意固地と強敵

 俺は切れかけの風の魔法で、岩の上を飛びながらアドルフ達の戦うエリアへと急いだ。


 同じ大きな洞窟内ではあったが、岩や鍾乳石に阻まれ、見えていなかった姿をとらえた時。

 状況がかんばしくない事を悟った。


「大丈夫か!」


 ふわりと着地しながら俺は叫ぶ。


「ああ、俺は何とか……」

 力無く答えたアドルフの鎧は脇腹の部分が大きく裂けている。

 きっと何らかの攻撃を受けたのだろうが、回復の魔法がかけられたのか傷自体は塞がっている様子で安心した。

 ただし失われた血を戻す事はできないようで、顔色を悪くして岩にもたれ掛かっている。


「バフォメットは倒したぜ」


 アドルフが自慢げに語り、親指で指した方向には恐怖の魔物が横たわっている。


「もう撤退してもいい頃合いじゃないか? 十分に損害は与えたはずだろ」


 俺たちの任務は単なる嫌がらせだ。

 敵に混乱を招くのが目的であって、無理してバフォメットやサイクロプスとガチンコして来いって話ではない。


「撤退……したいところなんだがな」

 足をよろめかせながらアドルフが立ち上がる。


「何か問題があるのか?」

「お嬢様が先へと進むと言って聞かないんだよ」

「は? バカなのかあいつは!」


 俺が吐き捨てた言葉に、少し焦った様子を見せたアドルフだったが、フッっと苦笑をひとつ漏らし。

「間違いないな」

 と笑って答えた。


「ローラが説得に行ってる……ちょっと肩を貸してくれ」

 先ほど立ち上がったアドルフだったが、そのまま岩に背中を寄りかからせている。

 やはり血が足りないようだ。


「無理したな、掴まれよ」


 俺はアドルフの指示どおり進む。

 先ほどのように、岩と岩の上を飛んで行ければ、見張らしもよく、すぐに見つけることができるのだが。

 岩と岩の間を縫って進むのはまるで迷路を進んでいるかのようで、不安になる。


 少し行くと、岩の奥から戦いの音が聞こえ始めた。


 岩が小振りになってきたことで、視界が開ける。

 そこはこの洞窟の出口付近で、これからまただんだんと道が狭くなる辺りだった。


 大きな剣を持った影が、狂ったように獲物を振り回しているのが見える。

 その後ろに、回りを警戒してついていくローラの姿も確認できた。


「ローラ!」


 俺はすぐさま飛び出し声を上げた。

 それに二人とも気づいたのだろう。

 安心感を漂わせるローラレイと、対照的に苦虫を噛み潰すような表情で舌打ちをするプリン。


「ここでの目的は十分に果たした、撤退しよう」


 どうせそう切り出すと分かっていたのだろう。

 プリンはそれを鼻で笑う。


「あら、妖精様まで臆病風に吹かれまして?」


 足手まといや役立たずとは言わずとも、やはりこのプリンは性格がねじ曲がっている。


「ああ、アドルフも血を流しすぎた。それにバフォメットも仕留めたんだ、予定以上の大手柄だよ」


 その発言が気にくわなかったのだろう、目をいて怒りを全身にたたえる。


「私が手も足もでなかったバフォメットを、アドルフとローラで倒したのがそんなに嬉しいのね?」

 どうやら彼女の傷ついたプライドをつついたらしい。

 ギリギリと音が聞こえるのではないかというくらい歯軋はぎしりをしている。


 「私はまだ余裕だわ、貴方達は隠れてついてくればいいじゃない!」


 そういって更に奥へ進もうとする。

 アドルフも、掛ける言葉が無いのか、項垂うなだれたまま頭を力無く振っている。

 言っても聞かないと諦めてしまったのだろうか。


 前のプリンを知っている俺だけの感情かもしれないが、それでも死地に飛び込んで行く彼女を進ませるわけにはいかなかった。


「行っちゃダメだ! もっと強い魔物だって居るかもしれないんだぞ!」


 更に食い下がる俺に、一瞬だけ足を止めるプリン。

 しかし、俺の説得が効いたからではないようだ。

 振り返ったその顔は、不適な笑みが浮かべられていた。


「じゃぁそれを私が一人で倒したら、私が一番強いわけよね」

 そういって岩の上から更に飛び上がり、先へ進んでしまう。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのかは分からないが、このまま放って置く訳にはいかない。


