雷と炎

 戦況はどうなっている。


 迷ってしまったばかりに時間を無駄にした。

 悔やみはすれど、やるべきことはそれを上回る戦果!


 キマイラに肉薄するのは、やはりと言うべきかアドルフ。

 縦横無尽に駆け回り、ライオンの口から放たれる雷をすんでのところで避けている。

 ただし避けるだけなら何とかなっているが、彼が攻撃に転ずるのはなかなか難しいだろう。


「行きますわよ! マテリアルカルテッド!」


 フロントル魔法学校の生徒が4人、一糸乱れぬ動きで杖を重ね合わせる。

 その先から放たれた四色の光の渦は次第に収束し、キマイラへと一直線に放たれた。

 しかし、山羊の口が何かをつぶやくと、体を覆うほどの大きな光の盾が発生し、その攻撃を霧散させる。


「あの高火力の魔法を無詠唱で止めるというのか……」

 その魔法は火、水、雷、土を司る4種の魔法をひとつに束ねた、彼女達独自の魔法だった。

 炎の盾を使っても残りの三属性が貫通するという恐ろしい攻撃の筈なのだが……山羊の首はそれを一言で全て消し去ったのだ。


 とはいえ、敵もその盾の裏に隠れていなければ攻撃を受けきれないのだろう、一瞬だが動きが止まった。

 それを見逃すプリンではない。


 パーティ鉄壁の後ろから駆け出すと、一気に距離を詰める。

「ドラゴンバスタァ!!」


 叫び必殺技を撃とうとした瞬間、尻尾になっている蛇の口から炎が放たれ、プリンを包む。

 しかし、その業火が途切れた時プリンの目の前に滑り込んでいたウィンガルによって全て防がれていた。


「俺の盾はレッドドラゴンの鱗で出来ているからな、炎にはめっぽう強いんだぜ」


 ウィンガルはプリンにウィンクをすると、そのままキマイラへと突進して行く。

 先程のパーティのタンクが、紙切れのように潰されるイメージに一瞬ヒヤッとしたが、格が違ったらしい。

 ちゃんと攻撃を受け止めるだけではなく、押し返すようにチャージを決める。


「ははっ、見た目と口だけじゃぁ無いんだな」


 アドルフが冷やかしながらも、体制を崩したキマイラに無数の傷を負わせ。その一つが山羊の片目を貫き、痛みに悶える叫びを上げさせた。


 それと同時にライオンの口から電撃が四方八方に放たれはじめる。


「まずい……集合体形!」

 ウィンガルはその体格からは想像できない身軽さで後ろに飛ぶと、仲間と一緒に盾を重ねて防御形態になる。

 プリンもそれに便乗して彼らの裏に隠れた。


 近くにいるアドルフは回避に集中しているのだろう、当たってはいないが、言葉を発する隙もない。


 問題は、この攻撃が無作為に放たれているということ。


「危ない!」

 俺は構えていたスクロールシューターを前方に構えて引き金を引く。

 アークデーモンの時はコストパフォーマンスを重視した盾だったが、今回は強敵用にたくさん魔力を流し込んで貰っている。そのぶん球数は2つしか出来なかったが。

 今回は取り敢えずなんとか凌げたようだ。


 しかし残り一回となると、ここでぼんやりと眺めている訳にはいかない。


「フミアキ、私どうすればいい?」

 俺は未だに効果的な魔法を指示できていなかった。


 魔法に反応する山羊の頭がある以上、遠距離からの魔法攻撃は殆ど防がれてしまう。

 かといってあいつ自身動き回っているため狙いが定まらない。


「切れ味ウィンドカッターなら見えないから行けない?」

「遅すぎて、届く頃には移動してる……」


 そうでなくとも不可視の刃等は騙し討ち限定だ。

 一度目をはずして二度目はまずない。


「じゃぁ私も近づきます!」

 確かに近づけば可能性はあるが……アドルフのような敏捷性も、ウィンガルのような防御力も無いローラレイには危険過ぎる。


「じゃぁアンゴラちゃんの障壁は?」

 珍しく頭を回転させているローラレイがアンゴラに希望を抱くが、彼女は頭を横に振る。


「炎は一発大丈夫……雷は無理」


 近寄ったときに、必ず炎で攻撃を仕掛けてくるとは限らない。

 二つに一つの賭けなんて歩が悪すぎるか。


 じゃぁどうする!?


