謝罪と全滅

 プリンを運び、アドルフ達と別れた場所にたどり着くが、そこにはもう二人は居なかった。


 居てくれればそれに越したことはなかったが。

 俺が先に行けと言った以上彼らが悪いわけではない。


 それでも思うように話が進まない事にイラついた俺は小さく舌打ちをした。


 それが聞こえたのか、プリンが声を絞り出してこう言った。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 切られていない方の目から涙がこぼれ落ちてゆく。

 その目は絶望に暗く沈んでいた。

 

 このプリンから、こんなに悲痛な言葉が出てくるとは思っていなくて面食らってしまった。

 とはいえ、彼女の下らないプライドのために撤退の機を逃した事もあり、許すつもりはない。


 しかし、その謝罪はどうやら俺に向けられたものではないようで、焦点の合わない目で訴えかけるように何度もつむがれた。


「謝ったって何の解決にもならねぇから止めてくれ」

 何となくそれを聞くのが辛くて、ついきつい口調で制止してしまう。

 代わりにプリンはようやくこちらに焦点を合わせた。


「私、ずっと人間が弱い生き物だと思ってたし。バカにして良いって家族からも言われて育ってた」


 そして、語り始める。

 からだ全体が小さく震えて居るのは、背後に迫る死の恐怖からだろうか。

 それとも後悔と共に漏れそうになる嗚咽おえつを我慢しているからだろうか。


「でも、人間も私たちに成果を求めたわ。威張るだけの成果を……そんな関係の中で急に仲間だなんて言われても、どう接して良いのか分かんないじゃない……」


 彼女はぽめらにあんであることに誇りを持っているのだろう。


 だがそれは同時に重責じゅうせきでもある。

 祖先が人間をバカにしてきた歴史が、彼女の自由を奪っていた。


 これだけ人間をバカにしてきたぽめらにあんが、人間に負けるようなことがあれば、鬱憤うっぷんを晴らすかのように人間達に責められるだろう。


 だからこそ成果を求めたのだろうが……。


「それがこの結果じゃぁ笑えないよな」


 俺達パーティは変わってしまった。

 だが本質が変わった訳じゃない。

 アドルフも口が悪いが、人を見下すことはない。

 俺みたいな足手まといでも、対等に接してくれる。


 ローラレイだってそうだ。

 きっと今のプリンがチームに加わったときは喜んで歓迎会を開こうとしただろう。

 それが行われたかは分からないが、純粋に相手を疑わない姿勢は、今だって同じだ。


 そしてその二人だからこそ、きっとこんな状態のプリンでも必死になって助けてくれると信じている。


「行こう、仲間の所に」


 プリンはもう、顔を上げなかったが、すすり泣く声が彼女の生存を教えてくれた。



 俺は頭を上げて回りを見渡す。

 道は二つだ。

 俺達が侵入してきた洞窟、一時はローラレイの牽制と、天井の崩落で進行が止まっていたが、まだ様子見しているとは限らない。

 最悪挟み撃ちということも考えられる。


 一番可能性が高いのは、途中で助けたアンゴラの居たパーティの入ってきた洞窟。

 しかし、入ってきたものと、それを運搬したアドルフなら道が分かるかもしれないが、運悪く横道にそれてしまえば外に出られるかは分からない。


「別れてから往復10分……アドルフもろくに動けない。そうなると急げばまだ追い付けるだろうな」


 俺は誰に聞かせるともなく独り言を口に出しながら、足に力をためた。

 そのまま近くの岩に飛び乗る。


 俺が倒したサイクロプスの死骸が見える。

 その方向へ滑空するように飛んでいく。


 魔物はあらかた倒したとはいえ、未だ岩の間には小規模な隊列が見える。

 無尽蔵に湧いてくるイメージに少し震えた。


 着地と同時に今度は洞窟の方へと足を進める。

 プリンも静かにだが息をして居る。


 ああ、そういえば馬車の中でプリンの鼓動を聞いて、命の重さを知った。

 この呼吸もただただ重い。


 ここでついえさせてなるものかと、暗い洞窟へと飛び込む。

 そしてスクロールシューターの小さなファイアーボールをその洞窟めがけて放った。


 このファイアボールは、空に向かって放てば信号弾としての機能も果たすが、こういった洞窟でも使えるように障害物から一定の距離を取って飛ぶように設定してある。


 その光を追いかけ、抱え上げていたプリンを背負って、ひたすら進む。


 運の良いことに分岐らしい分岐もないまま、俺は見覚えのある背中を見つけることが出来た。


「アドルフ!」

 二人が無事であること、そして上手く合流できたことに安堵あんど


 しかし俺の呼び掛けに振り向いた彼の顔が、一瞬で恐怖にひきつるのを感じたとき、背中側から強い衝撃を覚えた!


「がふっ」

 俺の肩口に乗せられていたプリンの口から大量の血が吐き出される。


「プリン!」

 俺は身をよじって、後ろから攻撃してきた相手からプリンをかばう。

 そして目が合ったのは先ほどのアークデーモンだった。


「弱い人間が……良くも我輩をコケにしてくれたな」


 その目は怒りに燃え、瞳孔どうこうが横一文字に絞られていた。

 俺は次に予想される行動に対して、プリンを背負うのを諦め、シューターからシールドの魔法を打ち出した。


 サイクロプスに破られたシールドの強度など、アークデーモンにとっては紙切れみたいなものだろう。

 実際その鋭い鉤爪かぎづめでもって容易に切り裂かれる。


 とはいえそれを切り裂いたぶん、俺のからだがギリギリ間合いを離れ、怪我を免れた。

 その一発をはずしたからといって、追撃はこちらの体制が整うのを待ってくれる訳がなく。


「死ぬがいい」

 反対の手の爪が俺に襲いかかる。


 ガギィ!


