嗜虐と余裕

 今まで大岩の影に居たのだろうか、もう一体のサイクロプスがこちらを見下ろしている。

 仲間を殺された事で怒り狂っているのだろうかと思いきや、表情からは全くそんな様子を見せなかった。


 ただ嗜虐しぎゃく的な、弱いものいじめを楽しむような気持ちの悪い感情がそこにはあった。


 と、その時サイクロプスが裸足の爪先をこちらに向けて、蹴りとばしてきた。


 彼にとっては本気の蹴りではなかっただろうが、原付バイクとぶつかったかのような衝撃がはしる。


「がっ!」


 俺は両手でそれを受けたが、体はふわりと浮き上がり、そのまま岩がごろごろと転がっている地面へ5m程吹き飛ばされた。


 本来この状態はかなり大きなダメージを被りそうだが、未だローラレイが施してくれた風の魔法のお陰で着地の手前でふわりと減速することができたのは幸いか。


 安堵のため息を付く暇もなく、サイクロプスが数歩助走を付けたと思えば、岩を飛び越え、そのまま鉄塊を振り下ろしてきた。


 その威力は凄まじい。

 先ほどの個体とは別格の強さを感じた。


「あれはゴルドノイド製!」


 叩きつけられたのは先ほどの剣と同じようだったが、その刀身は金色に輝いていた。

 そして鉄の5倍の重みを示すように、地面にはちょっとした亀裂を作り出していた。


「やばっ!」

 モーションの大きな一撃は、転がってなんとかかわしたが、サイクロプスがそこで手を緩めるわけがない。

 そのまま地面に刺さったゴルドノイドの剣をこちらに向かって無理矢理振った事で、地面の岩や砂を飛ばしてきたのだ。


 俺はとっさにシューターに手を伸ばし、シールドの魔法を発動。

 石礫とはもはや言えない大きさの岩までが、シールドに当たって落ちてゆく。

 当たりどころが悪ければ一発でもピンチにおちいるだろう。


 そしてその砂煙の向こうから、もはやその巨体に似合わぬ身軽さで突進してくるサイクロプスが、その剣を振り抜いた。

 シールドはまだ残っていたが、あまりの恐怖に後ろにとびずさってしまった。


 その行動が正解だと気付いたのは、魔法で作られたシールドが、薄氷を割るように簡単に剣で砕かれてしまったからだ。


 これには青ざめるしかない。

 次に攻撃が来たら使おうと思っていたシールドは用を成さない事が目の前で立証されてしまった。


 と、そんな状況でも反撃の種を植え続けなければならない。

 俺は地面に罠のスクロールを置くと、次の攻撃を誘うように距離を離す。


「さぁこい化け物が!」


 こちらに注意を向けるために効かないと判っていても、最後のファイアーボールをサイクロプスへと向けた。

 全長2mもある火球が迫るが、全く動じる様子はない。

 むしろその左手を伸ばしたかと思えば、手のひらでそれを受け止めてしまった。

 すぐにウィンドカッターでファイアーボールを爆発させる。


 しかし、爆炎の中に居たのは無傷のサイクロプス。


 彼はこの戦いを楽しむかのようにニヤリと笑うと、さらに俺に向かって突き進む。


 踏め!


