殺戮ショーとお留守番

 洞窟に入り、すでに6日程が過ぎていた。


 洞窟の中は寒くもなく暑くもなく。

 強いて言うなら湿度が高いのが、不快指数を上げていたが。

 風雨にさらされることもないため天幕は必要なく、下に敷く毛布一枚あれば砂地にすぐに寝ることが出来る。


 ただし、安心しきっているわけにはいかない。

 洞窟は横穴も多い。

 そこから地上へ出たものも居るかもしれないが、息を凝らして潜んでいる可能性もある。


 各チームから一人づつ選んで交代で見張りをしながら進み続けた。


「地図や横穴の雰囲気からすると、この辺まで来たんじゃねぇか?」


 アドルフがチームリーダーを集めて情報を共有させる。


「ほう、もう王都の下の辺りまで来ているのか」


 鉄壁のウィンガルが、腕を組んで笑う。

 その度擦れる鎧の音ががしゃがしゃうるさすぎる。


「ここでまた地上キャンプを移動させるか」


 アドルフの言葉に頷くミルドリップの部下。

 実は2日に1回ほど、キャンプの場所を移動させてもらっていた。


 あまりに順調に進みすぎたことで、運搬が間に合わなくなってきているからだ。

 また前線で戦っているパーティにも消耗品の充填や、一時撤退の場所が必要になる。


「ここから上に素材を上げれば、王都方面へ移動する手間も省けますわね」


 縦ロールとたわわな胸を揺らしながら魔法学校のエンタルトが一言付け加える。

 確かに彼女の言うとおりの場所を提案するつもりであったが、男性陣は半分くらいしか言葉が入ってきていない。


「こんな時に何だけどよ、その格好何とかならねぇか?」

 ついに見かねたウィンガルがそういったときには、残念な気持ちも半分ありながらも、うんうんと頷いてしまう。


「そう言われましても、精霊は服を苦手としているのです」


 彼女が言うことには。

 フロントル魔法学校で教えられている魔法の形態は、ローラレイが使っているものとは質が違うらしく。

 使役する精霊を体に纏わせて、鎧のように戦ったり、そのまま魔法を行使したり出来るらしい。

 しかしその弊害か、面積の多い服を着ると精霊が憑依しにくいとのこと。


「そう言えば奇術師ゾディアックも、独自の魔法技術を構築していると言ってたな」

 思い出した俺が溢す。


 この辺はもしかしたら自分が調べた色々な魔法の知識が混ざってしまっているのだろう。

 それが"布面積の少ない学校がある"という一文に対して、設定がバシッとハマって顕現したのかもしれない。


 にしてもゾディアックは知らん。

 あいつは元の世界に戻ったときにはストーリーから消してやる。

 ローラレイの手にキスなんぞしやがって。



 さて順調に6日ほど過ごしたと書いたが、それは俺たちだけの話だ。

 さすがに前線を走るパーティからはいくつかリタイヤ組が出ているらしい。

 少なくとも数人は担架で運ばれていったし、良いところで切り上げるために、踵を返してきたパーティもあった。


 それも今日までの話だ。

 さすがに下級モンスターの中にもちょっとした強さの魔物も現れ始め、進行が遅くなったことで俺たちが追い付いてしまった。


 この辺まで来ると、足元にはまだ回収しきれていない死体が転がっていた。

 ゴブリン、コボルト、ランドワーム……サイクロプスまでが倒れている。

 主力である俺たちでなくとも、かなりの強さを誇るパーティが先行している様子だ。


「さてと、ひと暴れと行こうか」


 アドルフはこの6日、これといって大した戦闘は行っていないため、相手が雑魚だと分かっていても多少テンションが上がっている様子だ。


「その辺の人、下がって良いわよ」

 プリンが現れたことで、休憩していたパーティはそそくさと後列に下がるが、好奇の視線は二人に注がれ続けている。


 敵は交戦状態にあったコボルトのグループ。

 中には大きめの個体や、魔術師の格好をした個体も様々だ。


「さぁ、お手並み拝見といこうか」

 そう言ったのは鉄壁のウィンガル。


 それに応えるかのように、アドルフが破邪の剣を抜く。

 シャッ──と鍔鳴りの音が聞こえたかと思えば。

 群れの一番後列にいたコボルトの魔術師の首が落ちる。


「ギャワッ」

 近くのコボルトがそれに気づき、その声に前衛が振り向くと、その反動だろうか、腕や首がポロポロとこぼれ落ちる。


