牽制と救援
俺が見張る
後方からはアドルフがプリンと共に魔物をなぎ倒す破壊音と、魔物達の悲鳴や
「来た。ローラ、ウィンドカッターを」
「うん」
ローラレイは焦ると呪文のチョイスを誤りがちだ。
それに行程がいくつもある高度な呪文は、その詠唱を飛ばしたり計算をミスすることが多い。
だがその場に合った簡単な魔法を、効果的に選択しさえすればローラレイの無限に近い魔力は完璧に作用する。
「ウィンドカッター!」
魔法は地を
ダメージは大きくない筈だが、浮いた体は瓦礫の中腹から一気に地面近くまで落下。
そのまま後方の岩に叩きつけられ動かなくなった。
最小限の魔法で最大限の火力を出す!
これが俺の戦い方だ。
「今度はこっち、次はそこだ」
俺の指示で何本もの魔法が飛ぶ。
人間大で、知性の低い魔物はこの程度の攻撃で問題なく倒せる。
ローラレイもさすがにこんな初級魔法を間違いはしない。
だが油断は禁物だ。
「危ない!」
俺はスクロールシューターを構えて引き金を引いた。
突然飛んできた火球を、俺の魔法のシールドが弾く。
「メイジ系が居るみたいですね」
険しい顔でローラレイが火球の飛んできた辺りを見るが、瓦礫に姿を隠して居るようだ。
きっと次の詠唱を唱えているのだろう。
「よし、じゃぁまた天井を壊そう、ファイアーボール大きさ1、距離20、威力5」
俺は合図と共にメイジの居る辺りの天井を指差す。
ファイアーボールは火球の大きさや威力を調整して打つ魔法だけに、ただ進むかまいたちを作るウィンドカッターより制御が難しい。
呪文を生成するにあたり必要な数字を目算で弾き出す。
ローラレイもいわれた通りに口にすることで焦ることはない。
とはいえ、信頼がないとできない芸当ではあるんだが。
彼女は人を疑うことを知らないのがこの場合良い効果を生んでいるといえる。
「ファイアーボール!」
詠唱の終了と共に掌に火球が現れ、それが勢い良く飛び出すと、岩に当たったところで爆発を起こす。
最初ほどではないが、少なくない瓦礫がさらに降り積もる。
威力を絞ったことで自分達に被害はない。
彼女にすべて任せていたらこうはいかなかっただろう。
これはこれでなかなかいいコンビじゃないか?
後列の魔物もさすがに危機感を持ったのか、様子見をして出てこなくなった。
「来ませんね」
「上出来だよ。俺たちは前衛の方に敵を通さなければそれで良いんだからね」
警戒は解かずに暗闇を
双方動かぬ緊張状態。
俺達が入り込んだのは敵の兵士の補給線だったようで、武器や材料、食料といったものは運んでいなさそうだ。
松明を持っている案内役の雑魚兵士に、一つ目巨人や四足歩行のライオンのような生き物までが見てとれる。
「牽制で魔法撃っておきますか?」
「そうだね、軽い魔法で魔力を温存していてね」
「ラジャーです」
ローラレイは兵士がするように右手を伸ばして、敬礼のポーズ。
はぁん、可愛い!
「じゃぁ、牽制に軽いの撃っときますね」
そう言って魔法を詠唱し始める。
このくらいリラックスしていれば、詠唱ミスも無いだろうと、俺は意識を360度に向ける。
背後の洞窟の奥からは未だ戦闘音が響いてきていた。
「アドルフ達も暴れてるようだな」
戦力を分断するのはどうかと思うのだが、適材適所という言葉もある。
彼らが背中を気にしなくていいというのも、大事な役割だろう。
そこに詠唱が終わったローラレイが手を前方に向ける。
「ウインドカッター」
先ほどの魔法と一緒だが、詠唱が長かったところを見ると、魔力を多く注いだか、細やかな指定をしたか……。
放たれた風の刃は通常状態でも不可視であり、暗闇の中では余計にそれが目立つことはない。
炎の魔法だとこの暗闇で目立ってしかたがない。
いいチョイスだと思えた。
彼女も戦いの中で成長しているんだろうなと、頼もしく感じる。
しかし、通常ウィンドカッターが障害物にぶつかれば衝撃音が聞こえたり、斬撃が岩を壊したりしそうなものだが、確認できない。
「えっと、温存してって言ったけど、あんまり弱いと牽制の効果無いかもよ?」
そんなもんパンチラにしか使えないのだ。
実証済みである。
それでゴブリンの腰布を巻き上げたとて、俺はいっこうに嬉しくない。
嬉しくないが、ついそっちの方に目をやってしまうのは、男の
しかし、俺の視線の先にはゴブリンのパンチラではないものが映る。
「あれ、あの岩変じゃない?」
じわじわと岩が動いているように見えたが、それが次々と倒れてゆく。
それは左右20mに渡って横真一文字に綺麗に切り揃えられていた。
もちろんその裏に隠れていた魔物も、体の一部から血を流し、ゆっくりと二つに分かれて倒れてゆく。
「切れ味を増してみました」
てへっ! とローラレイが小さくガッツポーズを取るのが可愛いが、一瞬遅れて魔物の方からは阿鼻叫喚の声が洞窟内にこだます。
気の弱い魔物に至っては来た道を逆走し始めたものも居る始末だ。
「隠れている岩ごと一刀両断されちゃぁたまんないよな」
考えるだけで悪寒が走る。
ちょっと魔物に同情する俺であった。
その時、俺達の後方。
つまりアドルフ達の居る方から、一筋の赤い光が飛んでくる。
「あれって」
「ああ、俺がアドルフに渡した極小ファイアーボールのスクロールだ!」
これは集合の合図。
向こうでなにか変化があった場合の信号として渡してあったものだ。
二人では戦えない敵が現れたってことは無いかもしれないが、それでも急いでそちらに向かう必要はある。
「俺は先に行って状況を見極めてくるから、ローラはさっきの魔法をもう一発牽制で撃っておいてくれないか」
「えっ、先に行くんですか?」
「慌てず、ゆっくり、な」
「はっ、はい!」
ちょっとテンパっているようだが、緊急だから仕方がない。
俺は体にスクロールシューターで体を軽くする魔法を打ち込むと、そのまま洞窟の方へ飛んだ。
ふわりと浮き上がるような感覚で大きな洞窟の端まで飛ぶと、一気に奥へと進む。
洞窟といっても、3mを越す魔物を進軍させる大きなものだ。
狭くなっている場所でも、高さは10m近くあり、上部にはつららのような鍾乳石がいくつもぶら下がっている。
その足元にはアドルフ達が斬り倒したであろう魔物の死体が無数に転がっていた。
「さすがにこれはツラいな……」
スケルトン虐殺の時は血の一滴も流れなかった。
ドラゴニュートの時も、血は出るものの手足がもがれたり内蔵が飛び出すということはなかった。
だが足元の死体は、そんな生易しいものではない。
「気が狂いそうだ」
そう思うも、アドルフやプリンはその死体を作る側であり、そう仕組んだのは俺なのだ。
それなのに俺だけは気持ち悪いなどと言えるわけがない。
いや、言って良い訳がない!
気を確かに保つために、唇を痛い程噛みながらアドルフ達の方へとひたすら走るのだった。
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