生首と士気高揚

 天幕の外は未だざわついていた。

 俺たちの状況はいちじるしく変わったのに、10分程度しか経っていないとは思えなかった。


 遊撃隊の面々は、今後の方針を聞くために待機しているようで、俺たちが出てきたことでいっそうガヤガヤとし始める。


 そんなことはお構いなしにアドルフは壇上に登る。


「俺が倒した首が届いた! 魔王軍四天王の一角、疾風の鋭爪とかいうアークデーモンの首だ!」


 それを掲げると、まるでそれが神話のゴーゴンの首であるかのごとく、皆が石になったのかと思わせる程静寂に包まれる。


「これから俺達のパーティは軍の回収部隊を引き連れて洞窟へと潜るつもりだ。戦果は大いに期待できる! だがこれは強制ではない。各自よく考えて、明日の昼までに改めて参加の意思を伝えて欲しい」


 そこで疑問が生じたのか、ざわめきが戻ってくる。


「なにか意見のあるものは」

 アドルフは横柄な態度を崩しはしなかったが、その声色は威圧的ではなかった。

 それが良かったのか、集団の一角から手がにゅっと上に上がる。


「言ってくれ」

 アドルフに促された男にみんなの視線が集まったが、男はそんな事は気にも留めずに言葉を発した。


「敵は逃げてる。追いかけるなら早いに越したことは無いんじゃないか?」


 1日の遅れは、1日分余計に洞窟を潜る必要がある。

 それに、逃げる相手とは言え、罠や待ち伏せの準備を与える可能性すらある。

 追いかけるなら今すぐに出発した方がいいのではと考えるものが出てもおかしくはないだろう。


 だがアドルフはニヒルな笑顔を口許にたたえて語る。


「敵は烏合の衆に成り果てた! それに彼らに帰る場所はない、戻る先にいる別の魔物と鉢合わせ、団子になるか、地上へ這い出すかしか道はない。簡単に追い付くことはできる。──そして」


 そこで一度言葉を切ると、今度はいかにも愉快そうに大声を張り上げる。


「まだ戦勝の宴をやってないだろうが!」


 その言葉が、大きくすり鉢上になった盆地の奥にある山に跳ね返って、木霊がはっきり聞こえるほどに、みんな呆気に取られてぽかんとしている。


「今日は俺の奢りだぞ!」


 その言葉にプッと吹き出すもの、鼻で笑うものの声が聞こえる。


「おいおい、何人いると思ってるんだ? 冗談はほどほどにしとけよ」

 誰かの掛け声に、爆笑が混ざる。


 それに対してアドルフはもう一度アークデーモンの無惨な生首を持ち上げた。

 死んでからもひどい扱いを受けるアークデーモンが、化けて出ませんように。


「四天王とか言ったか、こいつの首はいくらで売れるんだろうな?」


 うっとか、あっとか聞こえたかなと思ったら、ほぼ一斉にそれが歓声に変わった。

 地響きがしそうな程の歓声に、さすがの天幕の中のお偉いさん達も何事かと飛び出してくる始末。


 アドルフは壇上から降りると、団長のとなりの席に座っていた男に生首を放り投げる。

 男は虚をついて飛んできたでかい生首にアタフタとしながらキャッチをしたが、そのまま尻餅をついてしまった。


「何が起こったんだ?」

 アドルフに詰めよったガルバルディも、この耳をつんざくような声に顔をしかめている。


「俺たちは明日の昼に穴に潜るぞって言ってやっただけさ」


 それにしては異様な盛り上りに、それだけではないだろうと察したが、上がった士気に水を注すのも野暮だと考えたのだろう。

 咎める様子は無かった。




 その後、夕暮れ時までに軍隊はこのクラウベリー平原から撤退を開始した。

 代わりに山を登ってきたのは。


「やぁイルマ君、久し振りだね」

「ミルドリップさん!?」


 今朝方アンゴラを仲間に入れるかどうか論争をしたあとに、この展開を予想していたのだろうか。

 アドルフはミルドリップに手紙をしたためていたらしい。


「いやぁ、金に糸目はつけないから、今日の夕方までに食料と酒をありったけ持ってこいと言われたときは驚きましたが」

「ありがとうございます、荷馬車……ではないんですね」


 商隊は荷馬車らしいものを引いていない。

 その代わりに長く列になって次から次に到着する。


「荷馬車では間に合いませんからな」

 朗らかに笑うミルドリップさんが乗っているのは鳥だ。


 からだが大きく、地面を走る鳥……黄色いダチョウ?

 その背中には鞍が取り付けられ、今回は食料などの荷物がくくりつけられているようだ。


「この乗り物は……」

 俺の質問に、ミルドリップは不思議そうに返してくる。


「おや? チョコ坊をご存じない?」


 不安だ。

 不安な名前だ。

 深く掘り下げるべきではないだろう。


 だがそんな俺の表情を見て、いつも通りプリンが説明をしてくれる。


「ここから西の大陸に行くと、サバンナって言う広い草原があるんだけど、そこに生息している鳥の一種よ。通常は群れで暮らしていて、食事のために一日50kmも走ると言われているわよ」


「気が利くな、プリン」

 深掘りするつもりはなかったが。


「人間と親しくなる性格から、チョコ坊と呼ばれることおもあるけど正式名称は……」

「ミルドリップさん! 早く準備に取りかかってください」


 とりあえずなんだか怖いのでプリンの言葉を遮りつつ、彼らを会場まで案内した。


 そして準備ができるまで俺たち二人は天幕の中へと戻ることに。


「あれ。アドルフは?」


 そこには禿げるのではないかと思うほど撫でられ続けるアンゴラと、満面の笑みで撫で続けるローラレイだけがいた。


「アドルフは、奥で寝てる」

 アンゴラが表情を変えずに答える。


「なんだよ、あいつが企画した飲み会だろうが」

「時間になったら起こしてって言ってたから、今日はオールで飲むつもりなんじゃないかしら?」

 ローラレイも表情を変えずに答える。


 この二人は、これで相性が良いのかもしれない。


「よくやるぜ、明日から洞窟探検だろうに」

 とはいえ久しぶりのどんちゃん騒ぎにちょっと期待している俺もいる。


 思えば、ドラゴンの肉を持って帰った町でも、俺たちは宴会はしていなかったし。

 あのときからプリンが変わってしまった事で、そんな雰囲気では無かった。


 改めて俺の斜め後ろにたっているプリンを振り返って見つめる。


 こうやってみんなで集まって、ただただ楽しい時間を過ごせることが、どれだけ嬉しいことかを思い出す。


「な、何か用?」

 目線を反らして不機嫌そうに首を背けると、茶色の髪の中にピンク珊瑚の耳飾りが揺れる。


「やっぱり。似合ってるなその耳飾り」


 何気なく言ったつもりだったのに、プリンは目も会わせずに自分のベッドへ行くと毛布を被ってしまった。


 うーん、ツンデレっていうのは反応が難解すぎる。

 それをジト目で見ているアンゴラと、お構いなしに撫で続けるローラレイ。


 そうして日が傾いていった。

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