授業と怨嗟
小鬼がパチンと指を鳴らすと、今まで一匹だったはずの小鬼が2匹に増えている。
全員が目をしばたかせているうちに、一匹はテラスの方へ、もう一匹は四天王が待ち構える扉を押した。
俺は開いた扉の方を向く。
その先はそれなりに広くはあったが、先ほどの機械が置かれた部屋よりはずいぶん小さい。
会議室程度と言ったら分かりやすいかもしれない。
実際、椅子が並べられていて、奥には一段高くなっている場所まである。
「どうぞお入りになってお掛けください」
小鬼はここに留まって、手で進行方向を示しながら頭を下げている。
今度はアドルフより先に俺が部屋に入った。
ここまで来たら罠だろうが何だろうが関係はない。
むしろ怒りすら感じていた。
俺が書いた作品を踏み荒らされているような気分だ。
他の者の無言の制止も聞かずに俺はドンドンと歩みを進めて、一番奥にあたる、教壇の目の前の椅子に腰かけた。
腕も脚も組んで、イライラを体全体で表す。
その姿に、回りの者は顔を見合わせて苦笑。
「何で一番弱っちぃお前が最前列なんだよ」
俺の横にアドルフが陣取る。
「なんか話があるんだろ、戦うんじゃなきゃこの世界で一番、腹が立ってるのは俺だからだよ」
「どういう意味だよ」
また少し頭オカシイ扱いしながら、後列に三々五々人間が座るのを待った。
どのくらいの人間がそこに座ったかは分からないが、廊下にはもう人がいなくなったのだろう。
小鬼が会議室のドアを閉めると、教壇まで歩いてきた。
そこにはスピーチ台が置いてあったが、彼の身長ではその後ろに隠れてしまうこと請け合いだ。
どうするのかと思ったら、ぴょんっとその上に飛び乗ったので、座っている俺たちは割りとしっかり上を向くことになった。
「お時間頂き誠にありがとう御座います。それでは少し昔話に移りたいと思います」
丁寧にお辞儀をする小鬼にどういう事だと突っ込みたい気持ちはあるが、そこはグッと我慢する。
「おい、四天王はどこだよ」
我慢できないアドルフの質問に、小鬼は薄気味悪い笑みを浮かべて返した。
「私が魔王軍四天王の一人──バアルです。以後お見知りおきを」
「初めて聞く名だな、セカンドの武器屋で買えるバールのようなものってのが、お前の事か」
頭にはてなマークを浮かべるアドルフを制する。
バールで敵を殴っちゃいけないから。
バールのようなものでないと色々倫理的にまずいとかそう言うことだろ。
何なんだその変な設定は!
口を押さえられ、モゴモゴ言っているアドルフを無視して、俺は手で続きを促す。
「ちなみに私共の中では、四天王という役職は無く、知識を司る部門の責任者という位置付けです。他には防衛、研究、そして先日空席になった戦力の部門があり、私たちはそれぞれを総括する立場でした」
そこまで聞くと、俺の手を掻い潜ってアドルフが声をあげる。
「ってことは、最大戦力はあいつらでおしまいってことか?」
ニヤリと顔を歪めるその表情は、勇者を夢見る子供には見せられないほどの有り様で。
さすがに俺もちょっとどうかなと思ったので、後ろを向く。
「ローラ、彼にバインドバインを。アンゴラはノイズキャンセラーを」
「ちょっ待てフミアキ!」
さすがに慌てるアドルフを無視して、二人は頷くと詠唱を始める。
「バインドバイン」
「ノイズキャンセラー」
ローラレイの魔法が完成すると、伸縮性のある
「お前、これはやり過ぎだろ?」
「あれ、喋れる」
俺がアンゴラの方を向くと無表情だが悔しげに返してくる。
「抵抗された」
アドルフが詠唱に対して抵抗した事で、魔法を弾いたのだ。面倒くさいやつ。
ローラレイは抵抗しても問題ないくらい魔力を込めたのだろう。しっかりアドルフの動きを封じている。
自分で指示しといて何だけど、容赦ないんだよな。
「アドルフ、少し話聞きたいから静かにしてくれるか?」
俺は動けない彼に顔を近づけてそうお願いしたが、彼は蔦を千切ろうと
「仕方ない、プリンに眠らせてもらうか……」
その一言にプリンがスックと立ち上がったので、アドルフはちょっと焦り始めてこちらに話しかけてきた。
「いや、待とうか。プリンにってあれだろ? 気絶させるとかそう言うやつだろ?」
俺はこくりと頷く。
「こいつの一撃がどんなにヤバイか知ってるよな、気絶だけで済むと思うか?」
「お前が静かにしてくれるなら必要ないんだが」
アドルフの場を
仕方なく黙るアドルフを確認してから、小鬼に向き直る。
「話の続きお願いします」
「終わりましたか。わたくし少々話す気が削がれました」
「済みません、後できつく言っておきますので」
小鬼はため息をついたが、一度感じたような強い怒りのようなものはなく。
ただ淡々と話を始めた。
「何故魔物は人間に敵対するのか、考えたことはありますか?」
その問いにすぐに答えることが、俺には出来ない。
作者なのに、だ。
「はい!」
こういった授業のような雰囲気に抵抗がないのだろう。フロントル魔法学園のフリオッシュが勢い良く手を上げている。
「そこの女性の方」
指名されて立ち上がると、学校で教えられた内容なのか、彼女個人の意見なのか、ハッキリと口に出した。
「魔物が人類を脅かすように、魔物にとって人間が自分達を攻撃するからでしょうか?」
プリンが自分の村の仇としてレッドドラゴンを倒したが。
そのレッドドラゴンはあの村の元のドラゴンスレイヤーの持ち主に仲間を殺されていた、その復讐に村を焼いたという。
そう言う
しかし……。
「しかし、その切っ掛けは何だったと思いますか?」
俺の心の言葉そのままに、バアルが質問を投げ返す。
「それは……学校で習っていません」
そのまま椅子に座るフリオッシュ。
代わりにウィンガルが座ったまま声を上げる。
「ン百年前に、勇者が魔王をボコボコにしたからじゃないのか?」
史実として残っているのはその話くらいだろうか。
もはや神話に近い。
だがそれにもバアルは首を横に振る。
「その──ずっと前の話をしましょう」
誰かが誰かを恨むとき。
その切っ掛けには絶対に何か原因がある。
魔物達側の意思を考えずに、ただ人間の敵対者として描いていた自分の作品に。
彼らの理由という必然が描かれてゆく。
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