腕相撲と奇術師

 食事が置いてある場所から少し離れたところに、人だかりができていた。


「勇者アァァドゥルフの勝ちぃぃ!」


 叫ぶ審判らしき人物の声が高く響いてくる。


「居ないか居ないか! アドルフに勝ったら賞金出すぞ!」


「盛り上ってんな」

「なんかアドルフがね、こういうときは腕相撲で力の差を見せつけるのが一番だって、急に言い出して」


 困った様子で話すローラレイ。

 しかし、俺も男だ。何となく言いたいことは分かる。

 体育会系の部活の友人が、こういう遊びで盛り上っていたし、勝ったら勝ったでちょっと尊敬されるっていう。

 女性にはピンと来ない戦いだ。


「ありゃ、男どもで勝手にやってもらおう」

 もちろんレベル1の俺が参戦するつもりもない。


 さっさと食事でもしようと思ったが、さっきまで俺の右側にいたプリンがいないではないか。


「私がやります」


 宣言と共に、オーディエンスの垣根が割れて、アドルフまでの道ができる。


「勇者アドルフに敵無しかと思われたが……おおっとここに来て少女の挑戦者だぁ! しかしこの二人同じパーティ。互いの実力は周知している筈だが、いったいどんな戦いになるのかぁ!」


 なんか司会者がめっちゃあおってるんですけど。


「おいプリン、何考えてやがる」

 流石のアドルフも顔がひきつっている。


「誰でも参加できるんですよね?」

 プリンも確信犯だろうあれは。


「さぁ若干勇者アドルフの顔がひきつっているように感じるが、これはどういうことなのか! この細腕に秘めたるパワーが宿っているのか、勝負の時だ! ──レディー、ファイッ」


 一番盛り上がってるお前は誰だよ!


 二人が力を入れた瞬間、肘を置いていた台が弾け飛んだ。

 どうやら付加に耐えきれなかったのだろう。

 それでも空中で腕を組んだまま二人は動かない。


 衝撃の展開に、今まで叫んでいたオーディエンスも静かになる。


「これはどうしたことだぁ! お互い全く動かない! いや、違う。勇者アドルフの額に汗が浮かんでいる! 対する少女は……笑っている! 笑っているぞぉ!」


 うるせぇなこいつ。

 とは言え乗せられて、ついつい見入ってしまっている俺が居る。


 笑顔のプリンが一気に腕を倒すと、アドルフの足が浮いて横倒しになってしまった。


「っっしょおおおぶアリィぃっぃぃぃ!!」


 司会者が叫ぶと一斉に拍手が起こる。


「ぽめらにあんとか、卑怯だろ」

 プリンが差し伸べた手を掴みながら愚痴をこぼすアドルフだったが、会場は大盛り上りだった。


 結局、司会の巧みな話術によって、プリンの授賞式まで見せられたわけだが。

 優勝商品兼トロフフィーとして、アークデーモンの右腕が献上された。

 胸に抱えて観客に笑顔で手を振るプリン。


 いや腕キモいから。


 でもあれってたぶん家が買えるくらい貴重品なんだよな。



 と言うわけでなんかよく分からない出し物が終わったあと、バラバラになるオーディエンスは、優勝者プリンと敢闘賞であるアドルフに握手を求めたり、話しかけたりして居る。


 あれはあれでちゃんと一目置かれる効果があったのだろう。

 よく分からんが結果オーライか。


「ふーい、つかれたぜぇ」

 近くで聞き覚えのある声がする。

 そちらを向くと、タキシードっぽい服装にシルクハットをかぶった怪しげな紳士が立っていた。

 喉が渇いたのか、テーブルにおいてあるシャンパンか何かを一気にあおっている。


「貴方は、司会をしてた……」

「ん、ああ、おいらはゾディアックってんだ、以後よろしくな」


 白い手袋のまま握手を求めてくる。

 ちょっと胡散臭いが、愛嬌は良い奴のようだ。


「俺は入間いるま文章ふみあき、アドルフ達のパーティメンバーだよ」

「ああ、知ってるよ」

「知ってるって……そう言えばプリンも同じパーティだって……ぐはぁっ!?」


 そこに横入りしてきたのはローラレイ。

 俺の体を横に押し退けて、ゾディアックの前に。

 なんか目が輝いてるんですけど?


「もしかして奇術師ゾディアック・フィートさんですか!?」


 その勢いはジャニーズを見たときのファンのような雰囲気で、完全に目がハートになっている。


「ああ、おいらのことさ」


 そう言うと、シルクハットを取ってうやうやしくお辞儀をした。

 そしてそのまま片ひざを付いてかしづくと、ローラレイの手を引き寄せて、甲にキスをした。


 貴様許さん。


 燃え上がる俺を他所に、ローラレイは照れながらもまんざらではない様子。


「イスタンボルトの姫がいらっしゃると知っていたら、もう少しちゃんとした格好をして来るべきでした」


 その言葉に、赤信号のような色をしていた俺の顔色が一気に青信号のように冷めた。


 俺は急いでローラレイの手を取り、自分の方へと引き寄せる。


「お兄さん、随分ずいぶんな情報通のようだが……人の秘密をペラペラ喋るお調子者は嫌われるぜ」


 ローラレイが姫であることは、ごく少数のものしか知らないはずだが、こいつはどこでその情報を仕入れたというのだろうか。


 しかし、そんなことはおくびにも出さずに、困ったように苦笑いを一つ。


「いやぁ失敬。おいらの悪い癖が出たようです。今日は嫌われる前に退散をさせていただきましょうか」


 今度は俺にお辞儀をする。

 そのお辞儀にぎょっと目を見張ってしまった。

 彼は上半身ごと頭を下げたが、その角度は90度を越えてもまだ止まらない。

 そのままズズズっと地面に顔が付くかもしれないと思った瞬間、タキシードだけを残して消えてしまった。


 その不可思議な情景に悪寒が走る。


「何なんだ、今の男は」


 それは俺の口から漏れた感想だったが、ローレライは質問されたと思ったのか、ペラペラと語り出しはじめた。


「奇術師ゾディアックを知らないの? 魔法って概念を全く別のアプローチで研究している、魔術師の第一人者なの。魔法の勉強をしている人にとって聞いたことがない人は居ないのよ」


 なぜローラレイが胸を張る。

 こんもりとした膨らみが強調されるので止めてください。

 鼻血出ちゃう。


「それにしても、色々と危ない奴だった。次に会った時には気を付けなければ」


 いきなり手にキスとか、ローラレイの出自を知っていることとか、手にキスとか。

 二度とさせねぇ。


「そうね、次にあったときにはこれ返してあげなきゃ」

 いつのまにか拾い上げたゾディアックのタキシードを手に持っている。


「触っちゃダメ! 俺に貸しなさい」

 触れさせたくもねぇ。


「貸すの? はーい」

 そう言って何故か俺に羽織らせるローラレイ。


 いや貸して欲しいんじゃなくってさ。

「わぁ、似合うわフミアキ」


「えっ? そう?」

 これが他人のものでも誉められると満更ではない。


 服を着せられる際に、一旦避けたアンゴラが左腕に戻りつつ。

「似合ってる」

 と無表情で言いながら親指を立ててくる。


「えっ。マジ?」

 満更ではない。


 そこにアドルフとプリンが戻ってきた。


「お帰り、皆と交遊は深めれたか?」

 先程から誉められて口許が緩んでいたのか、アドルフはそれを見て顔をしかめる。


「何だその服、胡散臭さが増してるぞ」

「アドルフうるせぇー」


 絶対に水を差してくると思った。

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