未完と恥ずかしい奴

「もうそろそろ巣に近いんじゃないか?」


 何気なく発した俺一言で、回りの視線を集めてしまう。


「何かおかしな事言ったか?」

「魔物の巣の場所なんて誰も知らないんだ。それをお前が知ってるようだから気味悪がってんだよ」


 アドルフに突っ込まれてちょっと反省。

 作者しか知らない設定を、さも当たり前のように話すのはご法度だった。


「まぁ、予言者であり精霊であり……もうそのくらいの事じゃ驚かねぇよ」

 アドルフはそう鼻で笑うが、まだ俺の事をよく知らない他のメンバーはそうもいかないようで、なにやら不安げにしている。


「そうは言ってもだな……経験値も手に入れず、ここまで来ている人間は誰でも変だと思うだろ。魔物の仲間だから攻撃されないんじゃないか?」


 皆が口を閉じているというのに、鉄壁のウィンガルだけは真正面で質問してくる。

 どうやらそういう性格なのだろう。

 嫌いじゃないんだけどな。


「確かにフミアキって、こんな場所にいるのが不釣り合いな戦闘能力だよね」

 悪意は無く、世間話のようにフリオッシュが言うものだから、取り巻きの女生徒から怪訝な顔でみられてしまう。


「もしかしたら、勇者や実力者を逃げ出せない場所まで誘い込んで、一気に……」


「──やめろ」


 空気がズシッと重くなる。

 殺気に近い威圧感が場を支配した。

 それは言葉を遮ったアドルフから放たれていて。

 彼がゆっくり振り向くのに、声をだすものは一人としていなかった。


「お前らがフミアキの何を知ってる?」


 俺は彼から目を離すことは出来なかったし、彼もその本気を目に湛えている。


「こいつは昔な、俺が盗賊を始末しようとしたときに、殺すななんて甘えたことを言ってた奴だ。もちろん今でも甘い。だけど、コイツなりに強くなった……いや、俺よりも強い心を持ってやがる」


 一瞬だけ俺の方に目線を投げる。

 俺はお前より強いつもりはないんだけどな。


「俺が絶望に飲まれそうな瞬間でも、コイツはいつも通り諦めやしない。スライムくらいしかまともに倒せないくせにだぜ?」


「いや、俺サイクロプスソロ行けたんですけど」

 何となく安く見られているような気がして訂正してみた訳だが、アドルフからはため息だけ返される。

 なんだよー、少しは強くなったんだぜ?


 そんな俺を放置して話を続けるようだ。


「俺はフミアキに何度も助けられた。もちろん俺が助けたときの方が多いが。それでも戦う背中にコイツが居るだけで、最後の最後に何とかしてくれるっていう信頼があるんだ」


 それはローラレイやプリンも感じてくれていたようで、アドルフの話に相づちを打って聞いている。

 その光景だけでも、俺を知らない人達からすると、信用に足るものだと思ってくれているのだろうか。


「俺は仲間を信じている。フミアキを信じている。だから一番先頭を歩いても怖くねぇ! ただビビって後ろを歩いて来ているお前らがいるからじゃねぇんだよ。コイツの事をとやかく言われる筋合いは無いね!」


 アドルフはそのままプイと進行方向へと体を向けると、そのまま歩き始めた。


 ……アドルフ。

 なんて恥ずかしい奴。


 だが本当に良い奴だ。

 コイツのためになら俺も危険に身を投じることができる。


 そう長い時間を過ごしたわけではないけれど。

 同じテーブルで酒を飲み。

 助け合ってピンチを乗り越え。

 強くなってきた(俺以外)仲間だからこその絆。



 振り返ると、一旦足を止めていた他のパーティも、また同じように足を進めていた。

 きっと彼らにも、同じように思う仲間がいるということなのだろう。

 だからこそ、アドルフの気持ちに理解が及ぶのだ。


「アドルフが他の人を誉めてるの初めて見るかも」

 そっとローラレイが寄ってきて耳打ちしてくれた。

 蒸し暑い洞窟のなかで少し汗ばんでいるのか、不思議な匂いがした。体臭というには爽やかで、なんだかドキドキしてしまうような香り。

 ヒロインは普通の人間と分泌する成分まで違うのか?


 そんなことを考えてしまったので、少し照れながら返しておく。

「元々あの不遜な男が、絶望に飲まれそうな時なんて無かっただろ。盛ってるって絶対」


 俺の言葉にちょっと目を大きくしたあと。

 今度は細めて笑う。

「フフッ、そうでもないと思うなぁ」


 彼の事であれば解っているという雰囲気を醸し出されたので、少し心がチクッとした。


 そういえば彼女はもう10年以上アドルフと一緒にいるわけで。

 ぽっと出てきた俺との差は歴然なのだと改めて思い知らされる。


 それに、物語はもう終盤。

 このお話が終わってしまったら俺はどうなるのだろう?


 この世界から、元のあの何もない部屋へと戻って行くのだろうか?

 だとしたらここで培われた友情や、ローラレイへのドキドキも、もう何も残ることはないのか。



 俺はアドルフの背中を見る。

 力強い背中、その体は引き締まりつつもかなり鍛えられている。

 それは日々の鍛練の賜物でもあり、信用と同じで積み上げてきたものの証しでもあるように思える。


「俺の方が、お前を信用しているんだぜ」


 たとえ「真の力」に目覚めなくても。

 俺の手帳の出番が訪れなくても。

 きっとアドルフなら運命を導いてくれる。


 そう。

 運命を導くのは彼だ。


 俺の出番は終わっている。

 物語はキマイラ戦に突入したところで止まっているからだ。


 これから先は俺が知らない彼らの物語であり。

 俺と「必然」との戦い。


 どちらが勝つか……いや、勝たなければならない!

 全てを差し置いても、これだけは譲れないんだ。


 たとえ自分がこの世界から消えることになっても。

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