悲惨と固執
「なんなんだこいつは!!」
誰からともなく悲痛な不満が漏れる。
頷くものは居なくとも、誰もがそう感じていた。
目の前のバアルを、ワカメ頭の剣士が2つに、そして4つに切り刻む。
しかし、そのすぐ後にはグチャグチャと膨れ始め、2人、4人のバアルがこちらへ襲いかかる。
統制がとれているかと言えばそうではない。
武器も増えるわけではない。
新しく生まれたバアルは無手で、しかも野性的に襲いかかってきた。
殴る蹴る、噛みつく引っ掻く。
まるで子供の喧嘩のような戦い方ではあったが、単純に数が多い!
魔王のように、DNAを改造して生まれた生き物であれば、他の生き物の特性を受け継ぐことができるのではないだろうか。
かねてから、このバアルという小鬼は、その複製を作り上げていた。
それぞれが独自思考するように動き、まるでクローン人間だ。
「──フミアキ君!」
すぐ顔の横で怒号が飛ぶ。
同時に目の前まで飛びかかってきていたバアルが剣の腹で横に吹き飛んで行く。
「何をぼけっとしているんだ」
俺が顔を向けると、俺の体を左手で抱えながら、ホーランドが肩で息をしている。
「すみません、少し考え事を……」
俺の言葉に、ホーランドは肩に回した手をのけると、微笑みながら語りかける。
「予言者としての次の一手が出てくるのであれば、俺が君を守ろう」
栗色の髪と同じ色の目でまっすぐに見つめながら俺に話しかけている。
イケメン過ぎて惚れそうなんだが!
そういう間にも、ホーランドはブロードソードの腹でバアルを薙ぎ払ってゆく。
「切ってしまうと増えるから、打撃で動きを止めているんですね」
「だが焼け石に水のようだな……」
彼が剣で指し示してくれた方向に目を向ける。
そこには完全に首が90度曲がったバアル。
しかし、その首がモコモコと膨れると、頭が元の位置に戻って立ち上がって来た。
「致命傷すら回復してしまうのか」
その状況がもたらす悲劇を考えると同時に、思い描く最悪の光景が目の前で始まった。
ハァハァと息を切らしたワカメ頭の男が、目の前のバアルを撫で切る。
そのバアルが倒れたと同時に、目の前には2匹の小鬼。
振り切った刀を戻す力がなかったのか、左腕で一匹を殴り飛ばす。
しかし、もう一匹がその腕に噛みついた。
「ぐわぁぁああ!」
腕の肉の一部が噛み千切られ、血が滴り落ちる。
それを反対の手でかばったのが悪かった。
背中、太もも、脇腹。
あらゆる部位にバアルが歯を立てる。
生きながらに食べられる苦痛の顔。
悶絶して倒れる仲間。
あちこちで力尽きた人間の弱々しい悲鳴が聞こえるようになってきた。
一瞬その美しい顔を歪めたホーランドは、指笛を小さく鳴らした。
間を置かずして、小柄なフレミッシュが乱戦から抜け出てきた。
その次に、バアルに飲み込まれた人間ごと弾き飛ばしながら金の鎧を纏ったレッキス。
そして空いた道を魔法使いが通って来ていたが何やら呪文を唱えているようだ。
「ファイアーボール」
唱えた魔法がレッキスの背中に直撃。
「ぐわっ! 何しやがるロップ!」
「いや、レッキスの背中に3匹もバアルが居たんだよ」
レッキスが振り向くと、その反動で焼け焦げたバアルが3匹地面に落ちる。
「直接俺ごと焼く奴があるかよ」
「まぁまぁ、熱くはなかったでしょ」
そういう問題ではないと思うが。
とにかくスリーナイツの面々がここに揃ったわけだ。
「で、リーダー。なにか策はあるの?」
ロップと呼ばれた魔法使いが、マジックハットの下のメガネの位置を直しながら訪ねる。
しかし、イケメンの表情は思わしくない。
こうして見ていると、アンゴラから聞いた「ストーカーの集まり」という表現は似つかわしくないように思える。
それぞれがしっかりとした働きができる、かなり纏まったパーティだ。
「策はない」
少しの間思案していたホーランドは苦々しく口を開く。
「私としては、姫を助けだし、ここから一旦引きたいと考えているのだが」
姫?
「いくら焼いてもキリがないし、それがいいと思う」
「鎧を着ているから噛みつかれるのはどうってことはないんだが、かといって死なないんじゃ疲れて動けなくなっちまう」
「……姫、連れて、帰ろう」
返事は三者三様だが、おおむねリーダーの意見に賛成している様子だ。
その言葉を聞いたホーランドはくるりと俺に視線を向けると。
「というわけでアンゴラ姫を引き渡して貰いたい」
「いや、それは無理だよ。あのグループには回復役が必要なんだ」
俺は鉄壁と学生のいる場所を指差す。
「そうか、姫はあそこにいるのか」
俺の言葉を理解することなく、ホーランドは何かに取り憑かれたように歩き始めた。
きっと力づくでも引き剥がして連れて帰ろうとしているのだろう。
うん。こいつらやっぱりどっかおかしい。
こういう強引なところがストーカーたる所以なのか。
しかし、彼女がいないと困るのは本当なので、俺はホーランドの腕を掴んで止めた。
つもりだったが、彼もかなりの経験値を蓄えているのか、びくともしないどころか、歩くために振っている手に引っ張られて俺が転がってしまった。
「止めるのですか、その細腕で」
転がる俺に対して見下すような視線を投げるイケメン。
「この状況を打破するためには彼女が必要なんだ!」
格好良く叫んでみるけど、未だ俺は頭を下にして転がっている。
「この状況を? 勇者パーティーの戦力は青鬼にかかりきり、フロントルは未だ魔法を有効に使えない。そして私達は増え続ける敵に手も足も出ない」
「逃げるが勝ちじゃない?」
魔法使いも横から茶々を入れてくる。
だけど、俺が描く物語は絶対にこんな終わり方はしない!
思考をやめるな。
物語の続きを書くんだ!
俺はごろりと体を転がらせてから起きる。
「バアルの増殖だが、少し引っ掛かっているところがあるんだ」
何となく、決め顔でそう言ってみた。
まだ考え中なんだけど……。
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