 プリンに置いていかれたことで、ローラがこっちに寄ってくる。


「フミアキさん、どうしましょう」

 不安げに尋ねるその言葉に、俺はローラレイの目を見て言った。


「ローラ、風の移動魔法をかけてくれ」

「バカフミアキ、行くのかよ……ほっとけよもう」

 アドルフが肩に回している手に力を込めたが、俺は揺るぎはしなかった。


「あんな性格悪くても仲間だろ……ローラ、アドルフを外へ連れていってくれ」


 魔法の詠唱を終え、また背中に風の魔法を感じた俺は、ローラにアドルフを託すと、そのままプリンが飛び上がった岩へと乗った。


「プリンを連れ戻してくる」


 そういって彼らを背にして次の岩へと移動していく。

 地面に横たわる魔物は死屍累々とそれをさらしている。

 それはまるで血塗れの道標のようで、この先に不吉なものが待ち受けているようにすら感じさせた。

 それでも追うしかない。


 かなり飛ばしたのか、数分の間にずいぶん進んだようだ。

 ようやくプリンのピンク色の鎧が見えた。


 しかしその背中は片膝をついてふらついている。

 そしてあろうことかドラゴンスレイヤーが半ばで折れて、地面に転がっているではないか!


「ちょ、ものの五分だぞ! 急展開過ぎるだろ!」


 魔物に突っ込んでピンチになるって設定が元からあるにしても、あまりの展開に俺までもついていけない。


 その体が地面に向かってゆっくりと倒れそうになった時、滑り込むように俺の腕が彼女を抱き抱えた。


「フミア……キ」

 その時初めてプリンの整った顔に、大きな切り傷があることに気がついた。

 それは茶色い髪の生え際から、左目を通り、顎の骨で止まっていた。

 この威力では頭蓋骨にも損傷があるに違いない。

 彼女の意識も朦朧もうろうとしているようだった。


 と、そんな観察をしている暇は、はっきり言って無い。

 ここにはドラゴンスレイヤーをへし折り、ものの数分でプリンをここまで追い込んだ相手が居る筈なのだから。


 そしてその相手が今、俺たちの上に影を作る。


「虫けらが……まだ居たか」


 人語を介す魔物。

 振り返る俺と目があったのは。


「アークデーモン!」


 名前の通り、モンスター達の中でも支配階級にあると言われる悪魔だ。

 人間で言うならば貴族の地位にある。


 財産や人脈で決まる人間の貴族に比べて、彼らの地位は業績や力そのものによるものが多い。

 彼がそうであるのなら、簡単に勝てる相手ではないことが容易に想像できる。


 俺は咄嗟とっさの動きでプリンに軽量化のスクロールを打ち込むと、風の魔法で一気に来た道へと飛び上がった。

 逃げてすぐにでも治療しないと、プリンは助からない。

 急いでローラの元に……


「お前、不思議な魔法の使い方をするのだな」


 高速で飛ぶ俺の横を余裕で並走するアークデーモンの声。

 余裕で追い付かれている現状に、背中に冷たい汗をかく。

 普通に逃げきるなんて無理だ!


 考える間も置かずに俺は腰からオンライトのスクロールシューターを抜……!


「なんだこれは、見たことの無い武器だが」

 抜いた筈のスクロールシューターを、アークデーモンが繁々と眺めている。

 早い、いつでもこいつは俺たちの命を奪うことができる。


「おい、これはどうやって使う」

 好奇心旺盛おうせいな彼は余裕を隠さず、俺に話しかけてくる。


「そこを握って、金具を指で引くんだ」


 俺は震える声で答えると、アークデーモンはそれを躊躇ちゅうちょ無く実行した。

 俺の調整したオンライトの魔法。


 本来洞窟探検などで長時間浮遊させて辺りを照らす魔法を、同じ魔力量で1秒以下の発光に書き換えてある。


 魔法が発動したと同時に、周囲をまばゆい光が包み込む。

 悪魔や不死者の弱体化も狙える魔法ではあるが、本来の使い方は目眩ましだ。


「ぐわっ!」


 その瞬間を見逃すわけがない。

 俺は足に力をため、そのまま飛び上がり壁を蹴ると、洞窟の中を泳ぐように来た道を引き返す。


 ローラレイにプリンの傷を応急処置してもらったら、そのまま4人で外に逃げよう。

 こんな化け物が居るということを報告するだけでも、きっと人間側の有利になる。


 急げ。

 急げ!


 焦る気持ちが足を動かし、冷や汗を置き去りにしながら、ただ進むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る