敵対と開戦

 燦々と照らされる電光の下。

 それは暗く陰湿な雰囲気をまとった嫌な笑い声。


「いや、失敬。あまりにも殿下が惨めなもので」


 それは小鬼、バアルだ。


「壁に耳あり障子に目ありだな……干渉しない約束じゃなかったっけか?」

 警戒するようにアドルフが一歩前に出る。


「そういうお約束でしたが、覗かずに居られませんよ……こんな茶番劇は」

 愉快そうにその口許を耳までニヤリと裂けさせる。

 真摯そうに見えてもやはり悪魔か。


 同時に奥の扉を、勢い良く開け放って入ってきたのは。全身を筋肉で肥大させた青鬼。

 サイクロプス程度の大きさだが、威圧感がまるで違う。


「だからお前のやり方はいつもまどろっこしいんだよ!」

 好戦的に指をポキポキ鳴らしながらズンズンと進んできた。


「もう、ガルズはおこりんぼさんなんだから」

 女性のような声がした方向を探ると、青鬼の肩に人間サイズの羽の生えた生き物が乗っている。

 その体は透けていて、空気の歪みのように認識できる程度だ。


「ああ。そうだとも。もう何百年怒り続けてるか忘れちまったぜ」

 会話をしながらもバアルの隣まで来ると、こちらとにらみ合うように足を止めた。


「あなた方の言う魔王四天王……魔王様は話の通りの方なので、実質的な戦力で言うとトップの三人ということになりますね」


 不敵に笑うバアル、そして確実に強者である青鬼。

 まるで地面に寝かされて居るところに、ロードローラーが迫ってきているような、どうしようもない恐怖感。

 次の瞬間には、血のしたたが出来上がるイメージしかない。


「三天王だろ?」

 それなのに挑発するアドルフ。

 お前絶対どっかネジ外れてるぞ!


「いちいち突っ込まれると面倒なのでこうしましょう」

 事も無げにバアルは二人に増えて、実質4人。

 さすがのアドルフも苦笑いだ。


「最初からこうすりゃぁ良かったんだよ」

 ガルズと呼ばれた鬼はその背中に隠れていた巨大な金棒を引っ張り出す。


「知っているでしょう、私が愚かな人間の同士討ちを見るのが大好きなのを」

「バアル趣味悪ぅー」

 ガルズの肩から非難が飛ぶが、バアルは気にも留めていないようだ。



「俺もごちゃごちゃ考えるのは苦手だ。お前らをぶっ倒してそれから改めて話せば早いんじゃないか?」

 と返すのはアドルフ。

 この悪魔のモチベーションについていけるのは、彼だけだろう。


「私もイライラしてた所なんですよね」

 あ、プリンも居た。


 一触即発の雰囲気に、こちらも戦闘態勢に入る。


「ローラ、バイタルアップを、アンゴラは加護と障壁を!」

 俺の指示に早速アンゴラが詠唱をはじめる。


 しかし、ローラレイは直ぐには魔法を唱えず、困った顔で俺を見て言った。

「先にフミアキに回復をしなくて良いの?」


 そういえば俺はヘイリーに撃たれていたんだった。

「ああ、大丈夫だ。偶然腹に仕込んでおいた腹筋のお陰で無傷さ」

 心配はいらないと、とびきりのギャグをかましておく。


「まぁ! それなら安心ですね」


 いや、そこは突っ込むところなんよ?

