選択と孤立

「君は?」


 俺はスクロールシューターを敵に向けて牽制しながら、女の子に問いかけた。


「遊撃隊で参加してるモンスターハンターのアンゴラです」


「後ろに転がってるのは?」

「私のチームメイトです」


 モンスターを飛び越えた際に見えたのは2人の男性。

 洞窟の壁にもたれ掛かって動かない剣士と、地面に倒れ伏している魔法使いだろうか。


「生きているのか?」

「私が魔法をかけてあるので、かろうじて」


 状態は悪いが、より悪くならないよう保たれているということなのだろうか。

 だとしても、この状況。

 レベル1の俺が駆けつけたところで、事態が好転するとは思えない。


「なんでアドルフは居ないんだよ」

 俺が吐き捨てた瞬間、壁を蹴って地面に着地する影が俺達に並んだ。


「すまんアンゴラ、待たせたな」

「アドルフ!」

「お、フミアキ何やってんだここで」


 体に損傷は無いようだ、わりと元気そのものに見える。


「アドルフさん、ありがとうございます」

 アンゴラが敵から目を逸らさずに淡々と礼をいう。

 怒っている訳ではないのだろうけど、なんだかぶっきらぼうな話し方が引っ掛かる。


「二人はダンジョン入り口まで運んだ、もう救急隊が到着してると思うぜ」


 アドルフの発言から察するに、アンゴラのチームメイトが全滅しかけたところ、アドルフが助けに入った状況だろうか。

 そのまま2人を抱えて入り口まで走って、戻ってきた。


 俺がその答えを導きだしている一瞬で、目の前にいた雑魚をなぎ倒したアドルフは、破魔の剣を鞘に収めてこちらを向いた。


「フミアキ、状況は」


「プリンはバフォメットに押されてる。今はローラの魔法で牽制しているけど、詠唱したぶんはもう使いきる頃だよ」


 シャイニングレイを50本撃ってしまえば、また詠唱から開始しなければならないが、魔法使いにとって一番危険な瞬間であることは間違いない。

 そこをカバーするべきプリンも満身創痍な状態である以上、アドルフが戻らないと俺達のメンバーがピンチになってしまう。


「他人に構ってる暇は無いってか」

 少し離れたチームメンバーを見るアドルフが溢す。


 目の前の雑魚も片付けはしたが、すぐにまたこちらに寄ってくるだろう。

 アンゴラも戦闘職では無い様子、もしそうだったらゴブリン程度は倒せていた筈だ。


 選択を迫られる。

 俺は不意に、横にいるアンゴラとローラレイ達の命を天秤にかけていた。


 そんなことをすれば絶対に仲間に天秤が傾くのは承知の上でだ。


 あの日。

 盗賊と戦った日。

 アドルフは俺に拳をくれてこう言った。


「今後こういう事は度々起こるだろうさ、その時また綺麗事を言いたいなら、ここで別れろ」


 ならば、アンゴラとその仲間を置き去りにして、パーティメンバーの加勢に行くのが正解なのだろう。


 つい俺は横にいるアンゴラの目を見てしまう。

 その目には、大切なものを守ろうとする必死さと、見捨てられても仕方ないという諦めが同居していた。


「フミアキ、決めろ」


 覚悟を試されている。


 無慈悲に、自分の大切なものを守るために、何かを犠牲にする精神を。



 逡巡(しゅんじゅん)の後、決断を口に出した。


「両方助けるに決まってるだろ!」


 甘いと言われてもいい。

 現実的で無いのも分かっている。

 だけど、見捨てることなんて出来るかよ!


「俺はここに残る、アドルフはローラを助けてやってくれ!」


 俺の叫びにも似た指示に、アドルフはニヤリと笑みを返してきた。


「わかったぜ、悔いを残すなよ」

 それだけを言うと地面を踏みつけ、かき消えるように移動してゆく。


 その背中を見送るのと、新しい敵がこちらへ向かってくるのはほぼ同時だった。


「アンゴラさん、そう言うことで俺はここを受け持つよ」


「ありがとう、バカなヒト」

「えっ、それ感謝してるの? 馬鹿にしてるの?」

「どっちも」


 えーっ。

 残んなきゃ良かったかなぁ……


 だけど呆れて覗き込んだ彼女の目は、安堵の気持ちに満ちていた。

 これを見れただけで、命を張る価値はあった!


