小鬼と理解不能

 俺たちはあっけにとられていた。


 それはこの世界の住人には初めて見るものばかりであり、理解の及ばないものだったからだ。


 俺にだけはそれが何かを理解できた。

 だからといって、何故ここにこのようなものがあるのかは全く見当がつかない。


「おいおい……世界が導きだした必然の答えってのがこれかよ!」



────洞窟だったはずの通路の先には、大きな扉があった。

 開け放たれてからどれだけの月日が経っているかは分かりもしないが、少なくともここ数年、数十年ではなさそうなものだ。


 その先に進んだ俺たちが見たもの。


 さっきまでのごつごつとした岩肌から一転して、白い合成樹脂のようなタイルで構築された四角い部屋。

 それは電灯のようなもので照らされているのだろう、洞窟の中なのに明るかった。

 清潔感さえかもし出されるその空間はとても広く、サッカーの試合くらいなら出来そうだ。


 そこに置かれていたのは、何に使うか分からない機械ばかりだった。


「ここは何かの実験施設か?」


 俺の呟きに反応を見せる者もいるが、答えを持ち合わせている人間はここには居ない。

 誰も口を開かなかった。


 ただ、前に進むことを躊躇ためらっている俺たちの前に、スゥっと人影が現れるまでは。


 それは鬼。

 小柄で、小学生男子程度しか身長はないが、全身が真っ赤で角が2本生えているのだから間違いないだろう。

 しかしその出で立ちは不思議で、この世界では王族かそれに近しい人間でしか着ないであろう、スーツ姿。

 そしてうやうやしくお辞儀をしている姿でそこに立っているのだ。


「なんだお前は」


 全員が息を飲むタイミングだというのに、アドルフは先陣を切って投げ掛ける。

 お前よくこの状況で強気で行けるよな、さっき「絶望に飲まれそうに……」とか言ってたの嘘だろ。盛ったろ絶対。


 間を置かずに、小鬼は頭を下げたまま返事をした。


「勇者様ご一行でございますね、どうぞこちらへ」


 その言葉は片言でもなく、しっかりとした発音で語られ、この小鬼が高い知能と知性を兼ねていることを物語っているようだ。


 そして頭を上げるときびすを返し、機械の置かれた空間を進み始める。


 ついて行くか……行かざるべきか。


 全員が思案している事だろう。

 しかし、もちろんアドルフは平気でその後をついて行く。


「アドルフさん、もう少し慎重に……」

 プリンが慌てて呼び止める。

 戦いに置いては真っ先に敵陣へ突っ込んでピンチになりがちな設定を持つプリンでさえ、しり込みしているというのに。


 とはいえ、いままでとは状況が違う。

 ただ戦えば全てが解決するといったものではなくなった。

 この建物がである事。

 その解明をしなければいけない。


 俺にとってこれは「世界の必然」からの挑戦状みたいなものだ。


 アドルフに続いて俺が足を踏み出す。


「この世界の真実を見極めるために、俺は前に進まなくてはいけない」


 前にアドルフの背中がある。

 それだけで前に進むことが出来る。


「ちょっと待ちなさいよ、弱っちぃフミアキだけ行かせるわけには行かないでしょ! 仕方なく行ってあげるからね!」

 プリンも小走りで追いかけてくる。


 それを後ろから見ていたローラレイが、アンゴラに目線を落とすと、アンゴラもこくりと頷いた。

 その手を握ってローラレイも後ろから歩いてくる。


 後方では他のパーティメンバーがガヤガヤとし始め、そのうち三々五々歩き始めたようだ。



 白い部屋の奥にはまた同じように扉があって、その先は横向きに通路が広がっている。

 左右を見渡すと、ゆっくり弧を描いているようで、長い通路はその先が隠れていた。


「こちらで御座います」


 小鬼は右に曲がると、また進み始める。


 硬質な床に革靴の音がコツコツと鳴り響く。


「ここは何なんだ?」

 ようやく口を開いたアドルフが質問する。


「ここは遥か昔に作られた実験施設で御座います」

 小鬼の言葉で俺のこの場所に対する印象が正しかったことを知る。


「ハッ、低能な魔物が何の実験をするって言うんだよ」

「……それはこれから行く場所でお話させていただきます」

 あざけるような態度にも小鬼は乗ってこない。

 しかし一瞬の間に対して、俺はこの小鬼が底知れぬ怒りを湛えているように感じて、背筋を寒いものが走った。


 俺はさらにけしかけるような発言をしようとしているアドルフの肩に手を掛け、振り向いた彼に対して頭を左右に振った。


 理解してくれたのか、それからはもう質疑もせずにただ小鬼の後をついていく。


 2、3分程歩いたところで小鬼が止まり振り返る。

 その隣には右に小さな扉、左に大きな扉があり、どうやらその小さい方へと促されているようだ。


「入ったら何が有るんだ?」

「貴方たちが仰るところの、魔王軍四天王がお待ちです」

 小鬼の返答に辺りがざわつく。

 この中に他の魔物とは桁違いの強さを誇る四天王が居る。果たして入って生きて帰れるだろうかと。


「今は三天王だろ?」

「それを言うのであれば、もともと五天王でしたが」


 確かに疾風のなんたらは兄弟だったから、2人いたもんな。


「細けぇ事は良いんだよ」

「いや、言い出したのアドルフだから」

 すかさず突っ込んでおく。


 それが小鬼の琴線に触れたのか、少しだけ柔和な顔になったのが何だか不思議だった。


「入りたい方だけで構いませんよ。お待ちになる方はこちらの方で飲み物でもお出しします」


 それはもう丁寧にそう言うと、広い方の扉を開けた。

 その先にはテーブルと椅子が置いてあり、天井から降り注ぐ光が丸で太陽の光のようだ。

 植えられた木々も手入れが行き届いており、まるで現代のおしゃれな喫茶店のテラス席だった。


 人間らしい空間。

 そこに俺は気持ちの悪さを感じ振り向いて、四……三天王の待ち構える扉を睨む。


 この先へ進めば、この気持ち悪さを解消してくれるのだろうか?

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