 アドルフだったら突っ込んでくれただろうが。


「……本当は、偶然これに当たって防いでくれたんだよ」

「手帳?」

 俺が懐から取り出した物を見て、聞き返すローラレイだが、一瞬首をかしげる。

 あ、そっか。マナを見るモードじゃないとこれが恐るべき経験値の塊だってのは見えないんだっけ。

 普通の手帳が鉄砲防げるわけ無いよな。


「なぁんだ、ビックリしました。それなら安心ですね!」


 ネタで言ったわけじゃないけど、ここも突っ込むところだよ。可愛いからもうそれでいいや。


「とにかく俺は良いから、二人にバイタルアップ!」

「あっはい、そうでしたそうでした」


 ローラレイは焦りながらもちゃんと二人に魔法で身体強化を施した。

 その頃にはアンゴラも障壁を張り終わったらしく、無言でこちらに頷いた。



 何がきっかけかは解らないが、突然アドルフの姿が消えると、バアルの体が二つに切れた。


「早いじゃねぇか」

 青鬼は動作が終わったアドルフ目掛けて棍棒を振り下ろす。

 早さもあるが、あの豪腕から繰り出される一撃を受け止める事が出来るのは……

 ガキィン!

 火花とともに固い金属がぶつかる音がした。


「プリン!」

 アドルフとの間に、金色の大剣を持つ少女が割り込んでいる。


「押し返してくるか、人間族の女にしてはなかなかやるな」

 愉快そうに金棒を担ぐが、これが彼の構えのスタイルなのだろう。

 プリンは先手必勝とばかりに横に剣を振り回したが、ガルズは巨体に似合わぬ俊敏さで後方に飛んだ。


「ちょっと、この私を振り落とす気!」

 またもや非難の声が上がる。


「ミラージュも戦え! 耳元で騒がれると敵わん」

 手で虫を払うようにして、ミラージュと呼ばれた人間大の生き物を肩からどかすと、それはふわりと空を飛んだ。


「まぁたまには運動もしなきゃだよね」

 そうミラージュが口走ると、その体が消えた。


 いや正確には初めから透明で見えにくいにもかかわらず、高速で移動したため補足できなかった。


「キャァアアアア!」

 俺たちの背後で声がする。

 この状況に手を出しあぐねいて居たフロントル魔法学校の生徒の一人が、首から上を失くして膝からがくりと崩れ落ちるところだった。


「密集隊形!」

 状況を飲み込んですぐに動いたのは鉄壁要塞。

 学生達を中心に盾で囲んでゆく。


 その間も何度も攻撃を加えられていたが、うまく盾でいなしているようだ。


 わずかな時間でいくつかのグループに分けられてしまった。


 そして俺たち3人がどう動くかで戦況が変わるのは間違いないだろう。


「アンゴラ、透明な奴の攻撃を防げるくらいの障壁を俺たち全員にかけてくれ。ローラは追い風の魔法を俺に」


 追い風の魔法、それをかけてもらった俺が無茶をしなかったことがない。

 ローラレイは一瞬だけ躊躇ためらったように見えたが、ひとつ頷いて顔を上げると、その目は決心した眼差しになっていた。

 やはり彼女ももの物語のヒロインって事だ。


「フォローウィンドウ!」

「エッグシェルター」


 卵の殻のような形の透明な膜が一瞬ふわりと光って形成された。


「アンゴラは鉄壁の中で怪我をしたものがあれば順次回復をしてくれ」

 相変わらず表情筋が死んでいるが、親指を立てると早速走って輪の中へと向かう。


 途中ミラージュに攻撃されたものの、卵の殻の障壁が2枚割れたところで滑り込めた様子。


 俺はそれを確認して一息付くと、戦況を見渡す。


 青鬼はプリンへとその棍棒を振るい、それを弾きながらプリンも応戦している。

 透明な魔物は未だに空を飛び続け、執拗に盾の隙間を狙っているようだ。


 赤鬼は二匹いたうちの一匹を切り裂かれたにも拘らず、不適な笑みをアドルフに向けている。


「気に入らねぇ顔してんなよ」

 アドルフが毒付きながら刀を袈裟懸けさがけに振るう。

 その刀はなんの抵抗もなくもう一体のバアルの肩口にめり込み、先ほど同様簡単に崩れ落ちる。


 しかし、俺もアドルフも嫌な不安を拭うことはできなかった。



「ぎゃぁぁあああ!」


 唐突に別の方向から叫び声が聞こえ、俺たちの不安が的中したことを知る。

 そこには先行部隊の数人が、赤鬼の集団に惨殺される姿があった。

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