「アンゴラさんは、二人を連れて逃げて」

「それは無理」


 即答!?


「レッキス……あの鎧の人のこと。身に付けてるのゴルドノイド製なのよ」


「ゴルドノイド?」

 どこかでこの単語出てきたな……

  確かスケルトンロードの王冠の素材で、偽金貨とかも出回ってる感じのやつだった。


「ゴルドノイドは鉄の5倍の強度を誇る素材。でも重さも5倍なのよ」


 レッキスと呼ばれたその男性の鎧を良く観察すると、金色に光っているのが分かる。


「あれもゴールドじゃないんだ」

 目立ちたいマンだと思っていたが、強度を高めた防御極振り戦士だったのか。


「バカね。ゴールドも鉄の5倍の重さはあるけど、強度が無いでしょう?」


 くそう、この世界ルールなんて俺が知るわけないだろう。

 って俺が書いた作品のはずなんだけどね!?


「とにかく重くて私じゃ運べないの」

 思案に暮れた様子を見せながらも、メイスは油断なく敵の方に向ける。


「大丈夫だ、ここは任せて君は逃げてくれ」

「仲間を置いていくなんてできないわ」


 手にひのきのぼうしか持っていない俺に、どれだけの説得力があるか。

 そんなもの口に出さなくても分かっている。

 あとは行動しかない。


「これを使って」

「スクロール?」


 俺は2枚のスクロールを、バインダーのようになった木の板の間から慎重に取り出す。

 これは長時間、物を軽くさせる魔法が仕込んである。

 俺の短時間の物とは違って、普通に運ぶ用途に使うためのものだ。


「これで彼らの体を軽くして運べば、君でも逃げることができるよ」


「でも貴方が死ぬわ」

 言葉には悲観的な抑揚はなかったが、その目から俺を心配する気持ちが伝わる。


「大丈夫、伊達にこんな場所にいないさ!」

 俺はウインクをして彼女を安心させようとしたが。


「気持ち悪いわ」

 ちょっと辛辣な言葉が返ってきたんですけどっ?


「でも。ありがとうおバカさん。貴方の名前忘れないわ」


「名前呼ばれた記憶ないんだけど、おバカさんで覚えてないよね?」


 その問いを向ける前に、アンゴラは走って仲間に駆け寄ると、スクロールで彼らを軽くし、服の一部を持って引っ張った。

 体格の大きくない女性でも、それは簡単に動くようだ。

 ただ引きずるように運んでいるので、あちこちぶつけているようだが……まぁ死なないだろう。


 そこまで見て安心した俺は、モンスターに向き直る。


 ゴブリンやコボルトといった低級魔物が、ぞろぞろと近づいてくる。


「さぁて、やれるだけやろうかね」


 体が熱い。

 鼓動に合わせて体が脈打つのが分かる。


 俺がピンチになっていたとき、いつもそばに力強い仲間がいた。

 最後は彼らに任せてしまえば大丈夫だと、どこかたかをくくっていた所があった。


 だが、今は違う。

 アドルフはしばらく戻らないだろう。

 自分で決めたことだ。


 いや、戻って来ないかもしれない。

 散々言ってくれていたのだ、甘えを捨てろと。

 人を殺すのを躊躇った日、チームの調和や倫理観を乱す俺を、保留してくれたのは優しさだった。


 それなのに俺は、あの時と同じような答えを出した。


「綺麗事を言いたいなら、ここで別れろ」


 それに俺は何て答えた?


「同じ場面になったとき、同じことを言うようだったら、俺を捨ててくれ」

 そう言ったんだ。



 俺に後はない。

 2つともを守ると言ったんだ。

 口だけで終わらすつもりはない!


 俺はマントを跳ねあげ、腰のホルスターを露出させる。

 そこにはズラリとスクロールシューターが並んでいるのだった。

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