば、となりの国が領土を侵害してくるかもしれないだろ」

「ちょっと待てなぜお前がここにいる」


 話に入ってきたのはホーランド。


「我らスリーナイツは姫のそばに居るのです!」

「ストーカーやめて」

 静かに抗議するアンゴラ。


「しかし、そのイケメンの言葉にも一理ある」

 アドルフがそれに乗っかる。

「魔王をこのまま生かして置いて魔物だけ産み出させなきゃいいんだろ?」


「でもこの国で独占していれば、新たな火種に繋がるんじゃないの?」

 プリンもこう見えて脳筋ではない。

 いや、今はもう小柄な少女なのだけど。


「そらぁ他の国も欲しいわな、こんなお宝」

 レッキスが金色の鎧を着たまま頭を掻く仕草をするもんだから、カツカツと金属音が鳴り響く。


「そもそも制御できるんですかね?」

 小柄なフレミッシュがレッキスの陰で呟く。


 話は平行線を辿りそうだ。

 バアルに真実を話されたあとに、先行部隊が出した結論。「国の偉い人に決めて貰う」ってのが一番分かりやすいのかもしれない。


 いや。決めれる筈がない。

 自分一人の意見で、何万という国民が飢えるか、戦火に書き込まれる選択をしなくてはならない。


 その重責から無意識に逃げているのだ。


「俺はこんなもの認めない!」


 拳を強く握りしめ、震える声を発する。

 ここで逃げてはいけない。

 この世界は俺が書いた世界だ!

 俺がこの世界の続きを書くなら、こんなものを野放しにはしない!


「ビギナー村で俺たちを送り出してくれた村の人。

 セカンドの村から馬車に乗せてくれた御者さん。

 王都で生活している人々……。

 それぞれの純粋な笑顔が、こんな不条理なものの上に成り立ってちゃいけないんだ!

 彼らの幸せと笑顔は、彼らの生き様の上に成り立ってなくちゃダメなんだ!」


 きっと、この世界に来るまで考えもしなかった。

 それでも、沢山の人と出会って、別れて、そしてこの選択を迫られ吐き出した。


 今の俺の本当の気持ち。

 賛同なんてなくたって構わない。

 俺一人でも、この世界を正常なものへと戻してみせる!


 視線を一身に受けながら、俺は全てをにらみ返した。

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