墜落と陥落

「貴様、なぜ気づいた!」

 肩で息をし、こちらを睨み付けるバアルがうめくように言葉を吐く。


 対照的に俺は呆れたように返事を返しておく。

「そりゃぁわかるだろ……最初にアドルフに切り殺されてから、増えない、起き上がらない死体なんて怪しすぎる」


 もちろんエコーロケーションで見れば死んでいないことも一目瞭然だ。


「狸寝入りならぬ、狸死に真似だな」

 俺は銃を構えてニヤリと笑って見せた。


 先ほどアドルフがその辺の武器をかき集めた際に、ヘイリーの持っていた銃も回収して来ていたのを、くすねておいた。

 やはり非力な人間は現代兵器に頼るに限るな。


「狸死に真似って、語呂悪ぅ」

「そこ黙っててくれませんかねアドルフさん」


 俺はちゃんと突っ込んでから、バアルへと向き直る。


「さて、お前を本当に殺してしまって、新しいバアルが生まれたとしよう……数百年の歴史を詰め込んだお前が居なくなったら、残ったバアル達はもはやお前と呼べるのかな?」


 きっと彼らはその永劫えいごうの時間、知識や価値観を受け継いで生きてきたのだろう。

 そういう意味ではひとつの「魂」が脈々と続いてきたと言っても差し支えはないはずだ。


 しかし、この瞬間、それが途絶えようとしている。

 生命体としてのバアルは続いていっても、その魂は受け継がれることはない。


 それを「死」と呼ぶ。


「ミラージュ! 俺を助けろ!」


 先程までの知的で落ち着いた雰囲気はどこへやら。

 何百年も死を意識しなかった生き物がそれを突きつけられるのは、いつもすぐ隣に死を感じている人間とは比べ物にならない恐怖なのかもしれない。


 しかし名指しされたミラージュは、助けには来なかった。


「ガルドも倒されて、バアル様もピンチとか……勝ち目無くない?」

 苦笑しながら吐かれた言葉にバアルは唖然あぜんとしている。


「でも負けっぱなしもしょうに合わないから、一発きついのをお見舞いしてあげる!」


 そう言うと、空中で静止して鉄壁の方を視界にいれる。


「魔法防護隊形!」

 盾を構える前衛に対して、集団の中から魔法防御の詠唱が聞こえてくる。

 構えた盾に属性の違うコーティングが貼られていく。


 あのミラージュという魔物がどういう属性の魔法を使ってくるか分からない以上、全属性でカバーするのは当然だろう。

 それぞれの属性がそろうフロントルの女生徒の声もしているので、万全の体制といえるだろうが……。


 何だか嫌な予感がする!


「撃たせちゃ駄目だ、ローラ、何でも良いから魔法を!」

「えっ、何でも!?」


 叫んでから己の失敗に気づく。

 彼女への指示はもっと的確に行うべきだった。

 自分が焦ってしまっては元も子もない。


「ウィンドカッター!」


 詠唱の早さをとったのか、そのときに思い付いたからそうしたのかは知らないが、そのチョイスが正解だったかは分からない。


「その程度で防げるかよぉ!」


 羽に当たる部分を大きく仰け反らせると、羽ばたくように目標へと向けた。

 ほぼ同時にローラレイのウィンドカッターが直撃するが、腐っても魔王軍四天王と呼ばれた魔物。

 一瞬よろめいたように見えたが、全くダメージになっていないようだ。


 ミラージュの羽ばたきによって、濃縮されたマナの塊が地上の人間に襲いかかる。


「羽か!」

 体に溜め込まれたマナの羽を高速で飛ばしているのだ。

「あれは魔法でも属性攻撃でもない!」


 俺が手帳でサイクロプスを殴ったように、マナの密度による物理攻撃。


「ぐわぁ!」

「どういう事だ!」

 悲鳴や苦痛の声が聞こえる場所では。

 万全の対策を取ったはずの盾を、羽が容易に貫通して行く。

 ただただ蹂躙されてゆく人間達の中から、力強い声が上がる。


「マテリアルカルテッド!」


 苦痛や絶望の声の中から4色の光の束が上空に放たれた。

 それは収束しながら、方向を変えミラージュの方へと向きを変える。


 危機感を覚えたのか、攻撃の手を止めその光から逃れようとするミラージュだったが。

 光は彼女を追いかけ、最後にはその片翼を焼き尽くして地面へと落下させた。


 しかし、これは相討ちだ。

 鉄壁やフロントルにもかなりの被害が出ているだろう。


「クソっ。甘かった!」


 俺は自分に怒りを覚える。

 バアルを逃がすわけにはいかなかった。

 彼が自分の知識のスペアを隠している可能性を危惧して、彼の反応を観察するのを優先してしまった。


 とはいえバインドバイン等で縛っておいて、先にミラージュ対策を考えるべきだったかもしれない。

 例えば疾風のなんたらの時のように、飛び回れないように機雷を設置しても良かっただろう。


 しかし、今ごろ考えても後の祭りだ。


 俺はその怒りを瞳に湛えて、バアルを睨む。

 その感情と銃口をバアルは本気で恐れている。


「じゃぁな、クソやろう」


 俺は彼の額に向けて引き金を引いた。

 爆竹を鳴らしたような乾いた音と共に、バアルがその場に倒れる。


 そしてその穴が塞がると、立ち上がって辺りをキョロキョロと見回しはじめた。

 しかしその目は野性的で、先程までの恐怖も知性もなにも感じない、別の生き物になっていた。


「怪我人の確認! 早く処置を!」


 ミラージュに狙われた集団から指示が飛ぶ。

 どうやらスリーナイツのホーランドは無事のようだ。


「俺たちも行こうぜ」

 アドルフの投げ掛けに一斉に頷くと、勇者パーティ全員で駆け寄った。


 遠くからでは分からなかったが、現場は悲惨そのものだ。


 羽は盾を容易に貫き、それを構えていた人間の体をも貫通していた。

 その穴は大きくはないものの、10や20被弾したものや、当たりどころの悪かった物が地面に横たわって動かなくなっている。


「レッキスは怪我人を運んでくれ、フレミッシュは危篤きとく性の高い人間を選んで教えてくれ!」

 ホーランドも頬骨から耳に向けて羽が当たったのだろう、美しい顔が血まみれになり、左耳を失っていた。

 他にも目立たないが、横腹、足等にも穴が空いており、彼自身も重症に見える。


「姫、よろしくお願いします」


 その中でも放っておけば必ず死んでしまうだろうと思われる順に治療が行われて行く。

 さながら戦場のような状況だ。


「ローラも回復に回ってくれるか」

 もとからそのつもりだったように、彼女は前に進み出て、フレミッシュの指示の元、ヒールをかけてゆく。


 この世界の回復は、無制限に修復するものではない。

 傷を負った人間のマナを操り、傷と傷を接着剤のようにくっつける。

 時には大きな血管を縫い合わせるように繋いでゆく。

 手術のように繊細な魔法なのだ。

 だからこそ戦闘中には使えないし、一人一人に時間がかかる。

 死に直結しない怪我人や、ヒールが間に合わないような人間は捨て置かれるか後回しにせざるをえない。


 そのまどろっこしさに焦りを覚えながらも、俺たちは俺達で、止血や蘇生を試みるしかない。



 魔王軍四天王は倒れた。

 しかしその代償は大きかったといえる。

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