銃と揺さぶり

 神話の勇者の末裔が、王都を統べるイスタンボルト家。


 突拍子もないと言われればそれまでかもしれないが、この世界は俺が思い描くストーリーの先にある。

 だったらきっとそこに攻略がある筈だ。


「ガンダルフ王は、剣の才能があったんじゃないか?」


 俺の問いに対して、プリンが答える。

「ええ、類い希なる才能があったって聞いているわ……そしてその腕を親友である、グリンチ=フォン・ハルデバルドと競いあっていた」


 幾人かが頷く。

 きっと広く知られた噂なのだろう。


「王妃カラミティ、そしてその親友の大魔法使いラーミカ……一市民が夫婦揃って子供の頃から、王族と仲良しこよしってのは、良くあることだと思うか?」


 今度のその問いには頷くものはいない。

 ここから導き出されるのは。


「希代の英雄であり、アドルフの両親。この二人も神話の勇者の血を受け継ぐ者達だったんじゃないか?」


 俺の言葉に異論の言葉がでない。

 状況証拠だけでしかないが、色々な点が繋がり始めたのかもしれない。


────パチパチパチパチ。


 そこに響いた場違いな拍手。

 そしてその主は今までそこに居たようで居なかった人物。


「いや、素晴らしいなフミアキ殿は」


「……ゾディアック・フォート!」

 そこには白いタキシードにシルクハットのいかにも胡散臭い佇まいの紳士が立っていた。


 いや、分かっている。

 俺はこの違和感に気づいていた。

 何故この男が、ローラレイを姫と呼んだのか。

 そしてその理由が繋がっていた。


「──いや。ヘイリー・イスタンボルト殿下!」


 その言葉に、さらに笑みを深くしたゾディアックは、シルクハットを取って顔を見せた。

 不思議な事にさっきまでの顔と、帽子を取ったときの顔が別人になっていた。


「ヘイリーお兄様!?」

 それに驚きの声を上げたのはローラレイだ。

 俺と二人、この人物を前にして会食をした日の事を忘れていない。


「やぁ、ローラレイ久しいね。お母様のご病気を治してくれてありがとう……いや、お礼を言うのは筋違いかな。元々は君が撒いた種を自分で刈り取っただけなんだからね」


 その声にはとげがあり、もはや愛する家族へと向けられたそれではなかった。

 その憎悪にも似た感情に、数歩後ずさるローラレイ。

 しかし、グッと踏み止まると、口の端を噛んで声を発する。


「説明してください、何故お兄様は顔を隠してまで新しい魔道の研究をなさっていたのですか!?」


 ローラレイの目の前にいるのは、憧れの魔術のカリスマであり、実の兄。

 尊敬や愛情を抱いていると言ってもいい。


 だがその感情を向けられる事を心底嫌がる様子で、大きくかぶりを振った。


「忌み子が! 私を兄と呼ぶな!!」


 完全な拒絶。

 そしてその口から出るであろう言葉はきっと深くローラレイを傷つける。

 それが真実であろうとも、だ!


 俺はもともと彼のだったマントを肩からはずすと、右手でガンベルトからスクロールシューターを抜く。


「ウィンドカッター! って言わなくて良いんだっけか……」


 放たれた風の魔法は、憎しみを混めてローラレイを睨むヘイリーへと覆い被さった。


「おっと失敬、返却しておかなきゃと思ってたんだ。クソダサいマントだが、お前には似合ってるからな」


 あれ、俺口悪くない?

 アドルフの隣に居たからうつっちゃったかも?

 やだなー。


 プルプルと怒りに震える目が、ローラレイから外れた。

 俺の意図を察したのか、プリンはローラレイの腕を引いて下がらせる。


「貴様……王子である私に向かって無礼な事を!」

 血管が切れそうになるほどに、頭に来ているのが手に取るように分かる。

 バーカ、ローラレイの手にチューしたお返しだ! 


「お前なに言ってんだ、人前で顔を出せないから変装して名前を変えて彷徨いてたんだろ? それなのに今は王子として扱って欲しいのかよ、とんだ我が儘だなお前」


 時間を稼げ。

 そして考えろ。

 奴がここにいる本当の理由を。


 が作り出す彼のを!