 一瞬の火花に、アドルフの残像を見る。

 その背中越しに、彼の破邪の剣と鉤爪が擦れ合う高い金属音が響く。


「逃げろ、お前ら」


 押し返し、横一閃に剣を振るうアドルフであったが、やはりどこか精細を欠いている。


「お前を置いて逃げれるかよ!」


 そう言いながら急いでプリンに向き直ると、背中の沼ルーパーの鎧は縦に3本切り裂かれ、その一部は肺にまで達しているのだろう。

 体を痙攣けいれんさせ、呼吸困難に陥っているのが分かる。


「ローラ!」


 俺が顔を上げるが、完全にテンパっていた。

 プリンを助けるか、アドルフの援護に回るか、判断がつかないのだろう。


「プリンの応急処置を……」


 言いかけた俺の横を、なにかが通りすぎる。

 高速で動く風にあらがい、顔を上げた瞬間ローラレイはその大きな拳で殴られ、洞窟の壁に体ごと打ち付けられていた。

 地面に先についた足は、体を支えることなく顔から地面に倒れ伏しでゆく。


「もう一体居たのか!」

 更なる絶望感と共に、何としても逃れるために考えていた策が全て吹き飛ぶ。


「ふん……ビルダイン、余計な真似を」

 戦闘中の筈なのにアークデーモンが余裕で言葉を向けた相手が、それに答える。


「戦いではまず術師を潰すのが定石だぜ兄ちゃん」

 闇から現れた細身の悪魔からも、異様な雰囲気を感じ取った。


 ローラレイが気絶していては、瀕死のプリンを救う手立てはない。


「万事休すか……」

 先程までフル回転していたはずの頭が真っ白になり、自然と俺は足の力が抜け、ごつごつした岩肌に膝をついてしまう。


 そこに蹴り飛ばされたアドルフが転がってくる。

 すぐさま立とうとするが、地面についた手すら力を失い、そのまま横倒れになった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 アドルフの荒い息づかいだけが聞こえる。


「さぁ、最後の切り札の一つや二つあるんじゃないか?」

 楽しげに悪魔達が笑い、俺達を観察する。

 オンライトのスクロールシューターの時のように、人間の魔法や奥の手を知り、余裕で打ち破ることで相手の心をくじきたいのだろう。


 たが、最後の切り札なんて、俺にはない。

 オンライトのスクロールシューターは奪われているし、シールドの魔法も紙切れ同然だ。

 その他の魔法を駆使しても、彼らから逃げ出せる方法なんて浮かばない。


「俺のなんて期待すんなよ」

 アドルフが俺に笑いかけてくる、それは弱々しくあったが、いつもどおりに皮肉めいていて、俺も少し笑えた。


 ローンウルフで招いたピンチの時には彼の真の力は発揮されなかった。

 代わりにこの手帳が救ってくれたんだ。

 懐に忍ばせていた手帳に触れる。


 プリンの性格が招いたピンチを書き換えることができればあるいは……

 しかし、考えなしに設定してしまえば、今度はプリンの存在自体が消滅してしまうかもしれない。


 こっちのプリンの最後の涙を思い出し、いたたまれない気持ちになる。

 彼女の象徴たるドラゴンスレイヤーも折れてしまって、彼女にはもう何もない。


 そして元のプリンとの最後の夜を思い出す。

 あの日彼女は、復讐のくさびから解き放たれ、ひとりの女の子として人生を謳歌おうかする筈だった。


 その輝かしい人生を俺が消してしまった!

 そして新しく生まれたプリンさえも失いかけている。

 

 二人の本質的に同じ少女。

 折れたドラゴンスレイヤー。

 ぽめらっちょと人間。


 真っ白だったはずの俺の脳内に火花が散った。

 それは希望というパワーに変換されて身体中を駆け巡る。


 急いで手帳を取り出すと、挟んであったボールペンを取り出し、一文を加える。


 その不思議な行動に、悪魔達も何が起こるのかと瞬時身構えたようだが、特になにも起こらない。


「はは、遺言でも書いたか? 興ざめだな」

 そうやって笑って、最後の止めを刺しに歩き出す。


 そんなことなどお構い無く俺はアドルフに告げる。

「アドルフ、目をつむってくれ」


 突然の意味不明な言葉に目を白黒させる。

「なんだよ、キスでもするつもりか!?」

「アホか! 興味ねぇよ!」

 俺の突っ込みも普段通りだ。


「……じゃぁ何か意味があるんだな、予言者さんよ」

「ああ、取って置きのヤツがあるんじゃ」

「またでたよ、が」

 アドルフの突っ込みも普段通りだ。


「信用できないか?」


「いいや──フミアキがって言う時は、信じて良い時だろ?」


 ニヤリと笑ったアドルフが目を閉じる。

 次に開けたときに目の前にプレゼントの箱があると信じる子供のように。

 この期に及んで楽しそうにすら見えるその口許に。

 俺の不安も消え去った!


 そのやり取りを見て、死を覚悟したと受け取ったのか、悪魔が興味を無くしたように俺達に爪を向けたとき。


 俺が最後に書いた文字が手帳から消えた──。

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