決着と結果

 今までより格段に早いアークデーモンの動きに対応できたのはアドルフだけだった。

 しかしその対応は、切り結ぶでもなく、逃げるでもなく。

 少しだけ斜め後ろに下がる程度の不可思議な行動。


 しかし頭に血が上った兄悪魔はその動きに違和感を持つ前に、2倍以上に伸びた爪で斬りかかる。


 だが、不意にその胸の辺りで爆発が起こった。


「ガフッ!?」


 それを知っていたかのようにプリンが斬りかかる。

 アークデーモンも辛うじて爪で受け止めたが、その爪を破壊してもなおその勢いは止まらずに、兄悪魔の太ももを切り裂いた。


 アークデーモンは体を捻って最小限にダメージをおさめると、一歩後ずさる。


「バカな、まだ残っていたのか!」


 小さく発生させたファイアーボールが、爆炎と熱気の陽炎の中で見えづらくなっていたのだろう。


 だが俺達はエコーロケーションの魔法によって、マナ量だけをはっきりと視認している。

 小さく納められたマナは強く光っていて、俺達だけは見間違える事はない。


「撃ち漏らしが残ってたのかもな」

 笑いながら余裕で剣を構えたアドルフが攻勢にかかる。


 相手に現状を理解させる時間など与えない。

 付随してプリンの攻撃も振るわれる。

 重すぎるあの一撃は、格上でもその細い爪などでは受けきれない。

 素早くそれを避けながら、じわじわ後退して行く兄。


「ウィンドカッター!」

 スクロールなのだから声に出す必要はないのだが、何となく惰性で言っちゃうんだよね。


 そのごく弱い魔法ではあったが、残っている機雷へぶつかり誘爆。

 それは兄悪魔の丁度真横で爆発したため、爆風で体がふらついた。


「破突!」

 その隙を見逃すアドルフではなかった。

 鋭い突きを目に向かって放つ。


 ふらついたとはいえ高位悪魔、すんでの所でそれを掴み、押し込まれる力に負けぬように、その剣を押し返そうとした。


 軽い。

 押し相撲で相手に攻撃を透かされたときのように、それは押し込んでくることはなく、悪魔の手は剣を握ったまま勢いに任せて顔から遠ざけていた。

 その視界の先には剣の柄を握っているはずのアドルフがその手を離して、あろうことかあっかんべーをしている姿があった。


 彼がみた風景はそれが最後。

 防御しなければならない筈の手が下がっている今、プリンの攻撃を邪魔立てするものはそこにはなかった。


「ドラゴンスラッシュ!」

 その発生を聞き終わる前に、アークデーモンの首は体と離ればなれになっていた。



「兄貴!」


 脇腹に致命傷を負っていた弟が叫ぶ。

 ある程度の自己再生能力があるのか、その傷も塞がりかけていた。


「よぉ、お前もこうなりてぇか?」

 アドルフが兄の手から剣を抜き取りながら話しかける。


 悪魔ともあろうものが、座り込んだまま後ずさりしている。


「ここで逃がしても、あとで兵隊さんが戦わなきゃ行けないんじゃない?」

 プリンが金色に光るドラゴンスレイヤーを肩に担いでそう言う。


「それもそうだな、プリンやってしまえ」

 俺が横柄にそう指示する。


「なんで戦わない奴が仁王立ちして命令してんだよ」

 アドルフは口答えするが、プリンはヤル気満々なようだ。


「やってられっかよ!」


 アークデーモン弟は後ろを振り向いて全力疾走を始める。

 さすがのアドルフでも一瞬追い付くことはできても、ずっとそれを追いかけるなんてできないはずだ。


 しかし、その逃走は次の瞬間終わった。


「ぎゃぁっ!」

 閃光が走り、アークデーモンがよろける。


 マナが見れる俺達には一目瞭然だが、背中側にも機雷を設置しておいたのだ。

 もちろん私が指示しました。


 弟がよろけた拍子に、今度は反対の脇腹をアドルフに刺し裂かれる。

 口から血を吹き、座り込んだところに、飛び上がったプリンの無情な一撃。


「ドラゴンバスタァァアアア!」


 ズドンと重い音と共に体が縦に引き裂かれる。

 それはゆっくりと傾き、地面へと倒れていった。


 こうして強敵であるアークデーモンの兄弟は俺達によって倒された。


