テコ入れと夜這い

 天幕へ戻った俺たちはよほど疲れていたのだろう。

 まだ外は明るいにも関わらず、すぐに寝入ってしまった。


 そういえば今回は俺も戦ったんだった。

 サイクロプス相手に一歩も引かず……いや、結構卑怯きひょうな戦い方をした気もするが、勝てば官軍だ。


 それにしても、魔王軍四天王か……

 知らずとはいえ大物に出くわしていたようだ。

 そしてそれを倒すだけの力を、このパーティは得ているという事実。


「魔王を倒すのもそう遠くないかもしれないな」

「寝言で夢みたいなこと言ってる」


 突然耳の側で声がして俺は飛び起きた。

 まどろみの中、つい口走ってしまった独り言をガッツリ聞かれるというのはなかなかに恥ずかしいんだが?


 俺は声の主を探して回りを見渡した。

 ここは男用の天幕の中。隣の簡易ベッドには、こんもりとした毛布の山。

 あれはアドルフだろう。


 声の主は見つからないが、ふと自分の毛布も盛り上がっていることに気付く。

 俺の体ではない部分をそーっとめくってみると、そこから二つの黒い三白眼さんぱくがんが覗いた。


「ずいぶん寝てた」

 ショートボブの黒髪に、薄い唇。

 無表情なその顔には悪びれた様子はない。


「あ、アンゴラさん!?」

「その様子、大分回復したみたい」


 俺はそう言われて体の軽さを実感する。

 よく寝たからと言うにはスッキリしすぎているかもしれない。


「私は回復術師。疲労だけでも回復させた」

「そっか、ありがとう……で、なんで俺の毛布に潜り込んでいるんだ?」


 俺の毛布は半分取られているため、反対側にあたる左半身は外気にさらされてる。

 疲労を回復してくれるなら、もう少しちゃんと寝せて欲しいものだ。


「お礼。起きて美少女が隣で寝てたら嬉しいでしょ」

「自分で美少女って言っちゃうタイプかぁ」


 それに美少女は1位ローラレイ、2位プリンと、俺のパーティにはもう揃っている。

 ここにもう1人となると供給過多だ。


 とは思ったが。

 作品を書くとき、この辺でずいぶん悩んだ気がする。


 ネットに小説をアップしていても、それを見てくれる人が殆ど居なかった。

 いわゆるPVというポイントが低かったのだ。


 初めは自己満足で書いていたはずが、読まれたいと思うにつれて、そういうものが気になってくる。

 ここで改めてキャラクターを追加して、作品を盛り上げようかと考えたのだ。


 いわゆるテコ入れである。


 パソコンのノートに、新ヒロイン追加の分岐で作品を書いてみたり、やはりこのまま行くかと、新ヒロインが居ないバージョンを作ってみたりと、結構試行錯誤を繰り返したのを思い出す。



 俺が記憶の海をさ迷っていると、ほっぺたを摘まんで引っ張られた。


「美少女が隣に居るのに笑顔にならないなんて」

 毛布からにょきっと飛び出た腕は細く白い。

 陶磁器のように滑らかでいてとても柔らかそうに見える。


 ただ、一緒に見えている肩を見て俺はぎょっとした。

 そして毛布の端を引っ張って一気にまくり上げる!


「お、おま……なんで裸なんだ!」

「据え膳食わねば男の恥」

「無表情で親指を立ててくるお前の心中がわからん。とりあえず隠せ!」


 俺は自分で引ったくった毛布を上から被せて、こめかみを揉んだ。頭がいたい。

 こいつは羞恥心をどこかに置いてきたのか?


「とにかく、……服を着て自分の天幕へ戻りなさい」

「むり」

「何か無理な理由でもあるの?」


 その問いに、少しうつ向く。

 あまり感情が表に出ない子みたいだが、その目が潤んでいるように見える。

 何か大変なことがあって帰れないのだろうか。


 アンゴラはその潤んだ瞳を上げて、こちらを上目使いで見ながら一言溢した。


「入れて欲しくて……」


 その言葉に脳が爆発しない男がどこに居るだろうか!

 いや、どこにも居ない!

 反語を使いたくなるほど混乱している俺。


「私を入れて欲しくて」


 さらに懇願するようにすがり付くアンゴラだが。

 言葉にちょっと引っ掛かる。


「私を? に、じゃなくて?」

「変態」

「全裸で他人の布団に入っているお前に言われたくないな」


 俺の冷静な突っ込みに、少し落ち着いたのか。

 はやっていた気持ちを押し止めるように、軽い深呼吸をするアンゴラ。


「私を貴方のパーティに入れて欲しくて」


 主語と述語の大切さを感じる。

 ようやくまともな会話ができるぞ。


「そうは言ってもお前のパーティもあるだろう、抜けるのか?」


「あれはパーティじゃない。勝手についてきてるだけ」


 ちゃんと話を聞くと、彼女のパーティ「スリーナイツ」は、アンゴラを追いかけるストーカーが、彼女を守るために勝手に作ったパーティらしい。


「でも、5人居なかった? 1人はお姫様だとしても、残り4人でスリーナイツ?」


「……お姫様」

「いや、無表情で頬だけ赤らめるな」

 器用な子である。


「最初ストーカーは3人だったけど、最近1人増えた」

「雑な名前だ」

「無駄に知名度上がった結果変えにくくなった」


 言葉通りだと、このスリーナイツもそこそこ名の知れたパーティだったんだろうな。


「それがなんで解散?」

「みんな今回の戦いで私を守れなかったからって落ち込んでる」

「じゃぁ励ませばいいじゃないか」

「ストーカーを?」


 あ、そういえばストーカーでしたね。


「貴方のパーティ回復専門のメンバー居ないし、ちょうどいい」


 上目使いで三白眼になってる目で、色々訴えかけてくるが。

 ここはきちんと断らなければならないだろう。


「俺たちは魔王を倒すために戦っているんだ、今回の戦闘で負けたチームのメンバーを入れても足手まといになってしまうんだ」


 俺はきっぱりと答えた。

 希望を持たせるような言い方をすれば、きっと悩みが残ってしまう。

 ここは男として堂々としなけれ……。


「入れてやれよ」

 俺の後方から声がした。


「あっあっ、アドルフ。起きてたんだ……」

 この状況! どこから起きてたんだこいつ!


「アドルフさんナイスアシスト」

 アンゴラが毛布の中から腕を伸ばして親指を立てている。


「まてまて、明らかにレベルが足りないだろ!」

 俺は食って掛かる。

 1人だけ弱い者が居れば、そこを穴と捉えて攻撃を受ける。

 誰かを庇いながら戦うのはとても難しいのだ。


「ケッ、レベル1が何ほざいてやがる」

 毛布の中から辛辣な言葉が飛んできて俺の心に刺さった。


「そうでした」

「バカね」


 こっちの布団からも俺に刺さる言葉が飛んでくるが、返す言葉もない。

 つまり俺の反論もここで終わり。

 所詮レベル1の人間の言葉なんぞに、誰かを納得させる厚みなどないのか。


「それに、私貴方の事好きになったから。一緒にいたい」


 同じ毛布の中、全裸の女の子から、告白される。

 俺は童貞ではないが、こんなシチュエーションは知らない!

 まるでライトノベルのような展開!

 いや、ライトノベルだよこれは!!


 とりあえず俺は、ゆっくりと体を横たえ。

 毛布に潜り込むと。

 一気に毛布を引き剥がして自分だけでくるまる。


 無言で一生懸命毛布を取り返そうとするアンゴラをよそに。

 その天幕ではアドルフと俺。二つの毛布の塊が出来上がったのだった。

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