犠牲者と進む者
はじめは怒号や指示が飛び交っていたこの場所も、時間が経つにつれてすすり泣きの声の方が大きくなっていた。
「フレミッシュ、お疲れさま。レッキスもよくやってくれた」
これ以上の仕事がなくなった、ホーランドが二人を労っている。
未だアンゴラは治療に専念しているが。
その精神的疲労から、声をかけて集中を乱すのは良くないと、判断したのだろう。
ちらちらとそちらを伺っては居るが、他のメンバーも近づこうとはしない。
そこに一人足りないのを知って、俺は目を伏せてしまった。
「フミアキ君……君の機転のお陰で助かった命があるんだ、そんな顔をするんじゃない」
突然ホーランドが俺の肩を抱き寄せる。
なんとか出来たはずのこの
肩越しに抱き寄せられたことで、彼の怪我から血の匂いを感じた。
彼の耳はもう戻らないだろうが、そんなことは些細なことだ。
「ですが、ロップさんが……」
スリーナイツ所属の魔法使いロップは、帰らぬ人となっていた。
生き返る魔法など、そんな都合の良いものはない。
俺が物語に登場させなかったのもあるが。
「必然」がそれを許すとは思えない。
「ああ。だが覚悟はしていたよ」
ホーランドの声は
それは異世界人である俺が特別なのではなく、目の前の落ち着いた大人でも同じような感情でいるのだと思わせてくれた。
少しだけ気持ちが落ち着いてゆくのが分かる。
俺はホーランドから離れて、鼻を
鉄壁要塞のメンバーは矢面に立っていた事から、その殆どが全滅。
全員を率いていたウィンガルも例外ではない。
2人程残っていたメンバーも、現実逃避しているのか、その目に生気はない。
フロントル魔法学校は守られていたのが幸いしたのか、その殆どが生き残っていたはずだが、生徒会長エンタルトを中心に囲んで皆が泣いている。
今回の戦いは、彼女達がカウンターを狙ったからこその辛勝だったと理解している。
どうやらエンタルトがその指示を出し、率先して隊列の前に進み出ると、魔法の方向を指示したらしい。
盾の中に守られていれば、闇雲に撃つしかなかった魔法を、確実に当てるために彼女は前に出たのだ。
何発もの羽を体に受けながらの必死の誘導にて、空飛ぶ魔物を打ち落としたが、彼女自身もそれ以上この世に留まることは出来なかったようだ。
彼女達は日々を学校という
あの時、生徒会長の言葉を聞いて引き返していればと嘆くものもいるかもしれない。
しかし、俺たちにとってあの反撃がなければ、もっと沢山の死者が出たかもしれない。
それを考えれば、彼女達がいてくれたことに感謝するしかないのだが……。
どう声をかけていいかすら分からない。
休憩がてら暫くそこで休むことになったので。
今のうちに俺は残った生まれたてのバアル達を処分することにした。
敵対する態度を取らずに、彼らを会議室の中に移動させ、外側から扉を塞ぐ。
「こんなもんでいいのか?」
アドルフが懐疑的に聞いてくるが、俺はわりと楽天的に考えている。
「分裂が出来るような生き物は、一見不死身に見えるけど、その体を構成するだけの要素がなくなれば大抵は死んでしまうんだ」
それだけではない、あの部屋の中で死んだものがいればその肉は腐ってゆくし、糞尿だってその辺にするしかない。
どんどんと環境が悪くなれば病気だってする。
そうやってジワジワと死に向かって行くようにしないと、バアルは倒せない。
「全滅する前に、扉を開けれたら生き残れるかもしれないけどね」
「後でここも岩かなんかで塞いどこうぜ」
よっぽど偉そうに講義を聞かされたのが不満だったのか、アドルフは許すつもりがないらしい。
まぁ俺も希望的観測を言っただけで、わりと早いうちに全滅するのではないかと踏んでる。
あんなに苦戦したにも関わらず、なんと惨めな最後だろうか。
一仕事を終えて戦闘のあった大広間に戻ると、帰り支度をしているチームがいた。
「フリオッシュさん達は帰るんだね」
生徒会長亡き今、自然とこの人が先頭に立つのだろうなとは思っていた。
ここに来る前までの自己顕示欲に満ちた表情から、落ち着いた雰囲気を醸し出しているのは、やはりエンタルトの死と、その意志を理解できたからだろうか。
「私たちはこの先へは行きません、もっとも、世界の命運を決めるなんて大それた仕事、実習のカリキュラムには入っていませんから」
笑顔を作る余裕はないようだが、それでも言葉で少しふざけるのは、きっと心配をかけないようにという配慮だろう。
「ああ、後は大人の仕事だから」
俺は握手を求めるために右手を差し出した。
彼女は胸を張ってそれを握り返す。
「君達がいてくれて本当に良かった」
「力不足……いえ、覚悟の違いを痛感しました」
だがその目にはもうアドルフ達と同じような覚悟の炎を宿しているように感じる。
そしてもう一組。
「ウィンガル隊長無くして鉄壁要塞は機能しません」
亡骸を運ぶには人数が少なくなりすぎたそのパーティーは、ここに残って回収部隊が来てくれるのを待つという。
「最後の仲間と一緒に俺達も地上へ出ます」
フルフェイスタイプの兜に覆われて見えはしないが、声だけは少し震えている。
彼らは今後どうするのだろう。
……いや、それは俺が考えてもしょうがないことだ。
それよりも今は考えなければならない事があるはずだ。
「俺たちは引けねぇよな」
立ち竦んでいた俺の肩にアドルフが手を乗せる。
「ああ。この物語の落とし前を付けに行かなきゃいけない!」
グズグズしていても仕方がない。
この先へ進むのは作者としての責任であり、この世界の必然との最後の戦いなのだから。
振り向くと、他のメンバーも揃っていた。
治療を終えたのだろう、ローラレイとアンゴラ。
その顔は笑顔ではあったが、疲労も見て取れる。
救う力を持ちながら、目の前で救えないものを看取るというのがどれだけ精神的に苦痛であるのかを、ありありと物語っているようだ。
プリンはその辺が吹っ切れているのか、はたまたそうあろうとしているのか、弱さを見せないように振る舞っている。
こんなときまで自分を偽らなくてもとは思うが、それが彼女の強さの秘訣でもあるのだ。
そんな皆と目線を合わせたあと、俺は口を開く。
「行こう、最後の場所へ」
格好良く決めたつもりだったが、皆困った顔を見合わせている。
「そのぉ、予言者さん。どこに行けば良いのですか?」
ローラレイが申し訳なさそうに聞いてきた。
「あ、そう言うことか。大丈夫既に案内人は確保してあるんだ」
俺は呑気にそう答えると、踵を返してさくさくと歩き始める。
ある一角で歩みを止めると、そこに転がる一人の男に、水筒の水をぶっかける。
少し意地悪に耳の穴を狙って。
「ぐっぶぁっ!」
慌てて飛び起きようとするが、後ろ手に縛られていて身動きが取れない。
「おはようございます、殿下」
俺の嫌味な呼び掛けに、ヘイリーは苦笑で返事をするのであった。
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