慢心と窮地

 死体は大小折り重なるように散乱していた。

 3mはあるかという巨体が転がっている時には、乗り越えるか迂回をしなければならなかったりと、真っ直ぐに進むことは不可能に近かった。


 それでも、最短距離を詰めるように、ただ進んだ。


「フミアキ、掴まって」


 サイクロプスの死体の上から、ローラレイが声をかけてくる。


「追い付いたんだ」

 やはり経験値を得て身体能力が上がっているローラレイに敵う筈もなかった。

 自分にできることは戦況把握や補助。あとはがむしゃらに走ることだけなんだが、それでも追い付かれてしまって少しくやしい。


 俺よりかなり細い指に掴まると、どこからそんな力がでてくるのだろうと思うほど、一気に引き上げられた。


「風に後押ししてもらいましょう」

 ローラレイは優しく微笑むと魔法を詠唱し始めた。


 アドルフ達にイレギュラーが起こったのは知っている筈だが、それでも慌てたり取り乱してないのは、彼を信頼しているからなのかもしれない。


「テイルウィンドウ」

 優しい口調で魔法を唱え、俺の背中に手が触れる。

 途端に風が背中側から吹いてくるような感覚。


「さぁ、急ぎましょう」

 ローラレイは俺に微笑むと、手を引っ張ってサイクロプスの死体から飛び出した。

 向かう先は3m程離れた岩の上だろうか。


「届かないって!」


 俺は青ざめたが、ローラレイはその手を離そうとしない。

 ギリギリで足に力を込めて飛び上がってみる。


 すると魔法の効果なのだろうか、背中を風が押してくれ、ふわりと浮き上がるような感覚で、次の石へと着地できた。


「大丈夫みたいですね、じゃぁ急ぎましょう」


 今考えると、俺が先に行くと言った時彼女がテンパってたのは、アドルフ達を心配しての事ではなかったのかもしれない。

 俺にこの魔法をかけてくれようとしたのに、牽制してから追い付いて来てほしいと俺が頼んだから、どちらを優先するか迷っていたのだ。


 結局追い付かれてしまっては、俺が先に出る意味は無かったわけだ。

 冷静を装っているが、俺こそ視野が狭くなっており正確な判断が出来ていなかったのだと反省。


「もっと頼って良いんですよ」

 俺が暗い顔をしていたからか、察したようにそう言ってくれる。


「そうだね、もっとみんなの意見も聞かなきゃダメだ」


 そう言いながら彼女の背中だけを見て進んだからか、気持ちの悪い死体に気を取られることはなかった。

 誰かと一緒ってことはこんなに心強いのだ。



 そして、戦いの音が近づいてきた。


 魔物の叫び声は、唸り声なのか鬨の声なのか悲鳴なのか。

 そのどれもが重なりあうように洞窟に反響している。


「プリン!」


 知った背中を見つけた瞬間声をあげる。

 羽の生えた毛むくじゃらの魔物が、鎌のような武器でつばぜり合いをしている。

 そのまま押し込まれるプリンの足元に、引きずられるような地面の窪みが出来てゆく。


「プリンが力負けしている!?」


 思いもよらない状況にさっと血の気が引く。


「プリンさん、アドルフは!?」

 アドルフが居ない状況に、ローラレイが狼狽えている。

 彼なら大丈夫だと、どこか安心感のようなものがあったのだろうが。だからこそ予想が外れると一気に不安が押し寄せてくるものだ。


「ローラ、シャイニングレイ威力100で50本!」


 俺は命令する。

 感情ではなく慣性で、状況を打開しなくてはいけないと使命感のようなものに突き動かされる。


 そしてローラレイもスイッチが入ったように魔法詠唱を始めた。


「狙いは、バフォメット!」


 プリンと相対しているモンスター。

 ヤギの頭に人間の骨格。女性の体を模してあるが、その体躯は2mを越えている。

 背中に大きな羽を持ち、手に持った大鎌を振り回す悪魔だ。

 プリンが力負けしてしまうほどの豪腕と、鎌という戦いにくい武器に戦況は不利に見える。


 魔法が完成するまでの間にも、プリンは度々ピンチに陥っていた。


 鎌の柄でプリンのドラゴンスレイヤーを受け止めると、滑らすように横に流す。

 そしてそのまま鎌を引くと、プリンの背後から刃が迫る。

 しゃがんでかわしたところに、右手を軸に鎌を回し、柄の石突きの部分で顔を狙う。

 それが顎先をかすめるように通過したので、攻撃をやめてプリンが後方に飛んだ。

 着地の際に少しよろけたのは、一瞬だが脳が揺さぶられてしまったのだろう。


 パワーだけではなくテクニックでプリンを圧倒しているのが分かる。

 そして俺の目に映るプリンもまた、昔のプリンではない。


 ぽめらにあんである事におごって、技の修練を怠っていたのか。

 その剣技は大振りで力任せだった。


 以前のプリンであれば、駆け引きも多少は出来ていた。

 突進すると見せかけて、弓を集中させて剣を盾にして弾く。盗賊との戦いで見せたようなテクニックが、今のプリンには皆無だった。


 自分より弱い敵とばかり戦ってきたのだという戦い方だと素人目にも分かってしまった。


「シャイニングレイ!」

 詠唱の完成と共に、ローラレイの指先から弓なりに光の球が飛ぶ。

 それは薄暗い洞窟に残像となって残りながら、バフォメットへ向かってゆく。


 バフォメットは無表情のまま鎌でそれを弾いたが、第2射、第3射とバフォメットを狙って繰り出される。

 最初に俺が命令した通り、50本の光が連続して悪魔を狙うだろう。


 当たれば多少のダメージを与えられそうだが、そのどれもを紙一重でかわし続ける。



 しかし、俺はこの魔法に込めた意味は、ダメージを与えるためではない。


「プリン! アドルフは」


 俺の問いかけにプリンは疲れ果てた目でこちらを一瞥いちべつすると、指を洞窟の横へ向けた。

 いま居る場所はひとつの大きな空間になっているが、鍾乳石に阻まれて高低差が出来ている。

 アドルフはその向こうという事なのだろうか。


 プリンはバフォメットの猛攻から瞬時抜け出し、肩で息をしている。

 その相手はローラレイが受け持っているが、シャイニングレイもあと何発残っているのか。


 それでも俺はプリンが指し示した方向へと、風の精霊を背中に感じながら走り出す。


 プリンとバフォメットの戦いを遠巻きに見ていた他のモンスターが、走り抜ける俺を見逃すわけがない。

 相手はコボルトやゴブリン。

 雑魚とはいえ、レベル1でしかない俺にとっては強敵。


 俺はスクロールシューターを構えると、目を塞いで発動した。


 オンザライト。

 これまでも洞窟を照らしてきた魔法の、光量マシマシ一瞬バージョンで目眩まし。

 隙間を縫いながら、手にしたひのきのぼうでスネを小突きながら走る抜けると、何匹かの敵は足を抱えて地面に転がった。


 こんなもん相手のレベルに関係なく、椅子にぶつけても痛いもんは痛い。



 走り抜けた先、洞窟の横穴。

 そこにも何匹かの雑魚モンスターが居たが、風の精霊に体を運んでもらい上を飛び越えた。

 その途中で、スクロールシューターを持ち替え、攻撃魔法を叩き込む。


 着地を格好良く決めた俺の目に飛び込んできたのは、大きな横穴に詰め寄るモンスター達と、それに取り囲まれたメイスを持った女の子だった。

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