 エコーロケーションの魔法を解除した瞬間、視覚に飛び込んだ悪魔の悲惨な死に方に、ちょっとオエッってなったけども、二度と動かないことは確認できた。


 一度パーティが瓦解したのを見ている俺としては、複雑な感情もあったが、なんにしても誰も死なせない方向に話を展開させられたのは僥倖ぎょうこうだろう。


 そしてその立役者である女の子は、あの大きな剣を血振りしてから背中に抱える。


「逃げ道塞いでおいて、挑発するなんてフミアキってひどいわよね」

 プリンが可愛くこっちへ振り返った。


「いや躊躇なく真っ二つにするプリンも酷いと思うぞ」

 反論しながらもプリンと目を合わせると。

 青い瞳がくりんと光る。


 そこで本当にあのプリンが帰ってきたのだと知り、感慨無量の気持ちが腹の底から沸き上がってくる。

 それは溢れる気持ちを押さえようとしても無理で、顔がくしゃくしゃに歪んでしまった。


「何泣いてんのよ……まさか怖かったとか?」

 プリンが俺の目蓋にうっすら光るものを見つけてはやしてくる。

 これでも一生懸命我慢してんだぞ!


「プリンを失う所だった……から」


 奥歯を噛みながらつい本音を漏らしてしまう。

 小さな声だったので、回りにいる人間には聞こえなかっただろうと思ったが、近づいてきていたプリンにだけは聞こえたようで、真っ赤になって3歩程後ずさった。


「え、っま、まぁ、危ない瞬間はあったけど、楽勝よ! フミアキに心配される程じゃないわ!」


 ツンデレも健在である。



 ────あの時。

 ローラレイが壁に吹き飛ばされ。

 プリンが背中を切り裂かれ。

 アドルフが倒れた。


 あの時俺が書いた一言。


 "ドラゴンスレイヤーの素材はゴルドナイト"


 鉄の5倍の強度と重さを誇る錬金金属。

 その武器はぽめらにあんであるプリンにとっても簡単に扱える代物ではなかっただろう。

 だからこそ彼女は努力をしたんだ、筋肉をつける方向性ではないにしても、たくさんの魔物を狩って強くなったに違いない。


 きっとその努力の時間が、種族を越えて殊勝な性格をはぐくんだのかもしれない。


 今の彼女の体は、俺が知っている15歳の女の子そのものの体型で、無駄な筋肉がついているようには見えない。

 しかし彼女の一撃は、以前のドラゴンスレイヤーと比べても桁違いな威力だ。


 だからこそアークデーモン相手でも戦えた。

 一言を書き込んだだけで、俺達の運命が一気に開けたのだった。



「さぁ、帰ろうぜ」

 そうアドルフが言ったことで俺達は踵を返す。

 もうここでやるべき事は必要以上にやった。


 疲れたし、帰って寝たい気持ちでいっぱいだ。


「ファイアーボール」


「っておぉい! まだファイアーボール機雷作ってんのかよ!」

 アドルフが突っ込んだことで我に返ったのか、ローラレイが作業を中断する。


「あ、だって、もういいって言われてなかったですし」


 確かに言ってない。

 言ってないけど、空気読んでくれ。


「どうすんだよこの洞窟……見えない機雷がいっぱい浮いてるんだが?」


 接触型なので触れない限り爆発せずに暫く留まるだろう。

 最後には霧散してなくなるとは思うけど……


「他のパーティがここに逃げ込んだら大変なんじゃ」

「どうしましょう?」

「うーん」


 と悩んでいると、ちょっとした地響きが洞窟の奥から聞こえてきた。


「何だ何だ?」

 それはまさに踏み荒しスタンピートの音!


「やべ、大物狩ったせいで統率をなくした魔物が逆流してるんじゃないか?」

 俺の言葉にアドルフが思い付いた顔。

「丁度いい、あいつらに機雷の処理をして貰おうぜ」

「アドルフそれ、名案な」

 人差し指をビシッと向けながら俺が答える。


 そういうことなら……。


「出口まで走れぇー」


 俺の言葉に一斉に走り出す4人。


 こうして俺達の長い一日は終わりを向かえるのだった。



「ちょっと待ってぇ、みんな早すぎるー」

 レベル1の俺は明らかに置いていかれたが。

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