指揮力と増殖

 いつのまにか先行部隊は二つに分かれていた。


 ひとつはその場に残って、戦っている者たちの支援をと考えているグループ。

 もうひとつはすぐにでもここを離れて、逃げ出そうとしていた。

 ここで逃げるような根性の者達が奇襲されれば、ひとたまりもないだろう。


 そんな奴ら見捨ててしまえば良い。

 この世界で生きる者ならそう考えるだろう。


 しかし残念ながら俺は既に体が動いていた。

 追い風の魔法に体を押されながら、言葉通り風のようにその場所へと駆けつけると、そのまま手帳でバアルを殴った。

 小鬼の顔はくしゃりとつぶれて、なんの抵抗もなくその場に転がった。


「パーティごとに陣形を組み直せ! 一体一体は強くないぞ!」


 俺の怒号で、少しだけ怯えを吹き飛ばせたのか、浮き足立っていた彼らの両足が地面に付いた気がする。


 盾で殴り返す者、刀でナイフを弾くもの、魔法で動きを縛るもの……一度落ち着いてしまえば対応できる者も少なくないようだ。


 そこに更に先行部隊の残りが駆けつける。

「おいお前、アンゴラちゃんは居ないのか?」

 その声に振り向くと、全身をゴルドノイドの鎧で固めた重戦士がいた。


「君は、アンゴラの元パーティーの……」

「レッキスだ。……居ないようだな、仕方ない」


 彼はそのまま会話をするのをやめると、人を押し退けて最前線へと踏み込む。

 遅れた仲間が3人、俺の近くへと寄ってくる。

 他の二人に目配せをすると、さっと二人も乱戦の中へと消えて行く。


 一人残った男が、落ち着いた口調で話しかけてきた。

「貴方が指揮をられるのですか?」

 高身長に細面ほそおもて、栗毛色のウエーブが掛かった髪に、整った顔立ち……イケメンという言葉がぴったりな男だ。


 見とれていたのもあるが、彼の言葉にも一瞬悩んでしまった。

 そのタイムラグに、少し落胆した雰囲気の彼は俺の返答を待たずに声をかけてくる。


「私はスリーナイツのホーランド。良ければ指揮権を私に委譲いじょうしていただきたい」

 その言葉にうんうんと即頷いて返す。


「分かりました、ではこちらの小鬼達は私が引き受けましょう」


 スリーナイツといえば、アンゴラを中心に固まった、いわばストーカーの集団だと聞いていたが。

 この男は人を率いるだけの器であるように思えた。


 バフォメットには負けたかもしれないが、死なずに生き残ったというだけでも、かなりの強さであることは確かなのだろう。

 助けに入ったのがアドルフであったことも、彼が強運すら持ち得ている証拠とも言える。


 ホーランドは乱戦を確認するためこちらから視線を外すと、ものの5秒でそれを見極めたのか、指笛を吹いて手を上げる。


 その瞬間、先に飛び込んだ小柄な男性が、魔法使いのような人物を引っ張り出して来る。


「フレミッシュ、回復役は居たか」

「ええ、アンゴラ様ほどではないですがね」

 引っ張り出された、のはまだ年若い男子。

 突然の出来事におろおろしていたが、駆け寄ったホーランドになにかを話しかけられると、杖をギュッと握って強く頷く。


「フミアキ殿、ローラレイ殿。この子の護衛をお願いできるか?」


 くるりと振り返る彼に頷くと、彼もまた乱戦の中へと潜り込む。

 先のゴルドナイトの戦士と違って、人にぶつからないように、ヒラリと避けながら消えていった。


 俺は周囲を警戒。

 ローラレイちゃんは少しでも戦況を良くしようと、見えている人に一人づつ強化のエンチャントを付与していく。


 1分程経った頃、少し団子が大きくなったような気がした。


 既存のパーティーや、能力的に会いそうな人材が一塊になって点在する形になりつつある。

「あのイケメンやるなぁ」


 あまり密集が強いと、高威力の魔法も放てない。

 かといって誰かに守られないと詠唱も出来ない。


 ホーランドはそれを見極め、即席パーティーを作っていった。

 そして魔法使いがようやくその本領を発揮し始めたように見える。


 隙間が空いたことで、一番後ろにいた俺にも戦況を理解することができるようになった。


 人間達は5人組が10組程出来ている様子。

 それが扉から溢れてくる小鬼を各個撃破して行く形になっている。

 その隙間を縫ってホーランドが走ると、バアルは血を上げて倒れる。

 同時に、近くのパーティに声を掛けたのだろう。

 その一組が後ろに下がってきた。


「回復お願いできるか?」

 さっきまで一番偉いみたいな顔をしていた、ワカメのようなうねった髪の男が、脇腹から血を流して戻ってきた。


 フレミッシュが連れてきた回復役がそれを癒す。


「長期戦になりそうなので止血だけですけど」

「ああ、十分だ。助かる」


 そういうとまた、押し出すように団子の後方で漏れてきた敵を倒しに行く。


 ものの数分で意識をひとつにさせた彼の手腕は素晴らしいの一言だ。

 あれでアンゴラのストーカーじゃなければ、完璧人間なんだが……まぁ欠点というのは誰にでもあるもんだな。



 ひとまずの危機を回避したことで、俺は他のメンバーも気になった。

 鉄壁要塞が守るフロントル学園は、盾の隙間から魔法を飛ばして応戦している様子だが、膠着した状態に見える。


 そしてプリンとアドルフは、バアルが居なくなったことで、大きな金棒を持つガルド相手に善戦しているようだ。


「ミラージュ! このすばしっこいやつを何とかしろ!」

 怒りと苦悶の表情で叫ぶガルドに、返すミラージュの大声。

「バカ言わないで、こっちの牽制やめちゃったら、魔法にも狙われちゃうでしょ!」


 確かにミラージュの動きであれば避けることは出来ても、あの巨体ではフロントルの合成魔法は避けれないだろう。時間さえ掛ければ押しきれるか?


「くっそバアル!! 遊んでないで本気を出しやがれ!」


「仕方ないですねぇ」


 怒り狂うガルドの声を受け。

 地面に転がったバアルの生首が、一斉に喋り出した。


 それは頭部を中心に、一人のバアルへと変貌してゆく。

 剣士によってバラバラ死体にされた肉片も、その一つひとつが一匹の小鬼の姿になってゆく。

 俺たちはその狂気じみた状況をただ見守ることしか出来なかった。


「さぁ、蹂躙しましょう」

 一斉に唱和される言葉と、笑い声が広い地下空間を埋め尽くしたのだった。

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