5章・戦いの穴蔵

勇者と破邪の剣

 昼を過ぎたころ、召集の角笛が夜営地に鳴り響いた。


「ようやくか」

 アドルフが重い腰を上げる。


 昨日、俺たちが天幕へ戻ったタイミングで、魔王軍はちりじりにアルカホールへと撤退を始めた。

 追随する兵士達もさすがに洞窟の中までは追うことが出来なかったらしく、今日の朝方には撤退指示が出たそうだ。

 それがようやく完了し、情報を統括することが出来たのだろう。


 俺たちは固まって集合場所へと向かった。


 出発の際に集まっていた人数よりも減ったイメージはないが、それでも遊撃隊メンバーにも怪我をしているものや、鎧に新しい傷が付いている者もいて、彼らが奮闘したのであろうことがうかがえた。


 その猛者達が俺たちの行く先を開ける。

 まるで海が割れるように、人垣が二つに別れて行く。


「恥ずかしいな。俺たち後ろでも良いんじゃないか?」

「堂々としろよ、俺たちは勇者パーティだぞ」

 アドルフはこういう時頼りになるよな。

 横柄なだけな気もするが。


 ようやく最後の人垣が割れて、壇上に立つガルバルディの姿が見える。

 視線が合うと彼は一つ頷いて、壇上から声を張り上げた。


「遊撃隊の諸君、ご苦労だった!」


 それは力強くハキハキと発せられていて、疲れ等を感じさせるものではなかったが、目の下のクマが彼の疲労を物語っていた。


「今回の魔王軍の襲来はスタンピートの域を越え、もはや人間世界への侵略といっても良いほどの規模だったといえる」


 ちらりと目をやった盆地には、未だ片付けられていない双方の軍の死体や武器が転がっているのが見える。


「だが、我らはそれを退けることに成功した。特に、ここにいる遊撃隊の働きはその中でもかなりの成果を上げたといえる。ここに最大限の感謝の意を表する!」


 そこまで言うと喋るのを止め、ガルバルディは深く頭を下げた。

 示し合わせたかのように、彼の部下達も揃って頭を下げる。


「うぉおおお!」

 けたたましい歓声が遊撃隊からいくつも上がる。


 頭を上げたガルバルディは真顔のまま続ける。


「特に今回目覚ましい功績を上げた人物を紹介する……アドルフ君、ここへ」


 そして視線をアドルフへ向けると、そのまま手招きする。

 若干18歳の若者は、震え上がるほど緊張しそうなその名指しを余裕をもって受け止め、壇上まで歩いて上がった。


「幾人かは彼を知っているかもしれないが、アドルフのパーティは今回の魔王軍侵略の幹部を倒した。そして、あの魔王四天王の一角、疾風の鋭爪……アークデーモンの兄弟を撃ち取った可能性まである」


 その言葉を聞いた遊撃隊メンバーがざわつき始める。


「今戦闘によって落盤した岩を、急いで取り除き死体を掘り返しているところだ。現時点では確実なことは言えないが、私は本当だと感じている」


 不確定な要素を漏らしたことで、疑心や不満が盛り上がってくるのがわかる。

 それらが俺たちの上にのし掛かって来るようで気分が悪い。

 それを持ってしてもアドルフは眉一つ動かさない。

 実力云々ではなく、ああいった人物が勇者の素質を持っていると言えるのかもしれないなと思うわけで。


「私とて、なんの根拠もない話ではない」

 そう言って横にいるアドルフに剣を抜くように伝える。


 アドルフもそれに答えて無言で破邪の剣を抜き、真っ直ぐ天に向けた。

 破邪の剣は片刃の曲刀で、峰の部分は炎を象ったデザインになっている。

 反射で紫色に輝く光沢が、一介の名刀等とは違うことを誇示しているようにさえ見える。


「おお」

「あれは!」


 それだけでわかる人にはわかったのだろう。

 そしてガルバルディの次の一言で周知された。


「そうだ、かの有名な剣士グリンチ=フォン・ハルデバルドの使っていた破邪の剣であり、まごう事なきその息子なのだ!」


 先ほどまで俺たちに振りかかっていた負の感情が一気に晴れ、曇天に一つの大穴を開けるがごときアドルフの姿が輝いてすら見える。


 周知の俺たちですらそうなのだから、回りのモブ共はもう黙るしかない。

 むしろ尊敬や畏怖の目で見るものもいる始末。


 まったく手のひら返しが早い。


「私はこのご子息が、グリンチ隊長を越える器になると信じて止まない」


「隊長?」

 俺は疑問に思ったが、ガルバルディの演説のせいか、皆が盛り上がりまくってそれどころではない。


「みんなありがとう、では10分後にまたこれからのことを報告する」


 ガルバルディはアドルフに目配せをして壇を降りさせると自分もあとに続く。

 奥の天幕へ一度戻るようだが、アドルフの背中に手を回して、一緒に連れていこうとする。

 だがアドルフは一度留まり、声援鳴り止まない中で彼に耳打ちすると、俺と目を合わせ首をクイッと曲げてこっちへ来いと促す。


 俺は頷いて人混みを避けながら天幕へと急いだ。



 中に入るとさっきまで轟音で鳴り響いてたアドルフコールが殆ど聞こえなくなる。

 きっと何らかの魔法がかけられているのだろう。


 驚きつつも中を見渡すと、十数人の指揮官と思わしき人物が円卓に座っており、そこへガルバルディが手招きしていた。


 これはこれで緊張するんだけど。


「アドルフ様、この方は?」

 アドルフの隣に座っている指揮官、年齢は50代後半のように見えるが、筋肉粒々で今だ衰えを知らぬ武人の顔をしている。

 彼にとってはパッと見ひょろひょろの戦えそうもない一般人がここに入ること自体が不思議でならないのだろう。


 それに対しても18そこそこのアドルフが臆すること無く返事を返した。


「こいつはうちの参謀、そして予言者だ」


「予言者?」

「なんとも胡散臭い」


 おいお前ら聞こえているぞ。


 明らかに信用がない。


「いまから手短にこれからどうするかを決めるんだろ? だったらこいつの予言ももしかしたら出るかもしれないぜ?」


 アドルフは可笑しそうに笑うのを、ジョークと受け取ったのか、数人の武人が笑う。


「さぁ、今言った通りだ、これからどうするべきか話し合おう!」


 ガルバルディの一言に、ざわついた空気が一気に引き締まり、囲む指揮官も歴戦の強者の顔になった。


「俺たち紫煙の剣は、帰国し各地防衛へと戻ることにする!」


 ガルバルディのよく通る声で、会議が始まる。

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