 俺の物書きとしての脳がフル回転して、導きだした答えは……。



「王妃の体を治す方法を探すために城の書物を漁っていたら、魔王が城の地下深くに居ることに気づいたんだろう。無限の可能性を秘めた魔王に可能性を感じてここまでたどり着いた、とかそんな所だろ?」


 俺の推測にヘイリーは苦々しげに口を曲げる。


「本当に……君はなんでもお見通しなんだな」


「予言者だからな」

 俺は不適に笑い返す。

 この推測から先の事はヘイリーの心の動きだ。

 それをさらけ出すには揺さぶりをかけるしかない。


「いや、いまのは予言じゃねぇだろ」

「大事なところだから突っ込むの無しだぜアドルフ」


 ほんと空気を読まないやつだ。

 あ、でも突っ込みってついやっちゃうんだよな。

 アドルフに俺の突っ込み癖がうつったかもな。


「つくづくコケにしてくれるっ!」

 ヘイリーは懐から黒い塊を引き抜いた。

 そしてその引き金を引いた瞬間、パァンと渇いた音が鳴る。


 そこに居る誰もが、それを魔法だとは思わなかったのだろう。詠唱も無ければ、魔力の収束すら感じないからだ。


 俺だけに理解できる凶器。


「銃──だと!?」

 腹部に強烈な衝撃を受けて後ずさる。

 そのまま後ろに尻餅をついてしまった。


「嫌ぁ! フミアキッ!」


 この世界の住人はプリンの叫び声が響いたことでようやく、ヘイリーの魔法が何かを起こし、俺を害したのだと理解するに至った。


「それはフミアキのスクロールシューターか!」


 聡明なアドルフはそう結論付けた。

 確かに俺はこの道具を真似て作ったからな。

 しかし、本物が実在するとは思っても見なかった。


「ああ、そんなおもちゃを見せびらかしていた奴がいたな」

 ヘイリーは得意気に笑うと、もう片方の手にも同じものを持った。


「お前は必死で治療法を探した、文字通り悪魔に魂を売ってまでも……」

 俺は推論の続きを語りながら立ち上がる。


「痩せ我慢も程ほどにしておけよ、口だけ予言者が」


 もう一度彼が俺に銃口を向けるが、目の前にドラゴンスレイヤーを盾代わりにしたプリンが立ちはだかる。


「フミアキ、お腹大丈夫?」

「なんだよプリン、心配してくれてんのか」

「べっ、べつに、気になっただけよ!」

 それを心配と言う気がするんだが……

 プリンはこっちを見ること無く、ヘイリーの魔法を警戒している様子だ。


 心強い盾を信用して、更に俺は揺さぶり続ける。


「自分の何かを捧げてでも、と考えていた矢先。元凶であるローラレイがフラりと現れ、そしてサラッと解決して行ったんじゃ、お兄様も面目が立たないよな?」


 推論の続きは効果覿面てきめんのようで、ヘイリーの表情が勝ち誇った顔から一気に赤くなってゆく。


「貴様何をペラペラと!」

「否定しないんなら大筋合ってるんだな」


 その言葉に対しても否定をしない。

 ただ、プリンが隙を見せれば直ぐにでもこちらへ凶弾を放つつもりでは居るのか、目が血走っている。


「それとな。お前は努力した人間を舐めすぎだ」


 俺が目配せすると、引き金を引くよりも早くアドルフがその銃を蹴りあげた。

「なっ!?」


「なっ、とか言ってる場合かよ」

 アドルフはくるりと体を反転させると、ヘイリーの脇腹に横蹴りを食らわせた。

 くの字に折れ曲がりながら吹っ飛び、地面を転がるヘイリーに同情するものは居ないだろう。


 既存の魔法とは全く違う魔術を使うというふれこみは、きっと彼が悪魔から借り受けた科学の力の一端だったに違いない。


 だがこの世界にはこの世界の理がある。

 それを解っていない人間が持つ力など、猫に小判に他ならない。


 あっけなさ過ぎる幕引きだったな。

 その思いを掻き消すように、この空間に笑い声が響き渡った。

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