「俺が囮になる」

 もうこれしかない。

 アンゴラが頭を横に振って、袖にしがみついたが、俺は止まらない。


「俺に対炎の障壁をかけてくれ、雷は一発なら俺のシューターで弾ける。これが一番勝率が高い」


 100%成功するとは言わないが、それでも何らかの可能性は残せるだろう。


「彼の者を守りたまえ──ウォールオブファイア」


 祈りを捧げるようにアンゴラの加護がかけられる。

 俺は彼女に礼を言うと、ローラレイに向き直り目を合わせると、同時に頷いた。


「ローラ、追い風の魔法を!」

 ローラレイが詠唱を始めたのを見計らって、俺が腰から別のスクロールシューターを取り出す。

 いつもの荷物運び用のスクロールを発動。


「フォローウィンド!」

「じゃぁいくよ」


 追い風の魔法を背中に感じながら、軽くなったローラレイを抱き上げる。

 はじめは、急なお姫様抱っこに戸惑っていたローラレイだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと、切れ味の良いウィンドカッターの詠唱を開始する。


 特性を強調した魔法は、その詠唱にどうしても時間が掛かってしまう。

 これが完成するまで20秒。

 タイミングを合わせて懐に飛び込む!


 未だ心配そうな表情のアンゴラに、笑顔を向けてから岩を飛び出した。

 ふわりと押されるように前に進み、ふわりと着地。

 だいぶこの魔法にも慣れてきたので、力加減も上手くなったものだ。


「アドルフ引き付けてくれ。山羊の首を落とす!」


 俺の叫びに、どうやるかは含まれていなかったが、きっとアドルフなら俺を信じて動いてくれるハズだ。


 残り15秒。

 一気に加速。


 固まっている鉄壁パーティの横をすり抜け、プリンとアイコンタクト。

 俺について走り出してくれる。


「ローラレイを懐まで運ぶ!」

「その後は?」


 平行して近づきながらプリンが質問するので。

 俺はある行動をプリンにお願いする。


「ええっ……本当に良いの?」

「ああ、万が一の布石だ」


 残り10秒。


 そのままキマイラの近くへと進む。

 プリンは半狂乱になっている敵に切りかかった。

 野生の感か、その攻撃をサイドステップで避けると、ライオンの口が開く。


 しかしその瞬間アドルフの蹴りが下顎に炸裂したことで、狙いが外れて洞窟の壁へと雷が走った。


 紙一重の攻防が繰り広げられる。

 アドルフが翻弄してプリンがダメージを狙うお決まりの作戦でも、お互いに決定打を与えれぬままの膠着こうちゃく状態。


 あと5秒!


 俺はローラレイを抱えたまま、キマイラの懐へと飛び込んだ。

 あとは作戦通りに進めば……


 尻尾の蛇が火炎放射機のように逃げるアドルフを追いかけて行く。


 今だ、もっと近づく!

 だがそれと同時に、ライオンの顔がこちらを向いているのに気付いた。


「マズい!」


 声を上げる瞬間には俺達に向けて光が放たれる。

 それを左手に持ったスクロールシューターの防壁で防いだ。

 パリンという音ともに障壁が消えたが、まだ俺たちは無傷のままだ。


 しかし俺は焦っていた。

 早すぎる!


 防壁のスクロールシューターはもう種切れだ。

 あとは炎の障壁しか残っていない。


 あと3秒!


 ウィンドカッター完成までもう少しだが、ここで当初の予定どおりになってしまった。

 炎なら防げる、雷なら良くて相討ち。


「くそう、炎か雷か……どっちだ!」

 この局面になる可能性はあった。

 言うなれば予想の範囲内だ。


 だが、予想は常に「予想外」と隣り合わせだということを、人はいつも学ばない。


「では、両方同時というのはどうだ?」


 耳を疑う言葉が、山羊の口から紡がれたのだった。

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