 罠のスクロールを岩影に忍ばせておいた、足を付くならここだろうという場所だ。

 これさえ踏ませれば、最後のファイアーボールも無駄にならない。


 しかし、サイクロプスはわざとらしくステップを踏み、スクロールを避けた。

 そして俺の近くまで寄り、また嗜虐的な笑みを浮かべる。


「こいつ、さっき仲間がやられたとき見ていたな」


 俺は歯噛みする。

 このサイクロプスは俺を心までいたぶって楽しんでやがる。

 彼らが愚鈍であり、頭が悪い等と言ったのはどこのどいつだっただろうか。


 兵士が戦場に集まった隙を狙ってスタンピートを画策するものだって居たのだ、彼らは知略も持ち合わせている。

 同じ罠に引っ掛かる道理はないだろう。


 そしてその戦い慣れした動きは、彼が幾度もの戦いで何人もの人間を倒してきたかを物語っている。

 だから俺が次に何をして、どう考えるかなんてお見通しなのだろう。


「ただ、その余裕が命取りになるかもな」


 そう。俺は今までの敵とは違う。

 彼の前にレベル1で立ち塞がった人間は居なかったはずだ。


「俺には俺の戦い方があるんだぜ」


 サイクロプスの気持ちの悪い笑みに対して俺も不適に笑って見せる。

 それが気に入らなかったのか、サイクロプスは肩に担いでいた大剣を、その肩で反動を付けて素早く振り下ろした。


 瞬間俺は風の精霊の力を借りて、サイクロプスの懐へと飛び込む。

 それは死地でもあり、体の大きな彼の死角でもあった。


 同時に、風の魔法を最大出力で足元にためてサイクロプスの顎に強烈なアッパーを叩き込んだ。


 もちろん俺の素手のパンチなど、ファイアーボールすら無効にするその防御力の前にはゴミクズだ。

 彼も歴戦の勇者、きっと体の中はマナでパンパンになっていて、ちょっとやそっとの攻撃で傷付くことはないだろう。


 逆に俺の拳は、壁に向かって豆腐を投げつけたように簡単にへしゃげてしまうのは目に見えている。


 しかし、それよりも高密度のマナで攻撃をすれば、豆腐のように砕かれるのが、彼の顎であることは間違いない。


 事実、俺の攻撃で彼の下顎は割れ、骨は粉砕しているのだろう。歯の数本が唇を突き破って見えている。


「ザマァ見ろ!」


 俺は右手にポケットから取り出した手帳を握っていた。


 本来俺に吸収されるはずだった経験値は、プリンやアドルフと同程度の量があるはずだ。

 それを体よりも小さな球体に閉じ込めたとしたら、その強度は計り知れない。


 顎を砕かれたサイクロプスは涙目になり、両手で顎を押さえた。

 手放されたゴルドノイドの剣が地面に倒れただけで窪みを作った。


 俺はその好機を見逃さない。


 スクロールシューターを手に取ると、状況をまだ飲み込めていないサイクロプスへと肉薄した。

 そして体にくっつけるように引き金を数度引く。


 驚いたサイクロプスが俺を払おうと手を伸ばしたのをい潜る。


「さっきのキックのお返しだ」


 俺はサイクロプスの体を蹴り上げた。

 サイクロプスの体が、驚くほど簡単に上空へと飛び上がってゆく。


 そう、さっき使ったスクロールは【軽くする魔法】

 俺特製の、効力10秒だけの移動に使うスクロールだ。


 何が起こっているのか判らずに、無闇に宙を掻いているサイクロプスを尻目に、俺は踵を返す。


「お前は強かったがそれだけだったな」


 俺がそう溢す頃には、サイクロプスの体は高さ50m程まで飛び上がっていただろうか。

 そして10秒、時間が来た。


 彼の体格から想定される重体重は2トン以上。

 その体が地面に激突し、鈍い音と共に水音を滴らせる。


 背中でそれを聞きながらも、結果を俺が見ることはなかったが、彼がもう二度と立ち上がらないことだけは判っていた。



「アンゴラ達はもう外に逃げ出せたはずだよな」


 地面に転がる沢山の死体。

 残るモンスターももはや彼女達を追うことよりも、サイクロプスを仕留めた俺に恐れを成して近寄ってこなくなった。


 やりとげた満足感と共に。

 もうひとつのやるべき事を思い出す。


「そうだ、俺は全てを助けるとアドルフに誓ったんだ」


 片方だけではダメだ。

 二つとも成し遂げてこそ、わがままを通す力を持っていることを証明できるんだ。


 俺は切れかけている風の魔法を使って、アドルフ達の方へと移動し始める。


 スクロールはもはや殆ど残っていない、風の魔法も切れかけだ。

 満身創痍な俺でもなにかやれることはあるはずだと、仲間の元へと急ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る