嘘八百と分断

 俺が精霊だったという衝撃の事実に、みんなは頭が真っ白になったのか、先へ進もうと言い出すものはいなかった。


 そこに少し遠くから爆音が届いた。

 きっと近くのダンジョンから入り込んだ他の遊撃部隊が戦闘を開始したのだろう。


「急がないと乗り遅れてしまうぞ」


 俺の言葉に3人は行く先に視線を移した。

 そして一様に頷くと、プリンを先頭に前に進み始める。


「精霊さんは危ないので後ろをついてきてくださいね」


 ローラレイが気を遣ってくれる。

 どうせ俺は戦闘向きではないので、一番後ろを進むのは代わり無いんだけど。


「ローラ、俺の事はいままで通りフミアキでいいからね」


 やっぱり名前で呼ばれたいじゃん!



 そう進まない内に道は開けた。


 洞窟の先はモンスターの持つ篝火かがりびにより、うすぼんやりと照らされているため、暗闇で認識する魔法はここまでで良さそうだ。


 ローラレイのボディラインは目に焼き付けたので、惜しくはない。惜しくはないぞ!

 血涙を我慢している俺は視線を集めていた。


「光に当たると、お前が精霊だってのはわかんねぇもんだな」

 アドルフが他の二人の気持ちを代弁するように呟く。


「ああ。高性能の擬態だからな!」

 ここは適当にごまかしておこう。

 どうせ人外の成せる技だと、力づくで納得してもらう。



 ここから先は崖のようになっており、下を覗くと無数のモンスターが列になって右から左へと歩いているのが分かる。

 明かりを最低限にしているのは、夜目が利くモンスターも多いからだろう。


「明かりをつけていたら、警戒されていただろうな」


 彼らの上方であることも加勢して、こちらには気付かれて居ないようだ。


「敵の種類は……混じっているわね、強い魔物は多くはないけど、とにかく数が多いわ」

 自信満々なプリンでさえ、一筋冷や汗を流す程の数がどんどんと流れて行く。


「頭ひとつ飛び抜けてでかいのがいるな、サイクロプスか?」


 アドルフの声に目を向けると一つ目の巨人がいた。明らかに列から体がはみ出ている。

 レッドドラゴンを倒せる二人なら楽勝かもしれないが、人間にとっては脅威なのは変わらない。


「まずローラが魔法で洞窟の上部を破壊して道を寸断して、進行方向に向かって背中から切り崩していくのが定石じょうせきじゃないかな?」


「フミアキ、お前性格悪いなぁ」

 アドルフが眉をひそめて俺に真っ向突っかかる。

 プリンは俺が精霊だと思ってからは静かなもんだが、コイツはお変わり無しか。

 まぁそれがアドルフのいいところではあるんだが。


「仲間のためなら性格も悪くなるさ、不満か?」

「いや、良い手だ」


 アドルフも性格悪いんだから、きっと同じ手を考えてたんだろう。

 今度は口の端を上げて賛同する。


「じゃぁローラ、ゆっくりで良いから魔法を唱えて天井を破壊してくれるか? そのあとアドルフとプリンに強化魔法をかけてくれ」


「俺たちは崩落ほうらくが落ち着いた段階で飛び降りて、列の後方から撃破していくぞ」

 アドルフは崩落の砂埃を避けるために、口に布を巻いて準備を整えている。

 その間に、ローラレイは天井を破壊するための魔法を完成させてゆく。


「俺はとりあえず、後列の魔物が進行してこないか見張っておくよ」


 今回も俺は戦わないつもりだ。

 てか、レベル1のひのきのぼうでサイクロプスは無理だ。ダメ絶対。


「テルミットフレイム!」


 1分近くかかり、魔法の詠唱が終了した瞬間。

 目の前の天井が青白い光に包まれ、ヒュボッという爆発音らしからぬ音が響き、ガラガラと天井が崩れ始めた。

 それで終わらず発光は赤く変色してゆき、粘度のある塊となって瓦礫の上に垂れ落ち始める。


「おいおい、岩が溶けてるぞ」

 俺の言葉通り、溶岩のようになった天井の一部が、容赦なく魔物の頭に降りかかり、すぐさま生き物を焼くひどい匂いが辺りに充満し始めた。


「やりすぎじゃないか?」

 これにはさすがにアドルフも顔をヒクつかせている。

 ローラレイはこんなはずではと首をかしげるが、その可愛さに反して下は地獄絵図と化していた。


 その後、身体強化の魔法を掛けられた前衛二人は、改めて自分の武器を強く握りしめる。


「なんにせよここが攻め時だ。行ってくるぜ」

 砂埃よりも嫌な匂いを避ける用途になった布を、摘まんで位置を直しながら一言。

 それから崖を滑るように下っていくアドルフ。

 プリンも無言でそれについてゆく。


「俺たちも溶岩が冷えたら瓦礫の上から向こう側を監視しよう」

 この状況でそれを越えようとするものが居れば、ローラレイの魔法で退散願おうという算段だ。


「でも私はともかく、フミアキは落ちたら死んじゃわない?」

 確かにこの崖は高さが30mはある。

 下手に落ちれば大ケガじゃ済まないだろう。


「大丈夫さ」

 俺がそのまま崖から飛び降りたのを見て、ローラレイが驚きの顔を俺に向ける。

 笑顔も良いけど、この顔もまた良し!


 と、俺の心のアルバムに追加しながら俺はスクロールシューターを自分に向ける。

 ぱっと小さく光ってシューターの中で使用されたスクロールが燃え尽きたと同時に俺は地面に着地した。


 そしてそのまま瓦礫に目を向けると、腰を屈めて飛び上がった。


 一気に10m以上の瓦礫の小山の上まで飛び上がるのを一瞬遅れて降りてきたローラレイが見て驚く。


「精霊さんはその体でも飛べるんですね」


 俺は得意気に指を振る。


「種明かしはこれだよ」

 俺はスクロールの束の中から一枚を引き抜いた。


「軽量のスクロール?」

「そう、10秒間限定で俺の体を軽くさせたんだ」


 落下の衝撃はそのまま重さに比例する。

 筋力が落ちるわけではないので、軽い体での着地はダメージがなく、飛び上がる時も高く飛べるというカラクリだ。


「そういえば何に使うんだろうってスクロール結構作ってましたね」


 これは俺が計算して書いたスクロールだ。

 魔力はローラレイに注入してもらったが、普段使用しないような効果は自分で作らないと手に入らないわけで。


 他にもめちゃくちゃ距離を飛ぶけど、ダメージのない小さなファイアーボールだったり、殺傷能力のないウインドカッター……おっとこれはガンダルフ王の前で使ってパンチラを誘発させたスクロールか。


 実際さっきの軽量化の魔法も運搬時に使用する用途が基本なので、使用時間が10秒だけなんてまず使わない。

 そんなものをあれこれ用意しているわけだ。


「今後どう使うかはこうご期待ってことで」


 俺の不敵な笑みと共に、俺たちのスタンピート攻略戦は開始されたのだった。

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