万が一と分裂

 俺が甘かった。

 この理性の欠片もないような獣が、人語を介す魔物だという可能性に思い至らなかった。


 スケルトンロードごときでも人語を理解していたのだ。

 見た目が獣でも、より高位である魔物が出来ない道理はない!


 俺の焦りを感じたのか、山羊の顔が人間のようににたりと笑う。


 あと2秒。


 俺達に向かって獅子の口と蛇の口が同時に開く。


「させない!」

 プリンが俺とキマイラの間にドラゴンスレイヤーを投擲とうてきしたが、キマイラはそれをヒラリとかわしてしまった。

 無情にも金色こんじきの剣は地面に深く突き刺さるだけ。


「残念だったねぇ」


 そして、雷と炎が同時に俺達を飲み込んだ。


 アドルフはその瞬間に獅子の脳天に破邪の剣を突き刺したが、彼のパワーでは頭蓋骨を抜くことは出来なかったようだ。

 ここはセオリー通り、目でも抜いておけばと思うが後の祭りだろう。


 プリンももうなす術が無かった。

 頼みのドラゴンスレイヤーも手元にない。


 それに、何をしたところで既に俺は雷と炎の中。

 無力感に襲われたように、攻撃の手を止めてしまった。


「フミアキ……貴方の言うとおりにしたのに……」


 そのまま膝をつきそうになるプリン。

 瞬時の静寂が訪れる。


 残り0秒。


「──ウィンドカッター!!」


 炎に包まれた揺らぎの中で声がしたと思えば。


 瞬間、山羊の頭が宙を舞った。


 その顔は何が起こったのか理解できていない表情のまま、固い地面に転がる。

 この場にいる誰もが理解のために時間を止めてしまった。


「今だ! やれぇ!」


 俺の声で一気に時間が動き出すような感覚。


  アドルフが獅子の頭から引き抜いた剣で、キマイラのアキレス腱を切り裂く。

 同時に駆け寄ってきた勢いのまま、ウィンガル率いる鉄壁要塞が次々とシールドチャージした事でよろめく魔獣。


 そこにとどめの一撃が放たれる。


「マテリアルカルテッド!」

 収束した光が帯状に伸びてゆき、キマイラの胴体を二つに切り裂いてゆく。


 山羊の頭が張る魔法障壁はもう無い。

 なす統べなく、その巨大な体は崩れ落ちていった。


 光が収まった時には、切断面が高温で焼かれた煙と、酷いにおいだけが漂っていた。


 その煙の中で咳き込む二つの影。


「フミアキッ!!」


 茶色の髪の女の子が弾丸のように飛んできて、俺に抱きついてくる。

 プリンのその力強さに、そのまま吹っ飛びそうになるが、追い風の魔法で上手く着地した。


 そのときの風圧で煙が晴れると、今しがたまで俺達の驚異だったキマイラの死骸と、地面に突き刺さったままのドラゴンスレイヤーがあった。


「なんで、何で生きてるのよぉ!」

 涙声でその持ち主が問い詰めてくる。


「何だよ、生きてちゃ悪いか?」

「ぞんなごと、ないっ!」


 抱きつきながら頭を横に振るもんだから、大事な服に涙と鼻水がベットリなんだが。

 まぁ許す。何せ……。


「俺が生きてるのはお前のお陰なんだからな」


 訳が分からないという風にプリンが顔を上げる。

 至近距離で目が合い、青い瞳が潤んでいるのがとても美しいとふと思う。


「種明かしはこれさ」

 俺は空いた手で、ドラゴンスレイヤーをコンコンとたたいた。


「これ……魔法を撃つ前に敵に投げろって言ったよね?」



 ────パーティ鉄壁要塞の隣でプリンと合流したとき、彼女に耳打ちした。


「いざとなったら、ドラゴンスレイヤーを投げろ」

「ええっ……本当に良いの?」

「ああ、万が一のための布石だ」


「──それが何で?」


「ドラゴンスレイヤーはゴルドナイトだ、重さ、固さ以外は金と同じ性質を持っている。だろ?」


「うん」


「金の伝導率は鉄の3倍はあるんだ、しかも銅や銀と違って腐食もしにくい。最高の避雷針になってくれたよ」


 蛇が吐いた炎はアンゴラの防壁が防いでくれた。

