有名人とビキニ

 日が傾き、天幕に明かりが点り始めた頃。

 休憩している俺たちに声がかかった。


「準備ができました、どうぞ」


 その言葉に、待ってましたとばかりに立ち上がる俺。


「お、やる気だなフミアキ」

 タイミングよく起きてきたアドルフが俺の肩を叩く。

「ああ、今日は楽しくやりたいからな」

「そうだな」


 自分が企画しておいて、ドライにそう言葉を返すと、そのまま俺を追い越して会場へと歩いていった。


 うーん、いつもの事ながら言葉の機微に気づいてやれないんだよなぁ。

 何か思うところがある雰囲気だけはわかるんだがなぁ。


 だが追い付こうにも追い付けない。


「重い」

 右腕にプリン、左腕にアンゴラがしがみついていて、急ごうにも足が思うように前に進まない。

 振りほどこうにも、レベル1の非力な俺では魔王軍幹部を倒すようなムキムキには歯が立たない。


 くそう、二人して変な遊びを始めやがって……

 引きずるようにしながら会場へと向かうのだった。


 会場といっても、車座に座るだとかそういう規模ではなく、言うなれば野外立食パーティだろうか。

 大きなテーブルがいくつも用意されて、豪快な料理がそこかしこに並んでいる。

 さらに樽に樽を重ねたお酒のサーバーまで用意されていて、すでに勝手に始めている者さえいる始末。


「こりゃぁすごい」

 ため息が出るほどそこには自由が溢れていた。


 ぼけっと突っ立っているのが悪かったのか、酒のカップを持った男とぶつかってしまった。

 正確に言うと、俺の右腕にぶら下がるプリンにぶつかったわけだが、防御力が高すぎて気づいてすら居ないのか、無反応だ。


「おっとごめんよ」

 ぶつかった相手が軽く会釈してから目を会わせると、何かに気づいたように話し出す。


「お前さん、あのハルデバルドの兄ちゃんの隣にいたよな」

 気さくな雰囲気に敵対心は見えない。


「はい、同じパーティで動いてるイルマと言います」

 握手をしようにも手が塞がっているので、頭だけを深く下げておく。


「俺はウィンガル、鉄壁要塞のウィンガルだ。覚えておいてくれ」


 始めて聞く名前だが。

 その様子を見ていたプリンが右からそっと耳打ちをする。


「彼は王都南方で名が知られるパーティのリーダーですよ。全員がパラディンやタンクと言われる盾持ちのパーティで、とにかく敵の攻撃を弾き返すと言われていますね」


「あはは、やっぱりか! 勇者パーティにまで俺の名前が知れ渡っているとはな!」


 すまん俺は全く知らんかったが。

 それにしてもプリンはよく勉強しているな。

 15歳なのに関心だ。


「それじゃ明日、何かあったら俺たちの後ろに隠れろよ、鉄壁が必ず守るからな!」


 彼は上機嫌で仲間の元に帰っていく。


 ここにはどうやらああいった、各地の有名人パーティもいるのだろう。

 そうして俺が見渡すと、スイーツ系のテーブルがやけに賑やかだ。

 そこには完全に魔法使いだと分かる三角帽子をかぶった集団がいた。

 お揃いの帽子に、紺のお揃いのマント。


 そしてその回りにも沢山の男達が集まっている。


「あれも有名なパーティーなのか?」

 こういう席では相手とのコミュニケーションを取っておいて損はないだろう。

 明日からは背中を預けなければいけない相手になるかもしれないのだから。


 俺はそんな思惑を胸に、その集団を目指す。

 近付くとそれは同年代の女性魔法使いの集団のようだった。


「なんか学生さんみたいだな」

 帽子に紋章のようなものが描かれており、同じ服装が制服のように見えたからと、つい口にした。


 その言葉に両腕は首をかしげたが、集団の一人がこちらに振り向いた。


「あら、魔法学校を知っているのですか?」

 金髪にクリクリ縦ロールのいかにもお嬢様のような雰囲気の女性がこちらに向き直る。

 そこで俺は声を掛けたことを後悔した。


 魔法使いルックのマントの下には、なぜかビキニの水着程度の面積しかない服を着ていたからだ。

 しかも、そのプロポーションたるやローラレイにも負けず劣らずと来たもんだ!


 あ、そういえば肌面積めちゃくちゃ多い学校とかあったら良いだろうなぁって書いた気がする。

 実際にいたらただのアホでしかないが。


 ただ、後悔はそこではない。

 むしろ男なら眼福がんぷくだと喜ぶところだろう。

 問題は両腕がうっ血しそうな程強く握られていると言うことだ。


「いや、ぽいなとおもっただけで、ははは、また今度」


 俺は青い顔をして明後日の方向へと向きを変えたが、そこに他の生徒が立ちはだかる。


「エンタルトお嬢様が話しかけてくださっているのに、その態度はなんですか!」


 通せんぼするショートカットの女生徒もビキニ。

 先へ行かせまいと両手を開いているものだから、惜しげもなく肌色を晒している。

 俺の両腕ももっと締め付けられる。


「およしなさい、わが校の品位を下げに来たのではありませんよ?」


 落ち着いた態度でエンタルトと呼ばれた縦ロールがたしなめる。


 「あまりこういった場に居ることがなく、無礼な態度を申し訳ありません。私たちフロントル魔法高等学校は、この度のスタンピートに対して、後方支援と言うことで実地研修に参った次第で御座ございます。以後お見知りおきを」


 そういうとマントの裾を両手で引っ張り、見事なカーテシーを披露するものだから、胸の谷間が目の前に表れて死ぬほど動揺した。

 もう、腕は痛みを感じなくなってきたぜ。


「ご丁寧に。それでは私は行かなければならない所がありますので」


 谷間を見ないように深く頭を下げて……下げたまま体の向きを変えると、他のテーブルへ。


 ってか。

「二人とも離れてくんない?」


 俺がようやく不満を漏らしたことで、二人とも俺の腕を離す。一気に血が流れて行くのを感じ、立ちくらみしそうになった。

 できるだけ遊びには付き合ってあげようとは思うが、流石にちょっと動きにくい。


「ふたりもさ、遊んでないでご飯とか色々食べようよ。俺もこんなじゃ食べれないし」


 正座を崩したときのように、だんだんと腕がしびれてきた。

 これ我慢できる人居る!? 腕って始めてなんですけど!

 無言で悶えていると。


「パラヒール」

 魔法でアンゴラが治してくれた。

「ありが……いや、元々おまいらのせいだからお礼は要らないよな」


 無表情のままほっぺだけを膨らませて抗議してくるが知ったこっちゃない。


「フミアキ、何やってるの?」


 アドルフに着いていったローラレイが戻ってきてくれた。


「心配してくれたの?」

「だってついてきてると思ったら居ないんだもん」


 目を三角にして、ほっぺを膨らませて怒って見せる。

 これだよこれ、さっきのアンゴラとはものが違うね。

 こんな仕草まで可愛いじゃないか!


「ごめん、じゃぁアドルフと合流しようか」


「あ、それなんだけど。いま向こうで腕相撲大会してるから、行けば分かると思うわ」


 え、何やってんのあいつ。

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