喫茶店と推論
「さて、私の昔話は以上でございます。あとはこれからどうするのかを、中庭の席でお話しください。お飲み物もお出ししますので」
バアルは演説台を飛び降りると、手を後ろ手に組んだまま出口へと歩きだした。
俺たちはなにも言葉を発することなく、それに続く。
そのまま廊下を渡って、中庭のテラス席の方に進むと、既に何人もの人間が座っている。
その顔は一様に堅く、この光降り注ぐ綺麗な雰囲気とは似ても似つかない。
「あれは先行部隊ですわ」
生徒会長のエンタルトはその集団に見覚えがあったのだろう。
確かに、よく見ると宴会の日にスイーツを囲む彼女達を囲んでいた顔がいくつかある。
きっと俺達より先に通されて、お勉強した後なのだろう。
小鬼に
その場違い感に苦笑すら漏れでてしまった。
ガトーショコラにパンケーキ?
ジンジャーエールにキャラメルカプチーノだ?
ボッチになってからは一度も行く機会がなかったが、お洒落カフェかここは。
他のメンバーに至っては聞いたこともないメニューに悪戦苦闘しながらも、分裂した小鬼の説明によってなんとか注文が出来たようだ。
その後、運ばれてきた本格的なケーキなんかに、今の事態も状況も忘れて一喜一憂してはいたが、お腹も落ち着いたあたりで、また思案に暮れるように塞ぎ混んでしまった。
「皆様のお口に合いましたでしょうか?」
機を見計らって小鬼が声を上げる。
いや、地上にはない最高のスイーツなんだから、文句の出ようもないだろ。
「私共は一旦下がらせていただきます。今後どうされるか、お決めになって下さればと思います。結論が出るまでは私共は内容を盗み聞きはしませんし、何日滞在されても結構でございます」
またも最上級のお辞儀を一つすると、給仕をしていた小鬼も含めて部屋から退出して行く。
最期の小鬼がその扉を閉めてしまうと、固い床を叩く革靴の音も消えて、静寂が訪れた。
「俺たちは、このまま帰ろうと思ってる」
口を開いたのは先行していた部隊の隊長だろうか。
無精髭を蓄え、ワカメのようなうねった髪が特徴の男性だった。
ただこの猛者を束ねる長としては、些か迫力に欠けるというか……うだつが上がらない感じと、昨日から話し込んでいた疲れを感じさせる
「他に意見は出ませんでしたの?」
すかさず手を上げて委員長がそれに突っ込む。
人類と魔物との未来の話の筈だが、その仕草一つでクラス会の様相に早変わりするのがなんとも可笑しい。
「意見なら出たさ……だけど俺たちだけで決めて良い問題じゃねぇ、だろ?」
「だが元々は魔王を倒すって言って出てきたんだ、それなら認められているはずだ」
鉄壁要塞のリーダー、ウィンガルが食って掛かる。
戦いの最前線に身を置く彼なら、なにもせずに後退するという選択肢は無いのだろう。
「大体、帰ってどうすんだ? 王様に報告するか? あいつらはここの状況を知らねぇ、魔王がそういう存在なら国益のためとか言って大群を送り込んで、その力を自分達の物にしようとするぜ?」
ウィンガルは思ったよりも脳筋ではないようだ。
彼の性格はさておき、状況把握はきっと上手いんだ。
「それならそれで良いじゃねぇか!」
ワカメ頭の男が怒鳴る。
「だいたいよ、報告したあとは知らねぇし、勝手にやれば良いじゃねぇか」
「そう上手く行く保証もねぇだろ。それに魔王軍が勝ってみろ、地上に魔物が溢れだしてきて、おめぇの家族や恋人を食い殺すかもな?」
ウィンガルが鼻で笑うが、先行部隊はそれに返さない。
彼らもその懸念は捨てきれないのだろう。
「では魔王を倒してしまった場合はどうなりますの?」
険悪なムードをエンタルトが変えようとするが、その言葉にぎょっとする者が割と多く居た。
「バカかおめぇ、ここは魔物の腹の中だぞ、滅多なことを口にするもんじゃねぇぜ」
代表してワカメ頭がそう
「敵対しようとするなら、このケーキとやらにとっくに毒を盛ってますわ」
ぶっちゃけケーキを二個もお代わりしたエンタルトが言うのだから間違いないだろう。
口の端にまだクリームがついているが、今は教えて上げるタイミングじゃないよな。
バアル達はあくまで、俺たちの間で考えて欲しいという形を取りたいようだ。
それを察したアドルフが言う。
「魔王を倒せばこれ以上の魔物は産まれねぇんだろ。だったら殺すって選択肢も無いことはないよな」
「しかし、魔物が居なくなれば魔物の素材を使うことはできなくなる」
「200年以上そうやって発達してきた文化は、廃れてしまいそうですわね」
恒久的な食品の供給や、素材の転用。
元々はそのために作られた機構。
簡単に手放すには惜しいと思ってしまうのも分かる。
ウィンガルも、長年自分の命を支えてくれていた相棒とも言える、レッドドラゴンの素材で出来た盾に目線を落とす。
「他に選択肢は無いのか?」
「魔物との和平交渉……はどうかな」
俺の答えに皆の顔が曇る。
「フミアキよぉ。ここに来てそれは甘いんじゃねぇか?」
確かに俺は強くなったが、根が変わった訳じゃない。
そして俺にはそれに反論できる強い味方が居る。
「バアルの言葉に嘘がない事を前提にすると、大昔の協定は忘れ去られた──そう溢したってことは、昔には彼らと人間の間にも平和は有ったってことだよな。しかもそれは神話に語られる勇者との契約だったんじゃないか?」
俺はこの物語に出てくる勇者の神話を知らないが。
総合すると一番可能性が高いのはその勇者を置いて他に考えられない。
「それから勇者は魔法使いと二人で地上に戻ったらしい……そして俺はその
俺の味方。
それは神話の勇者達。
きっと彼らは地上に戻りながらも、魔物と共存する世界を作るために尽力していた筈だ。
だったらどうする。
この魔王が居る場所を一番近くで守れる場所はどこだ?
「元勇者と魔法使いは魔王との密約を交わし、彼らとの交流を欠かさなかった。だったら、いまこの上には何があるか、皆分かるよな」
俺が天井を指差しながら語る。
それに釣られたように何人かが明るく光る天井を見上げた。
「この上は、王都がありますよね?」
ローラレイの答えに俺は頷く。
「そう、魔王の上には王城が建っている筈だ。そして伝説の勇者はすなわち──初代国王と王妃に違いない!」
俺の
フッ決まったな。
俺はもはや殺人事件の犯人をあぶり出した名探偵の気分だ。
というのに、俺の肩に手を置いたアドルフが、完全に信じていない目で呟く。
「たまにお前は頭オカシイよな」
「いやそれ思ってても本人には言わない奴ぅ!」
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