 アドルフは一瞬でコボルトシャーマンまでの直線を駆け抜け、すれ違いざまに十数匹のコボルトに切りかかっていたのだ。

 切られた本人も、その腕が落ちるまで気づかないほどの早業だ。


 敵、味方一様に違う意味でざわつく。


「早ぇ、アドルフまた早くなってるな」

「まだ強化魔法使ってないんだけどね」

 ローラレイも苦笑だ。


 あわてふためくコボルト達に、小柄な少女が近づいて行く。

 手には彼女の身長より大きい金色の剣。


 それを肩から左手に乗せて、腰だめに構えたと思えば、それを一気に振り抜く。


 剣の方向や太刀筋は俺にも分かる。

 コボルトも数匹はそれに反応して剣を縦にしてそれを受けようとする。


 しかしそれは無謀だ。

 彼女の剣を受け止めてはいけない。


 どこで拾ってきたのか知らないし、それが名刀だったのかも分からないが、銀紙で作った剣のようにクシャリと曲がるか、木の枝のように折れ、そのまま体ごと二つになってゆく。

 プリンは左から右へ薙いだだけだ。


 その薙いだ剣を今度は反対に向かって薙ぐ。


 まるで草刈りでもしているかのように前に進み続けているだけだが、コボルトごときには成す術もない。


 ただ、俺たちの回りで彼らを初めて見た者が、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。


「俺たち鉄壁でも、あの攻撃は苦しいぜ……」



 あっという間にコボルトは一匹も動かなくなった。

 やはり雑魚は雑魚ということだろう、張り切って出ていった割に、どことなくつまらなさそうな雰囲気の二人も戻ってくる。


「で、ようやく落ち着いて状況を聞けるってわけだ」

 コボルトと戦っていた三流のパーティに話を振ると、その中のリーダーらしき人物が前に出て報告を始めた。


「俺達スリーピングフォレストって言います。まずは救援ありがとうございます」


 彼らも十分戦えていたし、救援が必要だったかは定かではないが、実力に差があるのははっきりと理解できたようだ。


「ここからメインとは別に2手に分かれて大きな横道があり、隊を別けて探索に行かれました。それぞれ1日を目安に進軍し、一旦ここに戻ろうという話になっています」」


「お前らはその待ち合わせ場所のお留守番ってところか」


「はい、休憩を取りたかったので」


 その言葉と共に彼はチラッとパーティーメンバーを見やる。

 彼にはまだ余裕がありそうな雰囲気があったが、他の仲間は荒く息を吐いているものや、ぐったりと岩にもたれ掛かって座っているものも居た。


「アンゴラさん、回復できそう?」

「うん、やる」


 アンゴラは灰色のローブを閃かせ、岩を滑り降りると、危険な順番に回復をかけていった。


「ああ、ありがとう。うちにはポーション以外回復手段がなくって」


「その様子だとちょうど切らしてたってところか? 何にせよ間に合ってよかったぜ」


 スリーピングフォレストのリーダーは頭を下げると、報告の続きを始めた。


「彼らが出発してまだ時間はそう経っていない。ここを任せることが出来るのであれば、俺達は一旦上に上がって消耗品を確保してきたいと思って……」


 その言葉をアドルフが手で制した。

 眼光は鋭く、何かを感じ取っている様子だ。


 辺りを見回すと、パーティーのリーダー格のメンバーはアドルフと同じように何かに身構えている。

 プリンもローラレイまでが険しい顔をしていた。


 俺だけ何にも分かってないんだけど……

「えっとこれっ……」

「シッ! ────来る!」


 プリンがその剣を強く握り混むと同時に、洞窟の右から、すごい勢いで人が出てきた。

 どうやら右の穴を探索に出た先行者達だろう。

 しかしその顔は必死で、何かから逃げている様子だ。


 ぐったりとした女性を背負った剣士が、大岩を飛び越えるため一旦その上に乗った。

 しかしその体はすぐに、洞窟の奥から吹き出してきた炎に焼かれてしまう。

 それは一瞬の出来事で、声を上げる事すら無かった。


 黒い塊は岩肌を滑るように落ちると、そのまま地面へとぶつかり、二度と起き上がることはなかった。


「ようやく俺達の出番だな」


 そんな悲惨な光景を目の当たりにしても、俺達は下がることは無かった。

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