円卓会議と任命

 紫煙しえんの剣の前線撤退。


 それは予想されていた事だったのだろう、俺を含めて誰も異論を唱えなかった。

 だがアドルフだけは、分かった上であおり文句を言い放つ。


「だが、敵を弱体化させるなら今が好機なんじゃねぇの」


 不遜ふそんな態度ではあったが、先の戦での武功も相まってそれをとがめるものはいない。

 唯一ガルバルディだけがそこに答えを投じる。


「それはそうだが、一度洞窟に潜られると私達のような物量で攻める兵士は本領を発揮できない。それに、やけくそになった魔物が人家近くのダンジョンから溢れて被害を出すことも度々あった話だ。それにも対応しなければならない……我々は背負うものが多すぎるからな」


 彼の言葉に悔しさを感じる。

 こうやって彼らは何年も何十年も、追い返しては力を蓄えた魔王軍に攻められ、それを追い返してを繰り返しているのだろう。


 きっと性質上、彼らの剣が魔王の喉元に届くことは無いのだ。


 そこで俺は、自らが作った設定を言葉にした。

「彼らは地中で数を増やし続けています、しかし地上に比べて狭い地中では、撤退した先に彼らの居場所などもはや無いのです。それが地上へ溢れる原因となっています」


 場がざわついた。

 何故魔物の実情を知っているのか?

 口からでまかせではないのか?

 疑いの目線が向けられる。


 だがこれは俺が考えた物語だ。

 俺が書いた魔王ダンジョンの設定を俺は語ったに過ぎない。

 視線を無視して続ける。


「今回は特にその数が多い筈です。本来であればお互いに兵士を擦り潰し、疲弊しきった段階で戻るのでしょうが、今回は開戦間もなく指揮官を潰されたことによる撤退ですから、残存勢力が山ほどいる筈です」


 ざわめきは更に大きくなる。

 俺の言った通りなら、今すぐにでも各地へ兵を戻して、対応しなくてはいけないのだから。


「今の予言者殿の話には私も同意見だ。防衛こそ私達の真の戦場。街を、民を守ることを優先しなければならん」

 ガルバルディはより帰還の意思を固めた発言をした後、先ほどその反対意見を述べたアドルフに視線をながす。


「おいおい、そんな目で見るなよ。俺はなにもあんたら全軍も洞窟に進めと言ってる訳じゃねぇさ」


 天幕の熱気は彼の高慢な物言いによって、更に暑苦しく感じる。 


「遊撃隊のメンバーにはこのまま洞窟を突き進んでもらうつもりだが、奴らは言わば傭兵だ。金を払わなけりゃ命をかけねぇ」


 彼らとて資金が潤沢なわけではない。

 今回手に入った魔物の素材も、実際にお金になるには時間がかかる。

 スタンピートでは同じ魔物が多く出現するために、市場が値崩れを起こすのを考慮して、悪くならないものは蓄えられる傾向にあるからだ。


「遊撃隊が洞窟を進むに当たって、稼ぎになる敵の素材を取りっぱぐれるのを一番嫌がる。だったらスタンピート用に組んである回収部隊をそのままそっくりこっちに貸して貰えば十分だ」