 そして獅子の頭から吐き出された雷は、俺達よりも手前にあったドラゴンスレイヤーに誘導された。


「ギリギリだったが、何とかなるもんだ」


 そこに駆けつけたアンゴラが加わり、俺の左腕の定位置に黙ってぶら下がる。


「アンゴラの魔法あってこその勝利だったよ、心配かけたな」



 ようやくそこにアドルフも来て、パーティが全員揃った。

 まぁ俺はなんか団子状態だけど。


「アドルフ、お前も来るか?」


 あごでくいっと呼んでみたが。


「ケッ、遠慮するぜ」

 とだけ言って離れたところに座る。

 だがその顔は安堵あんどと少しの嬉しさをにじませていたように感じた。



「ひやひやしたぜ全く」

 鉄壁のウィンガルが兜を脱いで、額の汗を拭っている。


 高い防御性能が功を奏したのか、一人も欠けること無くパーティ全員揃っているようだ。


「私たちの魔法が無かったらみんな死んでたわよ」

 フロントル魔法学園の生徒も無事のようだ。

 ショートヘアーの快活で勝ち気な印象の女生徒が自分達の手柄といわんばかりに鼻を鳴らす。


「お止めなさい、はしたないですわよ」

 しかし、生徒会長エンタルトにたしなめられると、頭を引っ込めた亀のように背後に下がっていった。


 それを見たエンタルトはため息をひとつ落としながらこちらに向き直る。


「ご苦労様でした、強敵相手に引かぬ姿に感服致しましたわ。ですが申し訳ありません、私の一存で今回の同行はここまでと判断いたしますわ」


「おいおい、火力の柱が抜けると困るんだがなぁ」

 防御一辺倒のウィンガルは、言葉通り困った顔でそう告げる。


 しかしそれ以上に驚いているのはフロントル魔法学園の他の生徒達だ。


「私たちまだ行けます!」

「今だって私たちが居ないととどめ刺せませんでしたよ」

「力不足だと言うんですか!?」


 口々に生徒会長へと詰め寄る、気圧されて困った顔を見せるエンタルトだったが、それでもまだ意見は変えないらしい。

「皆の安全を守るのが生徒会長としての責務ですわ、これ以上は危険です」


 本来ならば彼女の一声に引き下がる学生達が、今回だけは引こうとしない。


 元々自信満々である生徒会長にくっついていた彼女達。

 逆に言えば自分に自信がない者が金魚のふんのように、妄信的に付きまとっていただけだ。


 自分達でも出来る。

 強大な敵を倒すことが出来る。

 その成功体験が一気に彼女達に自信を与えていた。


「大丈夫です」

「ここからも私たちの魔法が必要になる場面がきっとある筈です」

「ここで帰って勇者パーティの皆様が全滅したら、私たちが抜けた責任になりますよ」


 次々に口答えをする女生徒に、エンタルトはその緑色の瞳を白黒させた。

 緑なのに白黒という表現が合っているのかはこの際流してくれ。


 流石に耐えきれなくなったのか、生徒会長はため息を落として話しかける。


「わかったわ、もう少し進んで様子を見ましょう」


 苦渋の決断といった雰囲気だが。

 誰が言ったかわからないが、その中の一人が口走る。


「ダサっ」


 その言葉に青ざめるのもいれば、少し薄ら笑いを浮かべるものもいた。

 学生、女生徒だけのコミニュティ。

 ゾワッと嫌な気持ちが場を支配する。


「とにかくだ、前衛は俺達。後衛はお前ら。それを鉄壁が守ってくれりゃあとはなんとかなる。まぁ希望的観測だけどな」


 空気読まないアドルフが、少し大きめな声で指示を出したことで、緊張していた空気が霧散していく。


「あとはこの分かれ道のもう一方を進んだ奴らが帰ってくるのを待つだけだな」


 アドルフの言葉に、一斉に暗く大きな穴に視線が注がれる。


 暗く曲がり、先が見通せないそんな洞窟は、静寂に包まれており、そこに倒れるキマイラよりもよっぽど恐怖をあおってくるのだった。

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