帰還と遅延

 殆ど一方通行の洞窟を抜けると、山の中腹へと飛び出した。

 追手はファイアーボール機雷の連続爆破によって、洞窟が崩れたのか、もう追ってくる気配はなかった。


 そんなことより、目の前に広がる光景に生唾を飲んだ俺たち。

 なぜか洞窟の入り口にいくつものパーティが勢揃いしている。

 埃を被ったり、鎧に傷や返り血がみて取れることから、きっと他の洞窟へ潜っていた面子めんつなのだろう。


「ありゃ、集合場所とか言われてたっけか?」

 俺が呆けた声を上げると同時に、どこかで聞いた声がする。


「アドルフ!」

 その声に視線を導かれると、洞窟で助けたアンゴラが走ってきていた。


「逃げてこれたんですね」

 俺は満面の笑みでそれを迎えた。


 しかし、アンゴラの方はなんだか困った様子で言葉を選んでいる風だった。


「もしかして、仲間の治療が間に合わなかったとか?」

 俺の杞憂にアンゴラは首を振って答えた。


「バフォメットの討伐隊。二人とも死んだんだと思いました」


「いや、バフォメットは倒したぞ」

 空気を読まずにアドルフが答える。

 さも当然のように言うものだから、言葉の意味を理解するまでの数瞬、時間が止まる。


 強敵を相手に逃げてくるか、倒すかしか生き残る道はないわけだが。

 逃げるというのは実力が拮抗してこそなせる業。

 つまり誰1人として欠けずに生きて帰ってきているということは、倒したかもしれないという信憑性をグンと高めているのだろう。


 そしてどこからともなく声が上がる。

「あのバフォメットをひとつのパーティで……」

「嘘だろオイ……」

「し、信じらんねぇ」


 ガヤガヤと囁く他のパーティを掻き分けて、もうひとつの知った顔が現れた。


「いまの話は本当か!?」

「あ、ガルバルディさん、お疲れ様です」

 先に気付いたローラレイが笑顔で挨拶をした事で緊張感がほぐれる。


「紫煙の剣の副団長がこんなところまで来てていいのか?」

 友達に問いかけるかのようにアドルフがそう聞くと、ガルバルディは顔を歪める。


「バフォメットが居るのなら全力でもって当たらねばならん。しかし、遊撃隊を寄せ集めただけの隊には指揮官が必要だろうが」


 そこまで言って、ため息をつくと、手甲におおわれた手のひらを顔に当ててうつむく。


「だが、いざ出陣というタイミングでお前が倒したなんて言いやがる……せっかく整えた士気が台無しだぞ」


「まぁいいじゃねぇか、倒す相手はもう居ないんだしよ」

 あっけらかんと笑って、既に夜営地に戻り始めるアドルフ。


「笑い事じゃないんだよ。そのバフォメットはこのスタンピートを任された魔王軍四天王の一角。その最側近だった相手だぞ!」

 ガルバルディが声を上げるが、振り返ろうともしないアドルフ。


「そりゃぁ大手柄って事じゃん。だったら今日は疲れたし寝せてくれよな」


 ガルバルディには悪いが、俺も同意見だ。

 ここに集まってくれたみんなも、危険な戦いから逃れられたとホッと一息ついているのがわかる。


「そういうことで私たちは今日は休んじゃいます。ガルバルディさんも根詰めないでくださいね」

 プリンがアドルフの後を追って山を降り始める。


「俺はこの戦いが一段落するまで休めはせんよ」

 苦笑混じりに返すガルバルディ。


「あ、それとこの洞窟、帰ってくるときに崩落させちゃったんで、道埋まってるかもしれません」

 俺もローラレイに一緒に降りるように目配せすると、一緒に側を通り抜ける。


 しかしその行く先を塞いだのは兵士、山を急いで登ってくる様子は必死だ。

 そいつらは俺たちを素通りしてガルバルディの前に立つとすぐに叫び始める。

 俺たちも状況把握のために振り向いてそれを聞く。


「伝令です! 魔王軍各地に混乱が起き、後退している模様!」


「何!?」


 驚きの声と共に、そこら中に居る人間が一斉に窪地になっている平原に目を凝らす。


 夕方とはいえまだ日が高い。

 ハッキリと写し出される兵士と魔物達のバトルフィールドは、いま完全に押し戻している最中だった。


「どういうことだ……魔物にとって攻めやすく、人間にとって守りにくい夜を待たずに撤退とは……」

 あまりにこちらに好都合な状況に、作為さくい的なものはないかと思案するガルバルディ。


「バフォメット倒したからじゃないですか?」

 隣に居たアンゴラが口走る。

 しかしガルバルディは真っ向からそれを否定した。


「いや。バフォメットと言えど、所詮は配下だ。魔物の群れは頭を潰さない限り止まることはない!」


 その言葉にごくりと生唾を飲む音が聞こえる。


「バフォメットすら従える魔物……それって」


「そうだ、魔王軍の一角。疾風の鋭爪の異名を持つ、双子のアークデーモンだ!」


 あたりがざわつき始める。

 世界を恐怖に陥れる魔王軍の幹部が居る。

 その状況だけで、逃げ出したいと思い始めた連中がどれだけ居ただろうか。

 圧倒的な強さで、人間など紙切れのよ……


「あ、それも倒しましたよね」

 モノローグすらぶったぎってローラレイが笑顔で発する。


「じゃぁ大大大活躍じゃん。寝ていいよな今日は」

「へぇ、強いと思ったけど、あれ四天王とか言われてたんですね」

 アドルフとプリンももう疲れているのか、会話に興味を示さない。


「すみません、なんか一件落着っぽいんで、先に天幕に戻ります。あ、討伐証明とかないですけど、落盤してるあたりに死体が転がってると思います」

 これ以上の危険は今のところ無さそうだし。

 俺もガルバルディに頭を下げて山を下り始める。


 本来ああいった魔物の討伐部位は、ドラゴンの時のように素材にしたり、肉を食べたりと色々あるようだが。

 スタンピートの時だけはそんなものをいちいち拾っている暇はない。

 兵士の中の専門の部隊がそれを回収し、必要最低限で確保。

 参加した戦士や兵士にはその活躍によって分配されるという仕組みだ。


 なので、まぁ持ってくるのも大変なので置いてきた訳だ。


 そんなことを思い返しながら坂を下ったところ、ようやく眼下に小さく自分達の天幕が見えた。


 なんだか帰ってこれた感じがしてホッと肩の力が抜ける。


「なんだってぇ!? てぇてぇてぇ……」

 同時に、いまはもう豆粒みたいに遠くなったガルバルディの叫び声が、盆地に木霊こだました。


っそ」

 疲れていたので小さめに突っ込んどいた。

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