 それであれば遊撃隊は話に乗って来るだろう。

 やはり切れる男だ。


 しかし指揮官達は、その提案に対してあまり乗り気ではない様子。


「兵士をお貸しするのはやぶさかではないのですが、指揮をするものが居ないと、みすみす死地に送り出すのは……」

 一人の老人がそうのたまう。


 つまり自分達の一存で兵士を貸し、彼らが死んでしまったときの責任の擦り付け所がないと言っているのだ。

 それに俺はカチンと来てしまった。


「それならばよい席が空いてるではないですか」

 後ろに控えていた俺は歩きだし、アドルフが座っている豪華な椅子を手で叩いた。


「アドルフ=フォン・ハルデバルドをここの団長にすればいいのですよ」


 一気にざわつく円卓。

 俺の言葉に立ち上がり、剣に手を掛けたものすら居た。

 それだけこの席が彼らにとって大切なものだと知っての狼藉ろうぜきだ。


「貴様! いい気になりおって!」

 アドルフの隣の男の腕が俺の胸ぐらを掴む。

 その腕を立ち上がったガルバルディが制するが、怒りは収まらないらしく、手を離そうとしない。


 それでも俺は引かない。

「責任をこのアドルフが取れば文句はないのでしょう」

 迷い怯える姿すら見せるつもりはない。

 この保身に走った役立たずな指揮官では、何百年かかっても魔王軍との戦いは終わらせられない。


 あちらこちらから怒声やヤジが飛び交うが、展開は膠着こうちゃく状態になるように思えたが。


「失礼します!」

 そのざわついた部屋に一人の伝令が舞い込んできた。


「悪魔軍四天王、疾風の鋭爪えいそうの死体を発見しましたのでご報告を!」


 別のどよめきが場を包んだことで、俺の胸ぐらを掴んでいた腕も力が緩まった。


 そんなことはお構いなしに、伝令は震える手で大きな布を持ち上げ、円卓の端に置いた。

 その結び目を解くと、今にも動き出しそうなアークデーモンの頭部が鎮座していた。


「ヒィッ」

「なんと言う」


 感嘆や叫びが小さく聞こえるなか、円卓の向かい側に居た老人が、震える声を絞り出す。


「この顔忘れはせぬ、我が右腕を奪った悪魔の顔ぞ!」


 きっとこの中では最古参だろう、その片腕の老人の一声が、その生首を本物だと確信させた。


 腰が抜けたというか、怒気が抜けたというか。

 へなへなと座り込む指揮官達。


 その中ではっきりとガルバルディが言葉を発する。


「アドルフ殿、この悪魔は貴殿が倒した悪魔で間違いないかな?」


「ああ、間違いねぇ。もう一匹瓦礫に埋まってると思うぜ……あ、そいつは縦に裂いちまったから、首だけって訳じゃないだろうけどな」


 あっけらかんとそれを言い退けるアドルフに、今度は恐怖を覚えたのだろうか、俺の胸ぐらを掴んだ彼の隣の男は椅子に座らずにそのまま数歩後ずさりをした。


「どうだろう諸君。長らく、この紫煙の剣の団長は不在だった。それも、彼の父上であるグリンチ団長が討たれてからずっとだ」


 やはり、この空席はアドルフの父親のものだったか。

 ずっと副団長が前線に出ていて、団長の姿が見えないのが気になっていたのだ。


「だが、ここにその息子である彼が座ることに、俺は何の違和感も持たない」


「しかし! 兵法も経験もない若造が、我らの上で指揮を取るなど、馬上の赤子にむちを持たせるようなもの! 安易には承認しかねますな」

 俺の襟首を掴んでいた男が、少し気を取り直したのか偉そうに進言する。


「この席は長く空白だった、そこに誰かが座るだけで、我が軍が崩壊するとでも?」

 ギロリと睨み付けるガルバルディの表情にも、ぐっと堪えて抵抗する男。

 態度は悪いが芯がある。彼なりにこの軍隊を大事に思っているのかもしれない。


「軍の指揮自体は今までと変わらず私が行おう。その上でも今回の作戦では、彼にいくらかの権限は与えねばならないと考えていたところだ。彼のこの度の活躍、そしてその血筋から考えても、よい旗頭はたがしらになってくれると私は考えている」


 それに異論はないらしく、皆口をつぐんで話を聞いている。

 それを確かめた後に、ガルバルディは改めて言葉にする。


「俺は彼を紫煙の剣団長に推したいと思う!」


 彼のよく通る声は、空気だけでなくその場にいる全員の心にまでよく通った。


 そこで俺は気付いた。

 アドルフは既にガルバルディと密約を交わしていたのだと。


 事実上団の頂点に立つものが、自ら実力のある戦士を求めて動いていた事からも、彼が行動的であり他の指揮官が保守的であることは明白だった。

 今回の横合いからの遊撃作戦も、ガルバルディの案だったのだろう。


 その人柄と目指すもの、そこにアドルフの提案が合致した結果がこれなのだ。


 俺は拍手を始める。

 静寂に響く一人分の拍手は、やがてパラパラと賛同者を集めて鳴り響いた。


 アドルフは、その間も一切態度を変えること無く座っていたが、ふと立ち上がって声をあげる。


「俺は回収部隊を率いて、ダンジョン深部まで潜る! 地上は予定通りガルバルディ指揮の元、各個善戦してくれ!」


 それだけ言うと椅子から離れ、事もあろうかアークデーモンの生首をひっ掴んできびすを返す。

 そしてそのまま天幕を出て行こうとする。

 ぽかんと口を開けるもの、まだわだかまりを抱え苦々しい表情をするものと、三者三様の感情を背中に受けながら、俺も急いでそれに続いた。



「──良いタイミングで首が来たな、あれもお前の法力ほうりきか?」

 天幕を抜けるといつもの顔でアドルフが話しかけてくる。


「まぁな」

 本当はただ運が良かっただけだが、ここは手柄にしておこう。

 それでなくとも、彼は一足飛びで国が抱える騎士団の団長になったのだ。

 あの命令一つにしても、ぐうの音を言えるものが居るだろうか?


「にしてもお前急に偉そうだな」

 そして順応早すぎだろアドルフ。


「偉そうなんじゃない、実際に偉いんだぜ?」

「こいつに権力を渡して大丈夫なのか?」


 ちょっぴり不安になってきた。

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